「マックス、マックスって、何度も言うんだ。
気持ちが悪い...」
先ほどの動揺を引きずっていたせいで、チャンミンの声は吐き出すような、苦し気にかすれていた。
「人違いだって何度も言ったんだ。
それなのに...」
ユノを抱く腕に力がこもる。
「僕は知らないよ...YKっていう人なんて...」
ユノの首筋に顔を埋めて、苦し気につぶやいた。
「...そうだよな。
びっくりするよな、突然そんなこと言われてもな」
ユノを抱く腕に力が込められていく。
温かいユノの身体を腕の中に感じていると、チャンミンの中の不安と不快感が弱まっていく。
(ユノといると僕はホッとする。
ユノだけが、僕の中で『確かなこと』だから)
ユノはウエストの前で組んだチャンミンの手の甲をぽんぽんと叩く。
(閉じ込められた時も、こんな風に密着してたなぁ。
あの時のチャンミンはもじもじ君で、でも生理的反応を隠せなくて...俺の方が恥ずかしかった。
ところが、あれからのチャンミンはどうしちゃったんだよ)
「あっ...!」
ユノが声をあげたのは、チャンミンの手が顎に添えられ、後方へ引き寄せられたから。
「待て...こらっ...待て」
ここは職場の事務所。
ゴムの木に遮られているからといっても、いつ誰かに見られるか分からない。
ユノは唇を寄せるチャンミンの顔を、力いっぱい手の平で押しのけた。
「待てっ...チャンミン!
カイ君たちが戻ってくるかもしれんから...」
はっとしたように、チャンミンはユノの顎から手を放した。
「...ごめん」
「場所をわきまえることも、覚えるんだよ、チャンミン」
「......」
ユノはやれやれといった風に、息を吐いた。
「よし!
チャンミン、帰ろう、な?
YKさんは間違えたんだよ。
他人のそら似だ、気にすんな」
そうじゃないことを知っているユノは、もやもやとした気持ちで気休めの言葉をかける。
「うん...」
「あんたんちまで送っていってやるから」
「ねぇ、ユノ」
「ん?」
「今夜...僕んちに泊まっていって」
「はあぁ?」
「泊まっていって欲しい」
「な、なんで?」
ユノはどぎまぎとうろたえて、しどろもどろになる。
「『なんで?』って。
ユノのそばに居たいからじゃないか?」
(な、なんて...ストレートなんだ...この坊やは!?)
「パンツ、持ってきてないし...」
「そんなの、ユノんちに着替えを取りに寄ればいいじゃないか」
「ま、まあ、その通りなんだけど...」
(こういう時こそ、傍に居てやらなくちゃならんが、チャンミンの行動は予測がつかんからな...)
「嫌なの?」
「嫌...じゃないけど、突然でびっくりしたから」
「僕たちは『恋人同士』なんだろ?
当たり前のことなんだろ?」
(その通りなんだが...。
その通りなんだけど...。
チャンミンの口から、はっきりと『恋人同士』と宣言されると、照れるというか、なんというか...)
「だから、泊まっていって」
チャンミンの熱い吐息が首筋にかかり、ユノはぞくりとした。
「......」
先日のチャンミンの行動を思い出して、全身が熱くなる。
(泊まるってことは...。
泊まる...と言ったら...。
いくらなんでも早すぎるだろう?
『恋人同士』がひとつベッドで寝るってことは、『アレ』しかないだろ?)
「ユノ?」
(...ところで、『やり方』知ってるんか?
...って、こらこら。
俺は何を先走って想像してるんだ?
チャンミンの「泊まって」発言に、深い意味はないかもしれないじゃないか!
いやいや。
チャンミンの行動は予測がつかないんだった。
ムードとか、駆け引きとか、一切無視だからなぁ。
風邪っぴきの日も、押し倒されたからな。
やっぱり、そのつもりでいるのか!?)
「ユノ!!」
考えふけっていたユノはハッとして、チャンミンの腕をほどくと立ち上がった。
「ちょっと寄るところがあるんだ。
その後に行くことになるけど...いいか?」
頭を撫ぜられて、「子供扱いするな」とチャンミンはむすっとする。
「ちゃんとあんたんちに行くから。
さささ、帰ろうか」
「うん」
チャンミンはすたすたとロッカーからコートをとると、その1着をユノに羽織らせた。
自身もコートを羽織って、「行くよ」と2人分の荷物を抱えた。
そして、チャンミンに腕を引っ張られる格好で、ユノは事務所を出たのであった。
着信を知らせるバイブレーションに、ユノはリストバンドを確認する。
『21:00に集合』と、Sからの返信。
(つづく)
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