(10)時の糸

 

 

~チャンミン~

 

 

髪だけ濡らすつもりだったけど、ついでだからと、シャワーを浴びることにした。

今日2回目のシャワーだ。

シャンプーボトルを手にして、しばし考える僕。

ごくごく普通の、どこででも買える安価なものだ。

ユノから香ったシトラスの香りを思い出す。

(あの香りは...シャンプー?

それとも香水だろうか?

いい匂いだったな...)

僕はシャンプーをたっぷり泡立てて、頭をごしごし洗った。

僕のシャンプーは、普通の石鹸の香り。

泡だらけの髪をすすいだ後、シャワールームを出た。

湯気で曇った鏡をタオルで拭くと、鏡に映る自分と目が合う。

髪はびしょ濡れで、上気した頬は熱いシャワーのおかげ。

(眉...目...鼻...口...)

顔のパーツをひとつひとつ、触れながら点検する。

こんなにまじまじと、自分の顔を観察するのは初めてだ。

​僕って、こんな顔してたっけ?

僕は29歳。

顔を右、左と向けてみる。

ごくごく普通の、顔。

両手を両頬に当てる。

29歳って、そこそこの年齢だよなぁ。

ん...?...29歳...?

 

途端、ぐらりと視界が回る奇妙な感覚に襲われた。

「あっ...」

シャンシャンと耳鳴りもする。

立ちくらみか?

視界がぐるりと回る。

洗面台に両手をついて、目をぎゅっと閉じて耐える。

はぁ...びっくりした。

1分後には、元に戻った。

何だったんだ、今のは?

 

「さてと」

​髪を乾かさないと。

​寝ぐせがついたら困るから。

壁にかけたドライヤーを手に取りコードをコンセントに刺す。

「ん?」

僕の背後の空気が、すぅっと動く感じがした。

 

 

 

悲鳴は同時だった。

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁ!!」

「うわあぁぁぁぁっ!」

 

 

僕は自分でも驚くほどの大声を出していた。

 

こんな大声を出したのは、生まれて初めてかもしれない。

 

目をまん丸にして、尻もちをついているのは...ユノじゃないか!

 

ユノの視線が、僕の顔からゆっくり下りていく。

 

僕はハッと気づいた。

 

「わっ!」

 

大急ぎで僕は、タオルで下を隠す。

 

ユノは僕に視線をロックオンしたまま、固まっている。

 

(見えた...よな?)

 

なんて間抜けな姿してるんだ、僕は。

 

尻もちをついた姿勢から、ゆっくりと立ち上がった。

 

(は、恥ずかしい...!)

 

ぐんぐんと全身が熱くなってきたのが分かる。

 

「あっちへ行って...」と言いかけたその時。

 

ドスンと、僕に突進してぶつかる衝撃。

 

「!」

 

ユノが僕に体当たりするかのように、抱きついてきたのだ。

 

ユノは僕の首を絞めんばかりに、腕を強く巻き付けている。

 

「えっ...」

 

濡れた僕の体に、ユノの乾いた洋服が押しつけられているのがわかる。

 

「あの...」

 

(困った、困ったぞ...)

 

さらにぎゅうっと、ユノの腕の力が増す。

 

「く...」

 

息ができない...。

 

「く、苦しい...」

 

僕のものを隠していたタオルがポトリと落ちる。

 

「......」

 

ユノは黙ったまま、僕にかじりついたままだ。

 

「ぼ...」

 

たまらなくなって、ユノの両肩を持って引きはがした。

 

「ぼ、僕を締め殺す気か!?」

 

え...?

 

驚いた。

 

僕に両肩をつかまれたままの、30センチの距離のユノが泣いていた。

 

泣きながら、僕を睨んでいる。

 

「ば、馬鹿者―!」

 

ユノが大きな声を出すから、驚いて僕は彼の肩をつかんだ手を離してしまった。

 

ユノの充血した目から、ボロボロと大粒の涙が落ちてきた。

 

「ユノさんに心配かけさせやがって...。

めちゃくちゃ、心配したんだぞー!」

 

「!!」

 

今度は、ユノは僕の胸にしがみついてきた。

 

えっ.....?

 

「うわーーん」

 

大泣きしだした。

 

「ホントに、心配したんだぞ!」

 

「......」

 

「もう、死んじゃったかと思ったんだぞ!」

 

「は?」

 

僕が、死ぬ...?

 

「えっ...と、僕はただ、シャワーを浴びていて」

 

ユノが何を言っているのか、さっぱり理解できなかった。

 

どこでどう繋がると、僕が死んじゃうことになるんだ?

 

ユノの熱い涙が、僕の胸を濡らしている感触がよくわかる。

 

次から次へと、流れている。

 

一体全体、この状況はなんなんだ?

 

「お見舞いに来たのに、チャンミンは出てこないし...っく...。

倒れたままなんじゃないかと思って。

昨日、具合が悪かったし。

うっく...っく...。

だから、うちの中探し回ったのに...。

チャンミン、どこにもいないし。

ひっく...風呂場で死んでるんじゃないかと思って」

 

そういうことか...。

 

ずずーっと鼻をすする音。

 

きっと僕の胸は、ユノの涙と鼻水でベタベタだ。

 

僕の頬に、ユノのショートヘアがさわさわと触れている。

 

また、シトラスの香りがした。

 

参ったなぁ...。

 

なんだか...もう...たまらない気持ちになった。

 

 

(つづく)

 

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