(78)時の糸

 

 

~チャンミン~

 

「...っつ」

 

こめかみが疼く。

 

「はあ...」

 

ユノに何度、真っ裸を見られたことか...。

 

見せるものは全部見られてしまった、ってことか。

 

キッチンカウンターに常備している、頭痛薬を水なしで飲み込んだ。

 

ユノのために追加の毛布を用意しようと、寝室へと移動した時...。

 

ベッドが目に入った。

 

今朝ベッドメイクしたそこは、真っ白なシーツと布団カバーでしわひとつなく整えられている。

 

ベッドは2人分、ゆうに横たわれるダブルサイズだった。

 

「......」

 

それから、入浴中のユノを意識した。

 

ちょっと待て...ぼんやりしていたけど、つまり、その...。

 

僕が置かれている状況とは、その、つまり、えっと...。

 

つまり、そういうことだ。

 

困ったな。

 

僕が覚えていないだけで多分、最低2人の女性と恋人関係にあったらしい。

 

つまり僕は...全くの未経験ではないらしい。

 

ところが、そういう行為の手順というか、どういう流れですすむのかとか、さらには「そういうこと」をした時の感覚が、僕の頭には残っていないのだ。

 

さらに問題なのは、ユノが男だということ。

 

僕が調べた限りだと、同性同士の恋愛は少数派だそうだ。

 

かつての時代よりずっとスムーズに、結婚やお互いが望めば妊娠出産も叶うのだとか。

 

男性の肉体構造では不可能なことを、どうやって可能に変えてゆくのか、その技術に興味をそそられた。

 

でもその時は、妊娠出産云々以前の交際段階について調べ物をしていたため、後回しにした。

 

恋愛関係が深まっていくと、肉体的な接触を求め合うようになる。

 

...ユノにハグやキスを求める僕は、その通りだと頷いた。

 

より深まっていくと、肉体の内部で繋がりあい、共に快感を分かち合いたくなる。

 

...その通りだ。

 

僕が困ってしまうのはここからだ。

 

ユノが女性ならば、僕の経験の有無は問題にならない。

 

だって本能的に身体が動くものだろうからだ。

 

ユノも僕も男だ。

 

ひとつだけ確実に言い切れるのは、ユノの身体にもっと触れたいし、僕に触れて欲しい。

 

答えが知りたくて、手に入る限りの情報を求めてみたが、どこも似たり寄ったりな事ばかり。

 

僕のあそこが形とサイズを変えて疼くのは、身体が欲しているのだ。

 

ユノは男と恋愛するのは初めてなんだろうか...常に恋愛対象は同性なんだろうか。

 

ベッドに腰掛けて、僕は頭を抱えた。

 

僕はユノに触れたい欲に突き動かされて、これまでに何度かユノを押し倒してしまっていた。

 

自分があそこまで情熱的な男だとは、思いもよらなかった。

 

ユノが好きだという感情が、肉体にまで侵食してきたのだろう。

 

ユノに止められてからようやく、性急さにハッとなっていたのだ。

 

...そうか。

 

僕はよほどユノのことが、好きなんだなぁ。

 

でも、男女と同様の行為をしたければ、ひと手間が必要になる。

 

(...今から間に合うかな...)

 

タブレットに手を伸ばした時...。

 

「チャンミン...?」

 

寝室の戸口に、僕が貸したパジャマを着たユノが立っていた。

 

(よかった、サイズはぴったりだ)

 

僕が悶々と頭を悩ませているうちに、入浴を終えていたんだ。

 

右ひざを曲げているのは、義足を外しているからだ。

 

立ちあがった僕はユノに近づくと、彼を肩の上に担ぎ上げた。

 

「こら!

一人で歩ける!

俺は荷物じゃないんだぞ!」

 

胸の位置で抱きかかえるのは、なんだか気恥ずかしかった。

 

「わっ!」

 

ユノったら半身を起こすものだから、バランスを崩してしまう。

 

そして、ユノをベッドの上に、投げ出すように落としてしまった。

 

僕に背負い投げされたユノは、ごろんと一回転して着地した。

 

「あのなー!

荷物じゃないって言ってるだろうが!?」

 

「ユノが暴れるからだよ」

 

「......」

 

立ったままなのは変だよな、とユノの正面に胡坐をかいて座った。

 

「......」

 

「なあ。

チャンミン、もしかしてめちゃめちゃ緊張してたりする?」

 

覗き込むユノの目が三日月型になってるから、明らかに僕をからかってる。

 

「うるさいなぁ。

そう言うユノこそ、どうなんだよ?」

 

薔薇色の頬と濡れた髪のせいか、幼く優しい面立ちになっていた。

 

純粋に可愛い、と思った。

 

「明るいのは恥ずかしいな。

電気を消してくれない?」

 

寝室の中をキョロキョロ見回すユノの声も、上ずっているからきっと、彼も緊張しているんだ。

 

「う、うん」

 

ベッドサイドのパネルを操作して、互いの輪郭と表情がぎりぎり分かる程度まで照明をしぼった。

 

参ったなぁ...ドキドキする。

 

僕とユノが急接近してから一か月ほど。

 

ユノとこんな風になるなんて、思いもよらなかった。

 

僕の太ももに、ユノの手が乗せられた。

 

ユノの顔がすっと、近づいた。

 

僕と同じ香りがする。

 

 

(つづく)

 

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