~チャンミン~
僕は耳に装着してあるイヤホンの位置を、何度も直した。
ふうとひと息ついてから、リストバンドを操作する。
僕はユノに電話をかけようとしていたのだ。
電話番号はMに教えてもらった。
「なんでまた、どうして?」と、Mは理由を知りたがって、「どうしちゃったの~?」としつこくて、参った。
呼び出し音が鳴っている。
ドキドキと鼓動が早い。
手の平は汗ばんでいる。
(いい年した大人なのに)
呼び出し音が鳴っている。
(出ない...)
ごくっと唾を飲み込んだ。
(まだ出ない...)
イヤホンから聞こえる、呼び出し音に集中する。
(......)
これ以上呼び出したら、執拗だと思われるかもしれない。
終了ボタンを押そうとしたら、
『どちらさんだぁ?』
ユノの声。
ただ、怒っているような、尖った声だ。
心の準備ができていなくて、うまく言葉が出てこない。
「あの...」
『もしもーし!』
(もしかして、電話したらマズいタイミングだったかな)
『おい!
どちらさんか?って聞いてんだよ、こっちは』
苛立っているユノの声。
「ぼ、僕です」
『僕って誰だぁ?
さっさと名乗れ!』
(そっか、ユノは僕の番号知らないんだった!)
すっとひと息ついて、僕は言う。
「チャンミンです」
「......」
沈黙。
固唾をのんで、待つ。
『どうした、どうしたチャンミン?』
「......」
(Mと同じ台詞を言わなくても!)
ムッとした僕。
電話をしたことを後悔してきた。
『なあ、チャンミン?』
ユノの声のトーンが、優しくなった。
『電話をもらえて嬉しいよ』
「...ユノ」
~ユノ~
「疲れた...」
俺はブーツを脱ぎ捨て、ソファに倒れ込む。
格納ベッドを出す時間も惜しいくらい、ヘトヘトだった。
(明日で終わる。
あと1日だ!)
会議の日程は2日間だったが、俺は準備委員会のメンバーだったため、設営準備も含めて、3日間缶詰状態だ。
(テレビ会議で済むのに、どうしてわざわざ一同を集める必要があるわけさ。
ったく、時間とエネルギーの無駄だとしか思えない)
「おしっ!
酒だ、酒のも!」
俺は勢いをつけて起き上がって、備え付けの冷蔵庫から缶入り酎ハイを取り出した。
「ん?」
リストバンドが振動しだした。
ディスプレイを見る。
(知らん番号...無視だ無視!)
酎ハイをガブリと飲む。
(......)
酎ハイをゴクゴクとあおる。
(......)
酎ハイを飲み干す。
(しつこい、しつこい、しつこいぞ!)
通話ボタンをタップして、不機嫌さを前面に出して応答する。
「どちらさんだぁ?」
『あの...』
(男か)
「もしもーし!」
『......』
(ん...?)
嫌な予感がする。
「おい!
どちらさんか?って聞いてんだよ」
(もしや...)
『ぼ、僕です』
(はあぁ?)
嫌な予感は膨らむ。
「『僕』って誰だよ!」
(こいつ...変態野郎だ!
はぁはぁ言って、いやらしいことしてるんだ!)
酎ハイの缶を握りつぶした。
「おい!
どちらさんか?って聞いてんだ、こっちは」
『あの...』
相手の息づかいが聞こえてくる。
(こいつ、興奮してやがる!
...変態野郎確定だ!)
「僕って誰だぁ?
さっさと名乗れ!」
『チャンミンです』
(え...えええぇぇぇぇ!!)
俺の手から、酎ハイの缶が転げ落ちた。
・
チャンミンとは共通の話題なんてないから、会話が続かないったら。
俺が一方的に、会議のバカバカしさや、肉まんの食べ過ぎで腹が痛いとか、どうでもいいことばかり喋ってしまった。
チャンミンはいちいち相槌をうってくれた。
チャンミンが何の用事で、電話をしてきたのかは分からない。
普段の彼を知ってるから、ウブで『僕ちゃん』な彼だから、さぞ勇気を振り絞っただろうなぁ、って。
チャンミンと話しながら、そう思った。
温かな気持ちになった。
チャンミンとの距離が近くなって、たったの数日なのに、無表情で無口な彼の変化が、微笑ましく思った。
不意打ちの電話は、嬉しかった。
(つづく)
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