(49)時の糸

 

 

(まずい...)

チャンミンは、自分の両足が挟んでいるものを意識しだした。

途端に、胸の鼓動が早くなる。

喉がごくりと鳴ってしまう。

(まずい...。

この状況はあまりにも...。

まずい!)

デニムの厚い生地を通して、ユノの身体の熱が伝わってくるだけじゃない。

(自分が抱えている、ほどよい弾力ある固い身体!

これが、大問題なんだ!

何か違うことを考えるんだ!

えーっと、よし!

明日の段取りを考えよう!

​報告をして、屋上に上がって被害調査と原因追及、恐らくバルブの故障だろうから、工事が必要になる、修理・交換となれば当分雨水に頼れないだろうから、潅水が不足して...。

ダメだ!

明日の心配より、今の心配だろ!

​ドア下まで水がひいたら、僕がまず先に降りて、それからユノを下ろして、ここの後片付けは明日考えよう。

課長に連絡を入れて...その前に、僕らはびしょ濡れだから、家まで歩くのは無理があるな...。

寒いよな、コートを羽織ればなんとかなるか...。

ドームを出て、家に帰って...ユノはどうする?

家まで送っていった方がいいよな。

...ユノの家ってどこだろう?

...ユノは一人暮らしだろうか?

送っていったら建物の前で別れるのか?

部屋の前まで送っていった方がいいのか?

で、「お疲れ様」って言って別れて...。

その前に「お風呂でちゃんと温まりなよ、って言ってあげよう。

...家に帰ったら「大丈夫?」って電話をかけて。

...明日の朝は、体調は大丈夫か電話をかけて...。

ダメだ!

ユノのことを考えてたらダメだろう!)

「どうしたチャンミン?」

チャンミンの固く握ったこぶしに気づいたユノが、振り返る。

「べ、別に」

「まだ水はひかんのかなぁ」

「あと30分かそこらだと思うよ」

「そんなにかかるのぉ?

俺の身体がもたない、寒い、怖い!」

「駄々をこねるなよ。

​あともう少しだから」

 

ユノは深呼吸をし、ぎゅっと目をつむる。

(楽しいことを考えていよう。

ここから出られたら、何を食べようっかなぁ。

熱々のラーメンがいいなぁ。

いやいや、その前に風呂に入りたい。

お湯に身体を沈めたら...いいねぇ...。

明日の仕事は休んでやる!

一日、家でゴロゴロしてやる!

......ん?

​​

......んん!?)

ユノの思考が止まる。

「......」

(これは...。

...これは...。

これは...!

間違いない!

どうしよう...気付いてしまった!

黙っているべきか。

気付かないふりをしたら、かえって恥ずかしいよなぁ...)

「...チャンミン」

「ん?」

「俺がこれから言うこと...気にし過ぎるなよ」

「どうした?」

(言い方に気を付けないとチャンミンのことだ、しつこく悩むに違いない)

「俺は気にしてないからな!」

「?」

(しまった!

全然気づいていなかったか!

そっとしておこう)

「何でもない」

「え?」

「俺の気のせいだった」

「言いかけて止めるなんて、気になるじゃないか」

「でもなぁ...」

(弱ったなぁ。

言いだしにくくなった)

「いつもユノはズケズケ言うくせに」

「ええっと」

「早く言えって」

「言っちゃうよ、いいか?」

「いいよ」

「あたってる」

「あたってる?」

「そう」

「何が?」

「だからさ、あんたの」

「......」

「あたってる」

「わっ!」

ユノが何を指摘しているのかを、理解したチャンミン。

パッとユノに回していた腕を離し、後ろに飛びのこうとしたが、それが難しい時と場所だった。

「こらっ!」

すぐさまユノの手がチャンミンの手首をとらえて、強引にウエストに回される。

「落ちるとこだったじゃないか!

あれほど突き落とすなって、言ってたのに!」

「ゴメン」

「なあ、チャンミン」

「なんだよ......」

「ユノさんは、非常に嬉しいぞ」

「?」

「あんたがれっきとした男だってことが分かって」

「......」

腕を抜こうとするチャンミンの手を、ユノは押さえ込む。

「だーかーらー!

手を離すなったら!

恥ずかしがるのは後にしろ!」

「後にしろって言われても...」

「生理現象なんだから、気にするな」

(生理現象だから、余計に恥ずかしいんだって)

「はあ」

チャンミンはがくりと首を落とす。

ユノから離れるわけにもいかず、自分の意志でどうにでもできない。

(辛い...。

恥ずかしいなんてレベルじゃないよ。

ユノの顔を見られない)

「ユノ...僕は下にいるよ」

腰を上げようとするチャンミンの膝を、ユノは強く押えた。

「だから、気にするなって」

「くっついていたら、おとなしくなってくれない」

「今さら何照れてるんだよ!

あんたのはとっくの前に見せてもらったこと、忘れたのか?」

「だから、あの時の話はするなって!」

「あはははは」

(からかうと面白い奴だなぁ)

ひとしきり笑ったおかげか、ユノの中から高所の恐怖心が薄らいでいた。

「ユノ!

お願いだから動かないでくれる?」

「刺激しちゃうから?」

「本当に突き落とすよ」

「わかった。

大人しくしているよ」

お尻がしびれてきたユノは、もぞもぞと動かす。

「ユノ!

動くなったら!」

「チャンミンが暴れん坊すぎるんだって」

「暴れん坊って...ユノ...もう」

(ごめん、チャンミン。

あんたをからかうのは、本当に楽しいよ)

 

 

(つづく)

 

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