義弟(12)

 

 

~ユノ33歳~

 

23時を過ぎても7割方の席が埋まっている。

 

ぐるりと店内を見渡すと、客の大半は男女のカップルだが、その他参考書を広げた勤め帰りの社会人や、読書に夢中な大学生風も。

 

オーナーの狙い通り、深夜2時まで営業しているこのカフェは、騒がしい客のいない大人向けの場となっている。

 

店内に入るとすぐに、真正面の壁のイラスト画が飛び込んでくる。

 

赤いワンピースを着た、Funnyな女の子。

 

「ヘタウマで頼む」との注文に従って、黒の線画にべた塗りで色付けして仕上げた。

 

今夜の俺の目には、ワンピースの彼女がチャンミンに見えてしまう。

 

それもそのはず、このイラストの女性のモデルはBだ。

 

壁画に取り掛かった当時、プロポーズにYESを貰ったばかりだったのだ。

 

デフォルメされてるし、注文主のオーナーも知らないこと。

 

深夜近くのカフェに俺がここにいるのは、当カフェのオーナーとの打ち合わせのためだ(新店舗をオープンする計画があるらしい)

 

到着に30分遅れると当人から連絡を貰った俺は、カフェラテでも飲みながら...カップにプリントされているイラストも俺が手掛けた...待つことにした。

 

頬杖をついてぼんやりと、窓の外の人通りの途絶えた通りを見ることもなく眺めていた。

 

外は夜、窓ガラスには店内の様子が映っている。

 

え?

 

入店してきた新しい客に、俺の焦点が合う。

 

あの頭の形、ひょろりとした長身とあの身体付き、あの歩き方。

 

見間違えようがない...チャンミンだった。

 

暗色のコートを脱いだ中は、パーカーと細身のパンツ姿だった。

 

シンプルな装いが、より彼の美しさを際立たせていた。

 

それにしても...16歳の子供が外出していい時間帯じゃないだろう。

 

こんな場所で遭遇した偶然が嬉しくて、声をかけようと腰を浮かせた。

 

「...あ」

 

チャンミンは一人ではなく連れがいて、その相手がMちゃんだった。

 

どっと、腹の底が冷えた。

 

浮かせかけた尻を椅子に戻し、俺は何てことなかった風に、気持ちを落ち着かせるためにカップを手にした。

 

カップを持った指が震えていた。

 

彼らは店奥にいる俺に気付かず、顔を寄せ合って会話に集中しているようだった。

 

「偶然だね」と2人に声をかけてしまえばよかったのに、そのタイミングを失ってしまった。

 

胸が詰まってしまって呼吸がしづらく、深呼吸をする。

 

動揺していた。

 

タブレットに視線を落として、彼らに全く気付いていないふりをするしかなかったのだ。

 

先に気付いたのが俺である点が、癪だったのだ。

 

加えて、頬のひきつりを隠して、余裕ある微笑みを彼らに見せられる自信がなかった。

 

恰幅の良い身体を揺らして約束人が現れ、俺は頭を切り替えた。

 

声の大きいオーナーに、彼らがこちらに気付くのでは、とヒヤヒヤしながらの打ち合わせが始まった。

 

オーナーの肩ごしに、チャンミンの後頭部と背中をちらちらと見る。

 

彼らは気づかない。

 

気付いて欲しいような、欲しくないような、複雑な心境だった。

 

知らぬ間に、彼らはそういう関係になっていたのか...。

 

俺には出る幕はない。

 

16のガキと21の小娘に、なぜこうも気持ちをかき乱されるのか。

 

いい加減認めよう。

 

俺はチャンミンに惹かれている、かなり本気に。

 

絵画制作にかこつけて、美少年を裸に剥き、網ストッキングを履かせ、アクセサリーを身につけさせて。

 

想いの正体が恋心なのか、はたまた性的欲求に過ぎないのか、現段階では判別がついていない。

 

だが、チャンミンに心惹かれているのは確実で、彼をどうにかしたい欲望は抑えきれないところまで膨れ上がっている。

 

どうにかしたいとは、何を指すのか...その通り、アレのことだ。

 

近頃の俺は、新妻のBをその弟チャンミンに重ね合わせて抱いている。

 

酷い男だ。

 

チャンミンは未だ16歳だぞ?

 

いかれてる。

 

しかし...。

 

なあ、チャンミン。

 

俺を煽るだけ煽っておいて、今のは何なんだ?

 

からかっていたのか?

 

新店舗のコンセプトを熱く語るオーナーに頷きながら、頭の片隅では昼間の出来事を振り返っていた。

 

 


 

チャンミンの様子がおかしかった。

 

「体調が悪いのか?」と尋ねても、「何でもないです」と首を振るばかりだった。

 

「寒いだけです...さっさと描いてください。

僕は裸なんですよ?」

 

3月末というのに寒波に襲われた日で、窓ガラスは結露で曇り、エアコンもストーブも最強にしてもなかなかぬくもってくれない。

 

チャンミンは膝を持ち上げ、爪先をぴんと伸ばす。

 

16歳の美しい少年に、網ストッキングを履かせる俺。

 

なんて艶めかしく、淫靡な光景なんだろう。

 

この場をのぞき見する第3者の目を想像してみたら、興奮してきた俺がいた。

 

寒さで小刻みに震えるチャンミンの肌に、この手を隅々まで滑らせたくなった。

 

網目の引っ掛かりと、その下の温かい肌を感じながら、手の平を上へと滑らしていく。

その手は膝の皿、細いが弾力ある太もも、脚の付け根までいき、その内側へ忍び込む...。

 

何をしようとしていた?

 

一瞬浮かんだ淫らな妄想を振り払おうと、俺は弾むように立ち上がった。

 

「義兄さん」

 

ぱしっと手首を捕まえられて、見下ろすとチャンミン三白眼がらんらんと光っていた。

 

「チャンミン?」

 

「さすってくれないのですか?」

 

「え...?」

 

驚きであげた俺の一音は、かすれていた。

 

「この部屋は寒すぎます。

さすってくれないのですか?」

 

この子は何を突然、言い出すんだ?

 

確かにチャンミンの全身に鳥肌がたっていて、彼のものも小さく縮こまっていた。

 

「温めてください。

寒いのです」

 

下がった口角、引き結ばれた青ざめた唇なのに、なぜか目の縁は赤くて、今にも泣き出しそうなチャンミンだった。

 

 

(つづく)

 

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