すみずみまで明るく照らされて、全てがあからさまになるよりも、影で隠された箇所を想像力で補うのが夜の愉しみだ。
寝室はダウンライトのみで、分かるのは身体のシルエットと凹凸のみだ。
チャンミンの部屋がモノトーンでまとめられているのは、気取っているわけではない。
頭痛に悩まされるようになってから特に、色彩鮮やかなものは目にうるさいからと、機能性のみを求めた結果だった。
互い違いに傾けた頬同士が近づく。
二人の唇は既に開いており、重なり合うと同時に舌をからませた。
(毎度、チャンミンに押されっぱなしだったからなぁ)
ユノはチャンミンの後頭部に手を回して、自分の方へと引き付けていた。
(もろベッドの上、となると...緊張してしまう)
チャンミンはユノの手首で光るライトに気付いた。
「あ」
チャンミンはユノのリストバンドを外し、サイドテーブルの引き出しにそっと仕舞った。
(俺だったら部屋の向こうに放り投げるんだけどなぁ。
こういう丁寧なところ、好きだよ)
チャンミンの両手で包み込まれたユノの白い顔と、薄暗い中でもよくわかる、男性にしては紅い唇。
(ユノは男なのに...どうして、こんなに可愛いんだろう!)
思い余って、挟んだ頬をぐにぐにと上下に揉んでしまうのだった。
「おい!
不細工な顔にすんな!」
ユノは負けじとチャンミンの両頬をつまんで、左右に引っ張った。
「いででで!
痛いよ!」
「あんたは何されてもハンサムさんやね」
「そうかなぁ?
ユノだって、顔が整ってるよ。
いつも、綺麗だなぁ、って思ってたんだ」
チャンミンの頬から素早く手を離すと、ユノは後ろに飛び退った。
室内の色味はオレンジ色の光と黒い影のみで、ぼっと赤くなったユノの頬は悟られずに済んでいた。
「は、恥ずかしいこと、よく口にできるな~」
「ホントのこと言ってるだけじゃないか」
「......」
照れ屋だったり大胆だったり、チャンミンの性格のふり幅の大きさに、ユノは未だに慣れない。
~ユノ~
チャンミンちの浴室は、湯船がなかった。
湯船の中でこわばった足首を温め、もみほぐす必要があった。
パネルを操作すると、四方からスチームが吹き出し、浴室はサウナ状態になった。
義足を外した俺は、滑って転んではいけないと浴室の床に座り込んだ。
欠損した上をもみほぐしながら、風呂から出た後のことを想像してみた。
ここで俺は迷ってしまうのだ。
チャンミンは、どっち側になるのだろう?
俺と恋愛することに何の抵抗もなかった様子だったのには、俺も驚いた。
欲においては希薄な状態で、人格は真っ新で素直、常識や偏見もなくて...ところが、感情が豊かになるにつれ、欲を覚えるようになった。
俺の恋愛対象は男で、こういう質は少数派ではあるが隠すことではない為、職場でオープンにしている。
(セクハラ言動のボーダーラインを定める意味でも、明確にしておくのが世の常だ)
俺にとっては当然なことでも、チャンミンの履歴書を読む限り、彼はノンケだ。
だから、「どっち?」と訊くわけにはいかないのだ。
ところが、女性経験については...。
「う~ん...」
俺は腕を組み、唸っていた。
YKという女性の登場は大迷惑だった。
よりによって、カイ君の姉だったとは!
「...マックスかぁ...」
YKを思い出すことはないけれど、チャンミンが恐れていたように、手指の感触が記憶を呼びおこすきっかけになるかもしれない。
(まさか!
ありえない!)
これまでのチャンミンのキスの仕方を思い起こしてみた。
記憶にはなくても、身に染みついた本能のようなものが、あの激しさだとしたら!
俺はチャンミンに組み敷かれるのだろうか。
俺には経験のない側だった。
「......」
浴室内はスチームで満たされ、玉のような汗が肌をすべり落ちた。
流れに任せよう...これが、俺が出した結論だった。
チャンミンは震える指で、ユノのパジャマのボタンを外してゆく。
(ま、まるで女の子のようなんですけど?)
ユノは天井を仰いで目をつむり、チャンミンにされるがままにいた。
パジャマの上が脱がされた時、ごくり、とチャンミンが唾を飲みこむ音がユノの耳にはっきりと聞こえた。
チャンミンにとって、ユノの裸体を目にするのは初めてだったのだ。
ユノにしてみれ、全裸にならなくても、件の行為の妨げにならなければよいのであって...。
丁寧に衣服を脱がし合う行為の経験がほとんどなかった。
(チャ、チャンミンは、俺を女の子のように扱っている...!)
チャンミンの手によって、パジャマの下もするっと脱がされたことが、恥ずかしくてたまらないユノ。
(こんな流れ...初めてなんですけど?)
下着1枚になったユノの姿に、チャンミンはハッとすると、自身のTシャツとスウェットパンツを手早く脱いだ。
何度か目にしたことのあるチャンミンの裸体であっても、「その後」のことが控えている今、ユノのトキメキは上昇するばかり。
二人はもう一度、唇を重ね合わせた。
片手は相手のうなじに、互いの舌で口内をいっぱいにさせ、もう片方の指は互いの下着にひっかけられていた。
これで、邪魔するものは何もなくなった。
マットレスに二人の身体が沈んだ。
(つづく)
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