義弟(18)

 

 

~チャンミン16歳~

 

 

温かいシャワーが肌を叩き、羞恥と緊張で強張った肌をほぐしてくれた。

 

乾いてこびりついたものを、十分に泡立てたボディソープで洗い流した。

 

恥ずかしい。

 

下着の中で漏らしてしまった。

 

だって...滅茶苦茶気持ち良かったから。

 

自分があんな大胆なことを言える人間だったなんて、信じられない。

 

義兄さんには質問したいことも、伝えたいことも沢山あるはずなのに、いざ口を出た言葉が「キスして下さい」だった。

 

血迷ったとしか思えない。

 

義兄さんの車に乗ったのは初めてで、動揺と嬉しさで胸がいっぱいになったせいで、いろんなことをすっ飛ばしてしまったんだ。

 

義兄さんといる時の僕は、常に緊張していて、ドキドキと鼓動が早い。

 

でもそれは、嫌な意味の緊張ではなくて、全身の細胞が一斉に活性化されるみたいな感じだ。

 

義兄さんのどこが好きなんだろう。

 

これまで会話らしい会話は交わしていないし、義兄さんの過去も性格も知らないといってもいい。

 

義兄さん自身のことを知りたければ、質問すればいいことだ。

 

でも、義兄さんを前にすると、言葉は喉でせき止められて一言も出てこない。

 

義兄さんに興味を持っていることがバレてしまうことが癪だったのは、以前の話。

 

いつだったか、義兄さんの肘があたって溶き油を床にこぼしてしまったことがあった。

 

その時、僕に見せた照れ笑い。

 

整い過ぎて冷たい印象すら与える義兄さんの顔が、くしゃりと歪んだ。

 

目なんかこう、細くなって、くしゃくしゃになった義兄さんに、思わず僕もくすり、としてしまった。

 

それまで見せるまいとしてきた僕の表情に、義兄さんははっとした後、満面の笑顔になった。

 

華やかな笑い顔で、義兄さんを覆う白いオーラがもっと眩しく輝いたように見えたんだ。

 

そこで僕が気付いたこと。

 

心を開かないと、義兄さんには近づけない。

 

すかした態度をとり続けている以上、義兄さんも心を開いてくれない。

 

初対面の時は、僕に媚びた笑顔を見せた義兄さん。

 

ところが、僕と接するうちに気難しいガキだと悟った義兄さんは、僕の心に踏み込んだ言動はしなかった。

 

僕がしたいようにさせていた。

 

放置されているみたいで、歯がゆくて。

 

いきなり「キスして下さい」発言をしてしまったのも、本心の見せ方が分からなかったせいなんだ。

 

義兄さんと僕は今日、キスをした。

 

唇に触れて、さっきの感触を思い出す。

 

義兄さんの唇は柔らかかった。

 

Mちゃんとするディープキスなんて、合わせた口の中で舌を動かしているだけのもの。

 

行為の流れのひとつとしての形ばかりのキスは、気持ち良くもなんともない。

 

でも、義兄さんとのキスで知ってしまった。

 

粘膜同士の接触が、あんなに気持ちいいなんて。

 

口の中にも性感帯がある...新しい発見だった。

 

素敵だった。

 

「ユノ...ユノ...さん」

 

大丈夫。

 

シャワーの水音が隠してくれる。

 

僕の気持ちは十分、伝わったでしょ?

 

「キスがしたい」ってことは、そういうことでしょ?

 

義兄さん、わかってくれた?

 

キスを...とても激しいキスをしてくれたってことは、義兄さんも僕のことを好きになってくれたんでしょ?

 

「...好き...です」

 

アイボリー色のプラスチック壁に両手をついて、斜め上からほとばしり落ちるお湯を後頭部に受ける。

 

望んだ通りのことが起こったのに、僕は戸惑っていた。

 

シャワーを止めて、湯気で曇った鏡を拭き取る。

 

張り付いた長い前髪を後ろにかきあげて、鏡の中の自分と目を合わす。

 

自室に籠って、鏡に映る大人っぽい顔の造りに悦に入っていた頃もあったのに、今の僕はとても大人っぽいとは言えない。

 

きょとんと困り顔のガキ。

 

僕にキスしたことを後悔していたらどうしよう。

 

だって、僕は姉さんの弟だし、男だし。

 

義兄さんのキスに感じてしまって、僕のものはカチカチに反応した。

 

