(79)時の糸

 

 

すみずみまで明るく照らされて、全てがあからさまになるよりも、影で隠された箇所を想像力で補うのが夜の愉しみだ。

 

寝室はダウンライトのみで、分かるのは身体のシルエットと凹凸のみだ。

 

チャンミンの部屋がモノトーンでまとめられているのは、気取っているわけではない。

 

頭痛に悩まされるようになってから特に、色彩鮮やかなものは目にうるさいからと、機能性のみを求めた結果だった。

 

互い違いに傾けた頬同士が近づく。

 

二人の唇は既に開いており、重なり合うと同時に舌をからませた。

 

(毎度、チャンミンに押されっぱなしだったからなぁ)

 

ユノはチャンミンの後頭部に手を回して、自分の方へと引き付けていた。

 

(もろベッドの上、となると...緊張してしまう)

 

チャンミンはユノの手首で光るライトに気付いた。

 

「あ」

 

チャンミンはユノのリストバンドを外し、サイドテーブルの引き出しにそっと仕舞った。

 

(俺だったら部屋の向こうに放り投げるんだけどなぁ。

こういう丁寧なところ、好きだよ)

 

チャンミンの両手で包み込まれたユノの白い顔と、薄暗い中でもよくわかる、男性にしては紅い唇。

 

(ユノは男なのに...どうして、こんなに可愛いんだろう!)

 

思い余って、挟んだ頬をぐにぐにと上下に揉んでしまうのだった。

 

「おい!

不細工な顔にすんな!」

 

ユノは負けじとチャンミンの両頬をつまんで、左右に引っ張った。

 

「いででで!

痛いよ!」

 

「あんたは何されてもハンサムさんやね」

 

「そうかなぁ?

ユノだって、顔が整ってるよ。

いつも、綺麗だなぁ、って思ってたんだ」

 

チャンミンの頬から素早く手を離すと、ユノは後ろに飛び退った。

 

室内の色味はオレンジ色の光と黒い影のみで、ぼっと赤くなったユノの頬は悟られずに済んでいた。

 

「は、恥ずかしいこと、よく口にできるな~」

 

「ホントのこと言ってるだけじゃないか」

 

「......」

 

照れ屋だったり大胆だったり、チャンミンの性格のふり幅の大きさに、ユノは未だに慣れない。

 

 


 

 

~ユノ~

 

チャンミンちの浴室は、湯船がなかった。

 

湯船の中でこわばった足首を温め、もみほぐす必要があった。

 

パネルを操作すると、四方からスチームが吹き出し、浴室はサウナ状態になった。

 

義足を外した俺は、滑って転んではいけないと浴室の床に座り込んだ。

 

欠損した上をもみほぐしながら、風呂から出た後のことを想像してみた。

 

ここで俺は迷ってしまうのだ。

 

チャンミンは、どっち側になるのだろう?

 

俺と恋愛することに何の抵抗もなかった様子だったのには、俺も驚いた。

 

欲においては希薄な状態で、人格は真っ新で素直、常識や偏見もなくて...ところが、感情が豊かになるにつれ、欲を覚えるようになった。

 

俺の恋愛対象は男で、こういう質は少数派ではあるが隠すことではない為、職場でオープンにしている。

 

(セクハラ言動のボーダーラインを定める意味でも、明確にしておくのが世の常だ)

 

俺にとっては当然なことでも、チャンミンの履歴書を読む限り、彼はノンケだ。

 

だから、「どっち?」と訊くわけにはいかないのだ。

 

ところが、女性経験については...。

 

「う~ん...」

 

俺は腕を組み、唸っていた。

 

YKという女性の登場は大迷惑だった。

 

よりによって、カイ君の姉だったとは!

 

「...マックスかぁ...」

 

YKを思い出すことはないけれど、チャンミンが恐れていたように、手指の感触が記憶を呼びおこすきっかけになるかもしれない。

 

(まさか!

ありえない!)

 

これまでのチャンミンのキスの仕方を思い起こしてみた。

 

記憶にはなくても、身に染みついた本能のようなものが、あの激しさだとしたら!

 

俺はチャンミンに組み敷かれるのだろうか。

 

俺には経験のない側だった。

 

「......」

 

浴室内はスチームで満たされ、玉のような汗が肌をすべり落ちた。

 

流れに任せよう...これが、俺が出した結論だった。

 

 


 

 

チャンミンは震える指で、ユノのパジャマのボタンを外してゆく。

 

(ま、まるで女の子のようなんですけど?)

 

ユノは天井を仰いで目をつむり、チャンミンにされるがままにいた。

 

パジャマの上が脱がされた時、ごくり、とチャンミンが唾を飲みこむ音がユノの耳にはっきりと聞こえた。

 

チャンミンにとって、ユノの裸体を目にするのは初めてだったのだ。

 

ユノにしてみれ、全裸にならなくても、件の行為の妨げにならなければよいのであって...。

 

丁寧に衣服を脱がし合う行為の経験がほとんどなかった。

 

(チャ、チャンミンは、俺を女の子のように扱っている...!)

 

チャンミンの手によって、パジャマの下もするっと脱がされたことが、恥ずかしくてたまらないユノ。

 

(こんな流れ...初めてなんですけど?)

 

下着1枚になったユノの姿に、チャンミンはハッとすると、自身のTシャツとスウェットパンツを手早く脱いだ。

 

何度か目にしたことのあるチャンミンの裸体であっても、「その後」のことが控えている今、ユノのトキメキは上昇するばかり。

 

二人はもう一度、唇を重ね合わせた。

 

片手は相手のうなじに、互いの舌で口内をいっぱいにさせ、もう片方の指は互いの下着にひっかけられていた。

 

これで、邪魔するものは何もなくなった。

 

マットレスに二人の身体が沈んだ。

 

 

(つづく)

 

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