(32)時の糸

 

 

~ユノ~

 

 

すぅっと、チャンミンの顔が近づいてきた時。

不意打ちだった。

驚く間もなく​、チャンミンにキスされていた。

​​

​でも、目の前にある、閉じられた彼のまぶたを見て、「ああ、そういうことか」と思った。

自分の唇にそっと優しく重ねられた、チャンミンの唇の感触。

唇の感触で分かる。

チャンミンは、リラックスしていて全然緊張していない。

​かといって、慣れた感じでもない。

いやらしさのない、素直なキスだった。

うまく説明ができないけれど、腑に落ちた。

うぬぼれじゃなく、チャンミンは俺を想ってくれていると。

俺も彼のことを想っていると。

そして、チャンミンとこうなることは、当然のことだと。

次から次へと、あらわになっていくチャンミンの真の姿に、俺はついていけない。

だんまりむっつり君かと思っていたけど、そうではない。

チャンミンとの距離が近くなって、まだ一週間。

たった一週間の間で、チャンミンは芽吹いた若葉のようにのびのびと本来のキャラクターを出してきているみたいだ。

​きっかけは何だっていい。

​俺はチャンミンがこうなってくれることを、ずっと望んでいたから。

 

 

「...今も、頭が痛いことあるんか?」

スプーンですくった、とろっと柔らかいレアチーズケーキを口にほおばった後、チャンミンに尋ねた。

冷たくなめらかな舌ざわりと、ブルーベリージャムの酸味、甘さ控えめのチーズクリームが絶妙でスプーンの手が止まらない。

チャンミンは、少しの間を置いた後、

「...あるといえばあるし。

...なんともないよ」

軽く笑って、そう言った。

「どっちだよ!」

「うーん...支障はあるかな、日常生活に」

チャンミンはスプーンをくわえたまま、ぐるっと視線を天井に向けた。

チャンミンが注文したチーズケーキは、ケーキというよりプリンに近くて、切り分けることもできず、そのままスプーンですくって食べている。

床に直接座って、一つのケーキを二人で分け合ってる。

(全く、俺たちはいつも、何かを食べている。

一週間前は、ヨーグルトを食べてたんだっけ?

一週間!?

​まだそれだけしか経っていないんだ!)

「週明けには、病院へ行くんだよ」

チャンンミンが淹れてくれた濃くて美味しいコーヒーをすする。

「薬を処方してもらわないと」

チャンミンは、口角を下げる。

「直接行かないとだめなのかなぁ。

​ネットで済ませようと考えてたんだけど?」

「駄目だめ!

ちゃんと診てもらわんと」

​「面倒だなぁ」

「自分の身体のことだろ?

​俺が一緒についていってやらんと怖いのか、チャンミン?」

「...ユノ!

​​僕を小学生みたいに扱うのはやめて欲しい」

他愛のない会話をしているうち、大きなチーズケーキはあっという間になくなった。

 

「俺らって、大食いなんだね」

「8割はユノが食べた」

「逆だよ逆!

食いまくったのはお前の方だ」

「ユノは運動はしていないの?」

「してない。

毎日がエクササイズだ」

「そうなんだろうと思った」

「どういう意味だよ」

「体型がどうこうじゃなくて、ユノの性格的に」

「ストイックじゃないって意味か、こら?」

「深く考えないで」

「チャンミン。

お前こそ、何かやってんの?」

​「どうして?」

「細いのに、ぺらっとしてないじゃん」

「そうかなぁ」

「も一回見せて」

「何を?」

「とぼけるな、チャンミン!

見せろ見せろ」

「やめろって、ユノ!」

「ペロッとめくってみせるだけでいいから!」

「恥ずかしいから!」

「今さらなんだよ!

お前の大事なとこも、もう見ちゃってるんだぞ、こっちは!」

「あの時の話はするなー!」

(あっ!)

リストバンドが震える。

(電話だ)

つかんでいたチャンミンの腕を放した。

​​

​(このタイミングに、これだもの)

「ごめん、電話に出ていいかな?」

俺はチャンミンに身振りで、部屋の外へ出ることを伝えた。

チャンミンの部屋のドアを開けて、廊下へ出る。

着信をボタンをタップして、通話状態にした。

​「はい」

『こんばんは、ユノ』

​思わず舌打ちしてしまう。

「夜遅く、何なんなのさ?」

 

 

(つづく)

 

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