ドームの中央に築かれた落ち葉の山から、白い煙がドームの天井にむかって立ち昇っている。
「ホントに燃やしてるんだ!
すごい!」
数十人の人々が、火の回りを囲んで立ったり、座ったり、食べたり飲んだりして、談笑している。
照明を落としたドーム内で、焚火のオレンジ色の灯りが揺れている。
この世はコンクリートと合成樹脂で覆われ、緑にも土に触れられず、すべてが人工的で整然としている。
生の野菜といったら、カットされ真空パックされたものくらいで、収穫されたての丸ごと野菜の実物に触れる機会もない。
くすぶる落ち葉の中には、アルミホイルに包んだ野菜が埋められている。
植栽担当のチャンミンたちが丹精込めて育てた野菜だ。
落ち葉の焚火の隣には、Tが半日かけて熾した炭が真っ赤になっている。
「お!
いたいた」
ユノは輪になった参加者たちの一番後ろで、焼きトウモロコシを齧るチャンミンを見つけた。
何事もなく呑気そうな様子に安堵したユノは、「チャンミン!」と呼んだ。
地面に直接腰を下ろしたチャンミンは、食事する手を止めてユノたちを見る。
「このでかい男は同僚のチャンミン。
で、こちらは俺の友達、S」
「どうも」
立ち上がったチャンミンはお尻についた土を払うと、Sに頭を下げた。
「こんばんは。
ユノがお世話になっています」
チャンミンの顔は既に見知っていたが、Sは初対面のように振舞った。
「え...っと...」
チャンミンは友人を紹介された際、自己紹介の後の会話が思いつかない。
食べかけのトウモロコシのやり場に困って、ユノをちらちら見て彼からのフォローを求める。
ユノは大丈夫だ、の意味をこめて大きく頷いて見せると、ぐるりと会場を見渡した。
「お!
酒が足らんみたいだな。
追加せんとな」
「じゃあ、僕が...」
「俺が行くから、あんたはここで腹いっぱい食べてなさい。
じゃあな、チャンミン」
そう言い終えると、先ほどから脇をつつくSを連れて回廊に向けて歩いて行ってしまった。
(なんだよ...)
沢山の人に囲まれて、居心地の悪い思いをしていたチャンミンだった。
このイベントに呼べる友人もいなかった。
(そうなんだ。
僕には友達が、いない。
他人に全く興味のなかった僕だったから、それは仕方がない。
大勢の中で一人でいるのは平気なのに、ユノが側にいないのは寂しい)
隣にユノが座ってくれるものと期待していただけに、がっかりしたチャンミンは再び地面に腰を下ろした。
・
「チャンミンって子...あんな顔してたっけ?」
ユノとSは回廊のベンチに腰掛けて、賑わう落ち葉焚きパーティを眺める。
Sの夫Uは、数人の参加者に囲まれ会話を楽しんでいるようだ。
大人しそうに見えて、実際は社交的な性格だという。
「むすーっとしてたのが嘘みたい。
ユノが惚れても仕方がないわねぇ。
ユノを頼る顔しちゃって」
「そうだね」
辺りは暗く、焚火が作る炎とテーブルに置かれたランタンの灯りだけでは、参加者たちは黒いシルエットにしか見えない。
(これまで視界にすら入っていなかった周囲の人間に、意識が向きだした頃だ。
いろんなことが不安に感じ出しただろうな。
ずぶ濡れの子犬みたいな目をしちゃって、さ。
あとで、近くに行ってあげよう)
「ゆっくりしていってよ」
ユノはSの肩を叩くと、配達されたアルコール類を受け取りに裏口へ向かった。
・
「よっこらしょ」
カートに乗せようとしていたコンテナがふっと軽くなり、顔を上げるとカイがいた。
「ありがと」
カイは「どういたしまして」とにっこりと笑った。
カートを押すカイの口元に、農作業用のゴム引きのエプロンを付けたままのユノを見て微笑を浮かべた。
「完全防備ですね」
「あ!
外すの忘れてた」
「ユノさんは誰を招待しましたか?
...彼女さん、とか?」
「えっ!」
ユノはカイの言葉に素っ頓狂な声を上げてしまった。
「まっさか!
友達とその旦那さんだよ」
「ふうん...」
ユノの反応に、カイは疑わしそうな目線を送る。
(危ない、危ない。
彼氏なんかいないって、言いそうになった。
「ホントはいるけど、相手はチャンミンです」、なんて暴露したら「いつの間に?」って質問攻めにあって、今はちょっと面倒だ)
「カイ君は誰を呼んだの?」
「姉です。
遅れてくるって言ってたから...もう少ししたら来ると思いますが...」
「へぇ、見てみたい!」
「紹介しますね」
(つづく)
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