(48)時の糸

 

 

~カイ~

 

 

「カイ君、ちょっといいかな?」

 

翌日、ユノさんに声をかけられた。

 

「どうしたんですか?

二日酔いしてないんですね。

ほんとにお酒が強いんですね」

 

「ハートが弱ってたせいだ...あれは、うん。

あれだけの量で酔っぱらうなんて、面目が立たないよ」

 

そこで、ユノさんは言葉を切った。

 

「あのさ。

カイ君、ありがとな」

 

ユノさんの言葉が嬉しかった。

 

「また飲みに行きましょうよ。

次は、僕の話を聞いてくださいよ」

 

「あはは、そうするね。

しっかし、カイ君。

あんた、モテるでしょ?」

 

「どうかなぁ」

 

「とぼけるなとぼけるな」

 

...と、以上がユノさんとの距離がぐんと近づいた出来事だ。

 

ユノさんは、1年くらい前にどこかの施設からここに出向してきた。

 

Tさんと組んで資料保管やデータ管理を行う部署に配属された。

 

作業着に着替えてドームへ出て、僕を手伝ってくれることもある。

 

グレーのつなぎと長靴姿が、まるで少年みたいだ。

 

この職場では僕が一番年少だったこともあって、周囲に頼りやすい立場だ。

 

面倒見のいいユノさんに、いかにも年下面して絡んだりして。

 

人それぞれキャラクターの役割があるから、「新人君」のふるまいは、職場の空気を和ませるんじゃないかと、僕は考えている。

 

ユノさん相手に、その立場を発揮させてもらった。

 

僕はとりたて、年上好きじゃない。

 

でも、ユノさんは面白いひとだなぁ、って、興味を持っていた。

 

方言交じりの話ことばや、いつも黒づくめで、自分のルックスがどれだけ抜きんでているか、ホントに気付いていないみたい。

 

Tさんにフラれたのに、ユノさんの仕事ぶりはいつも通りで、Tさんとのコミュニケーションもうまくやっているみたいだ。

 

そんな姿も、いいなぁって思った。

 

他のスタッフたちにはバレないよう、僕はさりげなくユノさんを見ている。

 

ぐいぐいとアピールしたら、きっとユノさんは困ってしまうだろうから。

 

そういえば、チャンミンさんも同時期にここに入職してきた。

 

ぼーっとしていて無表情な人で、他のスタッフたちと交わることもなく、いつも独りでいた。

 

そんなチャンミンさんの態度に構わず、僕は話しかけてるんだけどさ。

 

無口なチャンミンさんだけど、尋ねたことには答えてくれるし、勉強家で賢い人だと思う。

 

最近のチャンミンさんは、いつもと違う感じになってきた。

 

言葉数が多くなってきたし、笑顔を見せるようになった。

 

ぼんやりしているのは変わらないけど、以前は無心のぼんやりだったのが、最近のぼんやりは、明らかに考え事をしているみたいだ。

 

今日のチャンミンさんの目付きで、僕は気づいてしまった。

 

僕とユノさんが油を売ってたところに出くわした時の、チャンミンさんときたら。

 

これまでチャンミンさんには、職場で特に親しい人はいなかったはず。

 

だから、腹をたてる対象もいなかったはず。

 

それなのに、ユノさん相手に苛立った態度を見せたり、無視したりしてさ。

 

チャンミンさんの僕を見る目には、怒りがこもってた。

 

チャンミンさんに何か失礼なことしちゃったかな、ってふり返ってみたけど何もない。

 

先週、「恋わずらいですか?」ときいた時の、チャンミンさんの表情と、今日のエピソードをリンクさせてみて、僕は結論を出しましたよ。

 

チャンミンさんったら、分かりやすいです。

 

もしかして、僕が原因?

 

チャンミンさん、ユノさんのことが好きですね。

 

 

 

 

料理をする間外していたリストバンドを、エプロンのポケットから出した。

 

(ユノさんに電話をしてみよう)

 

時刻はまだ21時。

 

夕飯も済んだ頃で寝るには未だ早い、大丈夫だ。

 

ナンバーは登録してある。

 

発信音を7回聞いたところで、呼び出しを終了させた。

 

これ以上は、しつこい。

 

サラダを食べ終わった姉ちゃんは、ソファに寝そべってタブレットを見ていた。

 

ソファの側にも、箱が詰まれている。

 

「姉ちゃん、週末手伝ってやるからさ、共用スペースのものは一掃しちゃってよ」

 

「わかったわよ」

 

散らかったものは全部、姉ちゃんの部屋に押し込んでしまおう。

 

結局、姉ちゃんの世話をすることになるんだよね、僕は。

 

 

 


 

 

~ユノとチャンミン~

 

 

「狭い。

チャンミン、もうちょっと奥に詰められないわけ?」

「これが限界だよ。

ユノのお尻が大きいんだって」

「おい!」

ユノは肘でチャンミンの腹をつく。

「座るとユノって僕より背が高いね」

「おい!

胴が長いってか?」

ユノはもっと強く肘で突いた。

「あんた、失礼なことをちょいちょい挟んでくるよなぁ?」

「冗談に決まってるじゃないか!」

「だからこそタチが悪いんだよ!

冗談言わんかった奴の気まぐれ冗談は、本音に聞こえるんだよ!」

「ごめん」

体温を奪っていくだけの水から上がったおかげで、ずいぶんマシにはなったが、濡れた衣服と気温の低さのせいで、身体が凍えそうなのは変わらない。

ユノはつとめて天井に視線を向けている。

(下を向いたらいかん!)

ユノにしてみれば、数十メートル上の断崖にいる気分だった。

タンクの縁をつかむ手は、力を込めすぎて真っ白になっている。

チャンミン相手に文句を垂れて、恐怖心を紛らわせようとしていた。

「チャンミン!

あんたの腕が命綱なんだからな!

絶対に離すなよ!」

「しつこいなぁ」

換気口からいきおいよく噴出していた水も、ちょろちょろと壁を伝うまで減ってきた。

水面には排水口に向かって大きな渦巻きが出来ている。

水かさも、わずかずつ下がってきているようだ。

自分の腰を挟んでいるチャンミンの大腿や、背中に密着した身体も、ユノは意識する余裕がゼロだった。

(寒いし、高いし、サイアクだ!

早く、こんな状況から逃げ出したい!

チャンミンの馬鹿野郎!)

 

 

(つづく)

 

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