~ユノ35歳~
ことの後、俺とチャンミンは横たわった状態でさまざまなことを話す。
焦りと苛立ち、欲...愛情を吐き出した後ならば、余裕をもった会話を交わせる。
チャンミンはぽつりぽつりとだが、自身のことを教えてくれる。
潤滑クリームやブレスレットの件のように、俺の心をかき乱す時とはうってかわって、満ち足りた穏やかな表情を見せてくれる。
ついさきほどまで、俺の上下でみだらに腰を揺らしていたとは信じられない。
俺と出逢った頃の、性を知らなかった15歳が透けて見える。
・
俺との仲をほのめかすような言動をするに違いない。
Bが背中を向けた隙を狙って、唇を重ねてくるに違いない。
断固として、チャンミンを置いてくればよかった。
でも、それは無理な話。
チャンミンは自分の意志をなんとしてでも通す子だから。
俺の言うことなんて、ききやしない。
「機嫌を直して下さい」
両頬を引き寄せられると、チャンミンの乾いた唇が押し当てられた。
18歳になってずいぶん、男らしくなった。
ふっくらとした頬のラインがシャープになった。
頑固そうな顎と真一文字に引き結んだ唇。
中性的だった美少年が、美青年へと移り変わりつつある時を迎えていた。
18歳。
美しい顔をしている。
無口で世を舐めたような生意気な顔をして、その実、感情的で情熱的なのだ。
「大人しくしておきますから。
冗談です。
外しますから、機嫌を直してください」
チャンミンはブレスレットを外し、グローブボックスに入れようとしたが、俺の固い表情に気付いて、自身のバッグに滑り落した。
くるくると目まぐるしく変わるチャンミンの機嫌。
チャンミンを持て余してきていた。
チャンミンとの関係に疲れてきていた。
いや。
焦れて苛立ったチャンミンの方こそ、ぎりぎりなのだろう。
~ユノ33歳~
「今からじゃあ、夕飯には早いかな?」
突っ立ったままのチャンミンに、声をかける。
「乗り気じゃないなら、行かなくてもいいんだよ?」
「...いえ。
行きます」
チャンミンはコートを羽織ると、スニーカーを履き、ドアノブに手をかけたところで、俺を振り向いた。
「行かないのですか?」
相変わらずの無表情だったけど、ほんのわずか、口元の緊張がほどけているように感じられたのは、気のせいだった...のかな。
・
助手席に収まったチャンミンは、珍しそうに車の内装を見回している。
国産車4台分のこの車は、ごく一般家庭で育つチャンミンには眩しく映っているだろう。
ある公募展で入賞したことを契機に、俺の作品の価格がはね上がった。
それにも関わらず、本業の作品制作の他に、商業デザインの副業が必要だった。
Bと結婚生活を送るとは、そういうことなのだ。
「何が食べたい?」
「義兄さんにお任せします」
さて、どこにしようかと考えを巡らせながら、街に向けて俺は車を走らせた。
好みがわからないから、メニュー豊富で気取らない店がいいだろう。
「コンビニのもので十分です」
「え?」
「あそこ!
あのコンビニに停めてください」
本当は腹が減っていないのだな、と思った俺は、チャンミンが指さす通りに、店の駐車場に停車させた。
ところが、チャンミンは車から降りもせず、じっとフロントガラスの向こうを見据えたままだった。
何を考えているのか分からない、扱いにくい子だ。
シートベルトを外しかけた時、チャンミンに呼び止められた。
「どうした?
降りないのか?」
その後のチャンミンの言葉に、俺の思考が一瞬ストップした。
「...義兄さん。
キスして下さい...」
チャンミンの方を振り向けなかった。
一刻も早く車内から出ないと!
チャンミンの言葉を無視して、ドアハンドルに指をかけたその時、
「聞こえませんでしたか?
僕と...キスしてください」
浮かしかけた腰を下ろし、ハンドルに額を付けて深いため息をついた。
なんて反応をすればいいんだ?
「大人をからかうのはよせ」
「からかうって...何のことです?」
思わせぶりなチャンミンの言動を、ひとつひとつ挙げていったりなんかしたら、そのいずれにも反応していたことを、この少年に知られてしまう。
「本気にしたんですか?」とくすくすと、俺を馬鹿にして笑いそうだった。
ところが、俺を見るチャンミンは、俺の言うことが理解できないと言った風だったから、驚いた。
「僕は、本当のことしか言いません」
「......」
「僕はいつでも本気です」
そう言いきり、真顔になったチャンミンから、目が離せなかった。
「義兄さん。
気付いていますよね?」
「温めてください」と見上げられた時、気付いていたけれど俺の中で「待った」のブレーキがかかっていた。
のったらいけない、後戻りできなくなる、と。
「僕の気持ち...分かりますか?」
「......」
「...分かってますよね?」
俺より17歳下のこの子が、俺を振り向かせようと全身で誘っていたことなんて、分かりきっていた。
俺たちの間で流れていた妙な緊張感...いつ堪え切れられなくなるのか。
チャンミンのうなじに手を添えると、何の抵抗もなく引き寄せられた。
のるかそるか。
うっすら開いたチャンミンの唇に、俺のものを覆いかぶせた。
(つづく)
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