義弟(16-2)

 

 

~ユノ35歳~

 

ことの後、俺とチャンミンは横たわった状態でさまざまなことを話す。

 

焦りと苛立ち、欲...愛情を吐き出した後ならば、余裕をもった会話を交わせる。

 

チャンミンはぽつりぽつりとだが、自身のことを教えてくれる。

 

潤滑クリームやブレスレットの件のように、俺の心をかき乱す時とはうってかわって、満ち足りた穏やかな表情を見せてくれる。

 

ついさきほどまで、俺の上下でみだらに腰を揺らしていたとは信じられない。

 

俺と出逢った頃の、性を知らなかった15歳が透けて見える。

 

 

俺との仲をほのめかすような言動をするに違いない。

 

Bが背中を向けた隙を狙って、唇を重ねてくるに違いない。

 

断固として、チャンミンを置いてくればよかった。

 

でも、それは無理な話。

 

チャンミンは自分の意志をなんとしてでも通す子だから。

 

俺の言うことなんて、ききやしない。

 

「機嫌を直して下さい」

 

両頬を引き寄せられると、チャンミンの乾いた唇が押し当てられた。

 

18歳になってずいぶん、男らしくなった。

 

ふっくらとした頬のラインがシャープになった。

 

頑固そうな顎と真一文字に引き結んだ唇。

 

中性的だった美少年が、美青年へと移り変わりつつある時を迎えていた。

 

18歳。

 

美しい顔をしている。

 

無口で世を舐めたような生意気な顔をして、その実、感情的で情熱的なのだ。

 

「大人しくしておきますから。

冗談です。

外しますから、機嫌を直してください」

 

チャンミンはブレスレットを外し、グローブボックスに入れようとしたが、俺の固い表情に気付いて、自身のバッグに滑り落した。

 

くるくると目まぐるしく変わるチャンミンの機嫌。

 

チャンミンを持て余してきていた。

 

チャンミンとの関係に疲れてきていた。

 

いや。

 

焦れて苛立ったチャンミンの方こそ、ぎりぎりなのだろう。

 

 


 

 

~ユノ33歳~

 

「今からじゃあ、夕飯には早いかな?」

 

突っ立ったままのチャンミンに、声をかける。

 

「乗り気じゃないなら、行かなくてもいいんだよ?」

 

「...いえ。

行きます」

 

チャンミンはコートを羽織ると、スニーカーを履き、ドアノブに手をかけたところで、俺を振り向いた。

 

「行かないのですか?」

 

相変わらずの無表情だったけど、ほんのわずか、口元の緊張がほどけているように感じられたのは、気のせいだった...のかな。

 

 

助手席に収まったチャンミンは、珍しそうに車の内装を見回している。

 

国産車4台分のこの車は、ごく一般家庭で育つチャンミンには眩しく映っているだろう。

 

ある公募展で入賞したことを契機に、俺の作品の価格がはね上がった。

 

それにも関わらず、本業の作品制作の他に、商業デザインの副業が必要だった。

 

Bと結婚生活を送るとは、そういうことなのだ。

 

「何が食べたい?」

 

「義兄さんにお任せします」

 

さて、どこにしようかと考えを巡らせながら、街に向けて俺は車を走らせた。

 

好みがわからないから、メニュー豊富で気取らない店がいいだろう。

 

「コンビニのもので十分です」

 

「え?」

 

「あそこ!

あのコンビニに停めてください」

 

本当は腹が減っていないのだな、と思った俺は、チャンミンが指さす通りに、店の駐車場に停車させた。

 

ところが、チャンミンは車から降りもせず、じっとフロントガラスの向こうを見据えたままだった。

 

何を考えているのか分からない、扱いにくい子だ。

 

シートベルトを外しかけた時、チャンミンに呼び止められた。

 

「どうした?

降りないのか?」

 

その後のチャンミンの言葉に、俺の思考が一瞬ストップした。

 

「...義兄さん。

キスして下さい...」

 

チャンミンの方を振り向けなかった。

 

一刻も早く車内から出ないと!

 

チャンミンの言葉を無視して、ドアハンドルに指をかけたその時、

 

「聞こえませんでしたか?

僕と...キスしてください」

 

浮かしかけた腰を下ろし、ハンドルに額を付けて深いため息をついた。

 

なんて反応をすればいいんだ?

 

「大人をからかうのはよせ」

 

「からかうって...何のことです?」

 

思わせぶりなチャンミンの言動を、ひとつひとつ挙げていったりなんかしたら、そのいずれにも反応していたことを、この少年に知られてしまう。

 

「本気にしたんですか?」とくすくすと、俺を馬鹿にして笑いそうだった。

 

ところが、俺を見るチャンミンは、俺の言うことが理解できないと言った風だったから、驚いた。

 

「僕は、本当のことしか言いません」

 

「......」

 

「僕はいつでも本気です」

 

そう言いきり、真顔になったチャンミンから、目が離せなかった。

 

「義兄さん。

気付いていますよね?」

 

「温めてください」と見上げられた時、気付いていたけれど俺の中で「待った」のブレーキがかかっていた。

 

のったらいけない、後戻りできなくなる、と。

 

「僕の気持ち...分かりますか?」

 

「......」

 

「...分かってますよね?」

 

俺より17歳下のこの子が、俺を振り向かせようと全身で誘っていたことなんて、分かりきっていた。

 

俺たちの間で流れていた妙な緊張感...いつ堪え切れられなくなるのか。

 

チャンミンのうなじに手を添えると、何の抵抗もなく引き寄せられた。

 

のるかそるか。

 

うっすら開いたチャンミンの唇に、俺のものを覆いかぶせた。

 

(つづく)

 

 

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