(26)時の糸

 

 

「もう怒ってないから、ね?

ユノ、ごめん」

 

「......」

 

ユノは顔を覆ったまま、無言だ。

 

チャンミンはすっかり動揺してしまって、ソファまですり寄ってユノの膝に手を置く。

 

「ごめん、ユノ!」

 

「......」

 

ソファに座るユノを見上げる。

 

「機嫌を直して。

ほら、もう怒っていないから、な?」

 

「......」

 

ユノの口角が、上がってきた。

 

「クククク...」

 

「え?」

 

「アハハハハハ!」

 

堪えきれず笑い出したユノに、チャンミンの口はポカンと開いたまま。

 

ユノが自分をからかっていることに、気づくチャンミン。

 

「ちょっ、ひどいよ、ユノ!」

 

ふくれるチャンミンに、ユノはチャンミンの肩をポンポン叩いた。

 

「ユノさんは何のこれきし、簡単には泣かないんだな」

 

ユノは、再び機嫌を悪くしたチャンミンを覗き込む。

 

「機嫌を直して、チャンミン、ね」

 

自分の言動に、すぐさま反応するチャンミンを可愛らしく思えて、ユノは思わずチャンミンの頭をなぜていた。

 

「さぁ、一緒にご飯を食べようか。

腹が減ってるから機嫌が悪いんだね、僕ちんは?」

 

「子供扱いするな」

 

ユノの手を払って立ち上がったチャンミンだったが、耳まで真っ赤だった。

 

ユノに触れられてゾクゾクしていた、全身。

 

(だから、ユノのスキンシップに弱いんだって!)

 

キッチンに向かいながら、チャンミンは、感情をあらわにした自分に驚いていた。

 

感情が自分の胸内に激しく渦巻いていた。

 

胸の鼓動が早い。

 

(ユノといると、新しい僕が次から次へと、発見される)

 

 


 

 

~ユノ~

 

 

「美味しそうな匂い!」

 

「グラタンだよ」

チャンミンは、パッケージを見ながら答える。

「ほぉ、グラタンなんて凝ったものを」

「焼くだけだから」

白いキッチンカウンターの上は、オーブンと真新しい炊飯ジャーのみ置かれていて、スッキリとしている。

(チャンミンっぽいなぁ)

俺は、キャビネットの扉を開けたり、冷蔵庫の中を覗き込んでいると、チャンミンは

​「ユノは邪魔だから、あっちに座ってて」

 

と、俺の背中を押した。

「はいはい」

リビングのソファに座って、キッチンに立つチャンミンを眺める。

(一週間前は、むっつり、モジモジ君だったのに、この変わりようは!)

ボヤキながらも、俺はチャンミンに見惚れていた。

(カッコいい奴やな)

​実際、チャンミンは通り過ぎる人が思わず振り向いてしまうくらい、美しい容姿の青年だった。

​ドームの中で、もの思いにふけっているチャンミンを見かけた時も、そう思っていた。

今は身近な存在になったからか、よりリアルに彼の美しさが分かる。

手足が長く、動作も冴えている。

鼻梁の額から伸びるラインが美しい横顔。

何度もオーブンを開け閉めしてみたり、冷蔵庫から飲み物を取り出して、テーブルに並べたりする動作が微笑ましい。

​グラタンのパッケージを読む、くそ真面目な目元。

眉根を寄せて、タブレットを取り出し調べ物をしながら、つぶやいているところ。

グラタンの焼き具合をチェックして、「よし」と口に出してるところ。

それから、「不法侵入」をした俺に腹を立てて怒った表情。

チャンミンの気持ちが、表情に現れているところを見ることができて、幸せだと思った。

明らかに、彼の中で変化が起こったらしい。

嬉しくもあり、同時に「寂しい」と思った。

チャンミンに渡す予定の、お土産の入った袋を意識した。

(チャンミン、ごめんな)

心の中で、彼に謝った。

 

(つづく)

 

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