ドアの向こうにまっすぐ伸びる廊下も、ドアの隙間から漏れ出た大量の水で水浸しだった。
二人は無言だった。
へとへとに疲れ切っていた。
とにかく、寒かった。
地上に伸びる梯子をのぼる時になって、チャンミンはユノの手を握ったままだったことに気付いたのだった。
~ユノ~
とんでもない災難だったけど、チャンミンったら、騎士道精神を発揮しちゃって。
ときめいちゃったじゃないの。
まさしく吊り橋効果じゃないの。
いや、違うな。
俺は今回のことがなくても、既にチャンミンのことが気になっていた。
はっきりと認めよう。
「恋」だと勘違いしてしまう以前に、チャンミンのことが好きだ。
それじゃあ、チャンミンの方はどうなの?
先週、チャンミンにキスをされたときに、伝わった彼の想い。
自惚れじゃなくチャンミンも俺のことを、好きなんだと思う。
チャンミンの心は、足跡のない雪原のようなもの。
チャンミンが抱いているだろう心は、嘘いつわりのない真っ直ぐなものだ。
そして、チャンミンが恋愛感情を抱くのは、初めてであることを俺は知っている。
その感情をうまく処理できずに、混乱しているかもしれない。
面白がってからかうのはNGだと、心得よう。
でもなぁ、いちいち赤くなって可愛いんだよなぁ、意地悪したくなるんだよなぁ。
ちょっと待ってよ。
1 ...4...7...10日くらいしか経ってないじゃないか!
チャンミンの出方を待つか。
いつもの俺のように、当たって砕けろ精神を発揮してしまおうか?
驚かせて拒否られたら、今後の任務遂行が面倒なことになる。
弱ったなぁ。
感情が芽吹いたチャンミンが今後、どうなっていくかも未知だ。
本来彼が持つ、キャラクターってどんなだろう。
興味があった。
・
ハシゴを登り切った俺たちは、照れくさくて手を繋げずにいた。
俺はハウスの脇に脱ぎ捨てたコートを羽織った。
バッグの中でタブレットの通知ランプが赤く点滅していた。
発信者を確認すると...。
(...カイ君?)
(飲みに行こうっていう誘いだったのかな?
ごめんな、今夜は無理だわ)
かじかむ指でメッセージを打って、送信した。
「ユノ!
早く帰ろう!」
いつのまに管理棟前まで行っていたチャンミンが、手招きしながら大声で俺を呼んでいる。
「今行く!」
答えて俺は、チャンミンの元へと走り出したのだった。
~チャンミン~
彼は高いところが苦手なことを知った。
震えたり、おびえたり、僕をからかったり、いろんな表情を見せるユノ。
1年も近くにいながら、彼のことを見ようともしなかった。
「知りたい」「近づきたい」「話をしたい」
...それから「触れたい」という感情に、僕は支配されている。
濡れた服越しの、ユノの体温や感触を思い出した。
あ...!
僕の“生理現象”を、ユノに知られてしまった。
恥ずかし過ぎる。
でも、ユノがジョークにしてくれて助かった。
だって気づかないふりをされていたら、ますます恥ずかしい。
そういえばさっき、僕はユノに何を伝えようとしていたのだろう?
「カイ君と仲がいいの?」と聞きたかったのか?
違う。
そうか!
僕が今抱えているユノへの想いと同じものを、ユノにもあることを望んでいるんだ。
カイ君と会話を交わして欲しくないんだ。
ユノとくっついていたいんだ。
ユノは僕のことをどう思っているの?
ユノも僕と同じように思っている?
(つづく)
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