(47)時の糸

 

 

リビングの壁の一面だけマスタードイエローに塗り、アンティークの重厚な木製家具。

 

そこかしこにカラフルでエキゾチックな装飾品。

カイは衣服だけでなく、インテリア方面でも独特のセンスの持ち主だった。

家じゅうあちこちに散らばる物たちを目にするたび、ため息をついた。

バランスと配色を計算した上でディスプレイした雑貨の合間に、美顔ローラーだとか手袋だとか、チョコレートの箱だとかが放り出されている。

「出来たよー」

ドアをノックして声をかけると、カイはエプロンを外した。

「お待たせ、今夜は何かなぁ?」

ぶかぶかのスウェットの上下を着たYKが、カウンターテーブルについた。

荷物から着替えを見つけ出せなかったYKに、自分のスウェットを貸してやったのだ。

カイはよく冷やしたワインを、それぞれのグラスに注いでやる。

「ドレッシングをそんなにかけたらさ、意味なくない?」

「他に食べないから、許容範囲」

「あっそ」

ボウルいっぱいのサラダと格闘するYKに、カイは呆れた視線を送る。

YKは年の離れた姉だ。

年齢の話題を出すと、鉄拳が飛んでくるので口をつぐんでいる。

スウェットの袖から出る手首も、片膝を立てているせいで露わになったふくらはぎも、ほっそりとしている。

色素が薄そうな髪の色、切れ長の大きな目を縁どる羽のようなまつ毛、長身。

カイとYKはよく似ている。

カイと違って、YKの肌がほんのり日焼けしているのは、長年南方で暮らしていたせいだ。

 

YKは美容に関することなら貪欲な興味を示した。

 

積極的な情報収集の末、その技を身につけようと世界中を飛び回った。

その知識豊富さとテクニックを活かして、エステティシャンになり、これからサロンで働くことになっている。

 

カイが小学生の時には、YKはすでに成人して家を出ていた。

得体のしれないマッサージオイルや、何かを練りこんである不気味な石鹸を送りつけてくるので、家族全員で閉口していた。

恵まれた容姿を活かして、臨時収入目当てにモデルもやっていたらしい。

それもファッションモデルではなく、画家や彫刻家のモデルだと聞いたとき、カイは姉らしいと思った。

男運もなく、毎回ロクでもない男にひっかかっては泣いていたっけ。

数年前も大失恋したとかで、大荒れのYKの面倒をみるため、両親に代わって現地まで出向いたこともあった。

10代にしてカイは、どんな言葉をかけてどう扱えば、女心をくすぐらせるのかを、会得していた、必然的に。

どんな心境の変化で、カイの住む街へ引っ越してきたのかは、彼女に尋ねたことはない。

(失恋でもして、新しい環境に身を置きたくなったのだろう)

カイは自分用の白身魚のソテーに、ナイフを入れる。

皮目をカリカリに焼いた香ばしさに、「我ながら美味い」と舌鼓をうつ。

「失恋」のワードから、カイはある出来事を思い出していた。

 


 

~カイ~

 

半年前の終業後のことだ。

忘れ物をとりに職場に戻った時、保管室から声がする。

開いたままのドアからのぞくと、ユノさんがデスクに顔を伏せて大泣きしていた。

「うえーん、えーん」なんて、漫画の世界みたいな泣き方と音量だった。

こんなに派手な泣き方をする人は初めて見た。

(凄いや...)

感心しながらも、僕の中にいたずら心がむくむくと湧いてきた。

そーっと足を忍ばせて、ユノさんの背後に立って、両肩を叩いた。

「わっ!!」

「うわっ!」

とびあがるほど驚くって言葉そのもの。

「びびびびっくりしたぁ」

ユノさんの涙は止まっていた。

「一緒に飲みに行きませんか?」

ユノさんはしばらくぽかんとしていたけど、真っ赤な目のままにっこり笑った。

「よっしゃ!

行こ行こ!」

ずんずん歩く彼の後を追いながら、僕も笑顔だった。

ユノさんが泣いていた理由は、簡単に察せられた。

とうとうTさんにフラれたんだ。

ユノさんは分かりやすい。

さっきまで泣いていたのに、面白い人だ。

「俺は酒が強いよ~。

果たしてカイ君はついてこられるかな?」

「え~。

僕はワインだったらボトル半分が限界です」

「よっわいなぁ。

まーいいや、俺が代わりに飲んでやる。

カイ君はジュースでも飲んでなさい」

 

その夜、酒が強いと豪語してたくせに、ベロベロに酔っぱらったユノさんを抱えて帰る羽目になった。

ユノさんとのおしゃべりは楽しかったから、介抱も苦じゃなかった。

ユノさんの失恋を利用する形になっちゃって、申し訳なかったけど。

 

 

(つづく)

 

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