義弟(14-1)

 

~チャンミン16歳~

 

Mの話が頭に入ってこない。

 

僕の頭も背中も、じんじんと熱い。

 

義兄さんの視線で焼かれているみたいに。

 

母親には友人の家に泊まりに行く、と告げていた。

 

自宅へ招かれるほど親しい友人がいることに、母親は驚いていた。

 

休日は大抵、自室にこもっていたし、部活にも入らず真っ直ぐ帰宅していた僕だから、驚いて当然だ。

 

僕に呼び出されてMも驚いていたが、僕のお願い事を聞くと「わかった」と即答してくれ、こうして僕と顔を突き合わせている。

 

 

「ユノさんのカフェに行ってみましょうよ」

 

Mの誘いに、空腹だった僕は頷いた。

 

義兄さんがデザインを手がけたというそのカフェは、入店すぐに飛び込んでくる壁面イラストに目を奪われる。

 

写実的な絵を描く義兄さんが、ポップなイラストチックなものも描けるなんて知らなかったから、素直に感動した。

 

客層は落ち着いた雰囲気で、2人組か1人、めいめいに読書をしたり、控えめの声量で会話を交わしていたり...大人だけの空間だ、と思った。

 

だから、高校生未満の僕やピンク色の髪をしたMが、場違いに浮いているみたいで、恥ずかしかった。

 

あれ?

 

店員に案内された席に向かう途中、僕の目はある一点にひきつけられた。

 

店内一番奥の窓際の席。

 

義兄さん...。

 

黒のタートルネックセーターが、義兄さんの白い肌を引きたてていた。

 

義兄さんの頭は窓の外を向いていて、僕とMに気付いていない風だ。

 

でも、今夜の僕は義兄さんと対面する勇気がなかったから、気付かないふりをすることにする。

 

昼間、僕は大胆なことをしでかしてしまったのだ。

 

義兄さんを誘った。

 

僕を見る義兄さんの目が、焦がれるようなものであるのは気づきかけていた。

 

だから、義兄さんの中のスイッチを入れてやろうと思った。

 

僕を見て、僕を欲しがって!と。

 

僕は裸だし、持てる限りの色っぽさを目いっぱい発揮してみた。

 

映画やアダルトな動画の中で、女の人が男を誘う時の表情を思い浮かべながら。

 

勇気がいった。

 

心臓がバクバク音をたてていた。

 

誘うと言っても、どうしたいという具体的なものがあったわけじゃない。

 

セックスを匂わせるようなことを言っただけ。

 

義兄さんを揺さぶれるには、そう言うしかなかったんだ。

 

僕は男だけど、それらしくしなをつくれば、もしかしたら...って。

 

パーカーの下の右胸が、火照ったようにじんじんした。

 

義兄さんに一瞬でも愛撫された肌。

 

義兄さんのごつごつしているのに、手先を使う仕事をしているからしなやかで繊細そうな指が、僕の肌の上を滑った。

 

とても、とても素敵だった。

 

 

義兄さんを誘うようなことをしたくせに、その後の展開を知らない僕だった。

 

世間一般的に言って、16歳で童貞なのが普通なのか遅いのか分からない。

 

級友の中には、「相手は2こ年上の、高校生。あれはすごいよ」と、未経験の奴らに自慢をしていた。

 

我先にと、「俺も」「俺も」と経験談を始める奴もいて、「どこまで本当のことやら...嘘ばっかりのくせに」と、馬鹿馬鹿しいと思っていた。

 

僕こそ、そのクチだったから。

 

33歳の義兄さんと対等に張り合うには、ヒヨコのままでいるわけにはいかないんだ。

 

未経験は即バレてしまうし、もの凄くカッコ悪いことだ。

 

義兄さんは、姉さんとヤッているんでしょう?

 

僕も、Mとデキてるんだよ。

 

そう思わせたくてMに接近した。

 

鋭いMのことだから、僕の魂胆なんて見抜いていただろうけど、それを指摘しない賢明さが彼女にはあった。

 

Mを奥の席につかせ、僕は手前に座る。

 

「チャンミン。

ユノさん、じゃない?」

 

案の定、Mは義兄さんを見つけて、彼に手を振ろうとしたから、その手をつかんでとどまらせる。

 

「しっ!

知らんぷりしてて」

 

「どうして?」

 

「いいから!」

 

「ふうん...チャンミンの恋心は複雑ねぇ」

 

「うるさいなぁ。

そういうMちゃんこそ、どうなの?」

 

「彼氏と別れた」

 

「...そっか」

 

「だから、私の方はオッケーよ。

今夜でいいの?」

 

「うん」

 

「チャンミンったら、余程お腹が空いていたのねぇ」

 

サンドイッチと添えられたポテトチップスを平らげ、アイスコーヒーを飲み干す僕を、頬杖をついたMは呆れたように言う。

 

「夕飯を食べ損ねてたから」

 

昼間の出来事が刺激的過ぎて、食欲がなかったんだ。

 

それに、数メートルの距離があっても、僕の後ろに義兄さんがいる。

 

遅れてきた義兄さんの連れの声が大きくて、断片的に聞こえてくる内容からすると、仕事の打ち合わせか何かだろう。

 

夜遅くに、アトリエを離れても義兄さんには仕事があって、大人でカッコいいと思った。

 

両親からの小遣いと、義兄さんから貰うモデル料で、価格設定の高いこのカフェに来ている僕はダサいと思った。

 

悔しくて義兄さんに見せつけるように、必要以上に身を乗り出してMに接近した。

 

そんな僕の狙いも、やっぱりMにはお見通しだろうけど。

 

僕ら2人は、義兄さんに片想いをしている同志なのだ。

 

 

(つづく)

 

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