(21)時の糸

 

 

~チャンミン~

 

 

「チャンミンさん、ため息ばっかりっすよ」

僕は砂利をならしながら、知らず知らずのうちため息を漏らしていたらしい。

カイ君はスポーツドリンクを喉をならして飲むと、口元を手首で拭った。

今日で、第3植栽地の復旧作業は終わりだ。

カイ君が助っ人で入ってくれたおかげで、作業は随分とはかどった。

カイ君は線が細そうにみえるが、タフで、暑い重い作業にも関わらず、弱音を吐かず楽しそうに仕事をしていたのが、好印象だった。

 

 


僕がため息をついていた理由は、ユノがいないから。

2泊3日の出張で不在だという。

職場が一緒だからと言っても、顔は合わせはしても、案外会話ができる機会は少ないものだ。

 

だから、ユノがいてもいなくても変わりはしないのだろうけど、​無意識で彼を探している自分がいた。

​近頃は自分の心境の変化に、いちいち驚かなくなっていた。

(ユノに会いたい。

顔が見たい!)

素直にそう思う。

​ユノは今夜帰ってくるとのこと。

昨夜、僕は一大決心をして、あることをした。

 

思い出すだけで、汗が出てくる。

「チャンミンさん、顔が赤いですよ、恋わずらいっすか?」

カイ君が、冷たい飲み物を僕に渡しながら言った。

「えっ?」

​「今の言葉で動揺したみたいだから、当たりでした?

チャンミンさんが、心ここにあらずなとこは、元々ですけどね」

僕はよっぽど驚いた顔をしていたんだろう。

「かまかけてみたら、図星だったんですね」

カイ君は、やれやれと首を振って、

「いつもポーカーフェイスだから、チャンミンさんって分かりにくいけど、

僕って、けっこう人のこと観察してますから、変化に敏感なんです」

僕の肩を叩く。

「スピードが大事です、チャンミンさん!」

(恋わずらい...なのか、これは?)


 

僕は、薬局の売場で立ち尽くしていた。

これは、3日前の仕事帰りのこと。

ネット注文してもよかったが、香りを確認できないのがネックだ。

実際に手に取って購入できる実店舗は少ないから、職場の近くのこの薬局は珍しい。

 

カラフルなボトルを手に取ったり、元に戻したりしているから、防犯カメラは僕にピントを合わせていたに違いない。

どれがいいのだろう?

『高原を吹き抜ける風のように爽やかで、フレッシュな香り』って?

​全然イメージがわかない。

 

頭を抱えていると、見かねて近くにいた買い物客の女性が、「どうしました?」と声をかけてくれた。

「どれを選んだらいいのか、分からなくて...」

候補の3本を指し示す。

「香りで迷っているのね」

「はい」

「甘ったるくて色っぽいのと、お花のように華やかなもの、ハーブ系のリラックスできるもの、の中から選べばいいのね?」

彼女は、説明書きを読んで、僕にも分かりやすいようかみくだいて説明してくれた。

「うーん」

 

(この3つとも、何か違う...イメージに合わない)

黙り込んでしまった僕を見て、彼女は助け舟を出してくれる。

「これはどうかしら?」

商品棚から別の1本を手に取って、僕に渡した。

「これは柑橘系だから、レモンやグレープフルーツの香りね。

​ただ、香りは残りにくいわよ?」

 

「これです、これにします!」

僕が求めていたイメージにぴったりだった。

「よかったわね」

 

「ありがとうございます」

深々とお辞儀をする僕に、その女性は「いいのよ」と笑って、自分の買い物に戻っていった。

レジに通して、僕は足取り軽く家路を急いだ。

 

 

(つづく)

 

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