僕のことを何とも思っていなかったら、服の上からとは言え、男のものを触ってしごいたり出来ないはずだ。

 

だから多分...大丈夫。

 

僕は大きく深呼吸をし、ドアの隙間からたぐり寄せたタオルで濡れた身体を拭く。

 

「...あ...」

 

義兄さんの下着...。

 

義兄さんの事務所兼アトリエは、シャワールームもあるし洗濯機もあって、余裕でここで生活ができる。

 

何枚も立てかけてあった裸婦画を思った。

 

何人の女の人がこのシャワールームを使ったんだろう。

 

もちろん、姉さんも。

 

義兄さんと2人...姉さんとじゃなくて、僕と...シャワーを浴びる光景を思い浮かべてみた。

 

そんな日がきて欲しい。

 

手の中の義兄さんの黒い下着を、広げてみた。

 

洗濯してあるとはいえ、他人の下着なんて気持ちが悪いけど、義兄さんのものは別。

 

小さい...。

 

鼻を埋めそうになって、僕は我に返った。

 

風呂を出た僕は、どう振舞えばいいのだろう?

 

この後、義兄さんとアレをするのかな。

 

まさか!

 

両足に通した下着を腰まで引き上げた。

 

滑らかな肌触りとウエストゴムで主張するブランドロゴに、質のよいものを身につける義兄さんはやっぱり大人だ。

 

下着と一緒に置かれていたデニムパンツも身につける。

 

細い...。

 

大きな人だと思っていたけど、細く引き締まっているんだ。

 

当然だけどデニムパンツの裾が、床をすっている。

 

義兄さんのものに包まれて、股間がむずむずした。

 

 


 

 

「...あの...お風呂...」

 

義兄さんに声をかけたが事務所には姿がなく、アトリエも覗いてみたけど、やっぱりいない。

 

出掛けているのかな、と事務所に引き返しかけたところ、声が聞えてきた。

 

それは窓の外からで、片面のブラインドが引き上げられたサッシ窓がわずかに開いていた。

 

窓の外がバルコニーになっていると、初めて知った。

 

電話中...?

 

「...ああ...遅くなるから」

 

そっか...姉さんと。

 

シャワーで温まった身体が一瞬で冷えた。

 

背後にいる僕に気付いて、義兄さんは「じゃあ」と言って通話を終らせた。

 

「帰ります」

 

もやもや重苦しい気持ちでいっぱいで、きびすを返してそこを立ち去ろうとした。

 

「送っていくよ」

 

「結構です!」

 

「チャンミン!」

 

力任せに肘をつかまれ、引き留められた。

 

「...っ放して...下さいっ!」

 

義兄さんの手を振りほどいたけど、再び肘をつかまれた。

 

「義兄さんはっ...結婚してるんですよ!」

 

「ああ、そうだよ」

 

「姉さんと結婚してるんですよ?」

 

「ああ、その通りだ。

俺はお前の姉と結婚している。

でも、お前とキスをした」

 

「義兄さんはっ...!

僕にキスをして...。

後悔してるでしょう?

面白半分でしょ?」

 

大丈夫だと言い聞かせていたけど、本当は不安で仕方がなかったことだ。

 

「分かってて誘ったんだろ?

それとも、からかっていたのか?」

 

「誘うだなんてっ...!

からかってなんていません!」

 

確かに僕は、知っている限りの色っぽいとされる表情や仕草を総動員させた。

 

振り向いて欲しい一心によるもので、義兄さんをからかうつもりは一切なかった。

 

だから、義兄さんの言葉は心外で、悲しかった。

 

義兄さんを睨みつける。

 

「その眼だよ!

そんな眼で俺を見るなよ...」

 

眉根を寄せた苦し気な義兄さん。

 

「僕はっ...キスしたかったから。

義兄さんとしたかったんだ...ずっと」

 

悔しくて悲しくて、じわっと涙が浮かんだ。

 

僕の肘をつかむ義兄さんの手が緩んだ。

 

「おかしいですよね?

僕は男なのに。

ずっと、義兄さんに触ってもらいたかった。

だから、『キスして下さい』って言ったんです。

からかってません。

本当のことを言ってたんです」

 

「...チャンミン」

 

ぐいっと引き寄せられて、義兄さんの固い胸に抱きとめられた。

 

「俺とお前のことは...。

結婚してるとかしてないとか、関係ないんだ」

 

 

(つづく)

 

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