義弟(20)

 

 

~ユノ33歳~

 

あっけにとられた風のチャンミンに微笑んでみせた。

 

「今日はここまでだ」

 

余裕と主導権があるのはこちらの方で、「一気に関係を深めるのはよくないよ」的な台詞だった。

 

その実、余裕がなかったのは俺の方だった。

 

男の身体にここまで欲情してしまった自分に驚くが、対象がチャンミンなら無理もないと思った。

 

圧倒的過ぎる美貌は、その者を中性的にする。

 

男でもない、もちろん女でもない、どっちつかずの儚い魅力だ。

 

とは言え、女にはないものをチャンミンは持っていた。

 

自分以外のものを握りしめた経験は、ない。

 

チャンミンも初めてだろうが、俺の方も初めてだ。

 

チャンミンの中を貫きたい強烈な欲望はあったものの、いざその時になってみると躊躇した。

 

ほんわずかだけ、我にかえった。

 

待て...目の前の、恍惚とした顔のこいつは、『男』だぞ、と。

いくら中性的とは言っても、俺の手の中のものは脈打つ男のものだ。

チャンミンの胸と胸とを合わせたときの感触は固く、ふくらみのない胸を愛撫するには、その先端をいたぶるしかなかった。

 

しかし、俺の手の動きに合わせて喘ぎ、身体を震わせる姿を目にすると、征服欲が満たされた。

 

そうか、俺はチャンミンのことを、『女』として見ていたのかもしれない。

 

チャンミンに網ストッキングを履かせ、真珠のネックレスで首を飾り、片手は見る者を誘うように頭の後ろに、もう片方は股間を包み隠す。

 

作品の中の少年男娼は、鑑賞者を妖しい眼差しで誘っている。

 

この男娼はもちろん、『受け入れる側』だ。

 

恥ずかし気に包み隠してはいるが、指の隙間からは覗いてしまっている。

 

その手のポーズも、細かく注文をつけたくらいだ。

 

チャンミンの中から、女の性みたいなものを引き出そうとしていたのだろうか?

 

分からない。

 

現段階では、指だけで絶頂を迎えさせてやったが、いずれはそれだけじゃ済まなくなってくる。

 

思いを巡らせながらの愛撫だったから、俺の方には余裕があったんだろうな。

 

チャンミンに溺れてやる、と開き直ったにしては、肉欲に溺れきれずにいた。

 

確かに俺のものも、快楽に悶えるチャンミンに欲情した...したけれど...。

 

「ずっと触って欲しかった」と言ったチャンミン。

 

睨み目と不愛想なチャンミンが一転し、俺を乞う眼をしていた。

 

性に目覚めたばかりの少年特有の好奇心に満ちた眼差しで、俺の指の行き先を追っていた。

 

チャンミンに触れる、ということはつまり、そういうことだ。

 

身体じゅうを撫でまわすだけじゃないことを、チャンミンは分かっているのだろうか?

 

「義兄さんに触ってもらいたかった」の真意は、好奇心によるものだけじゃない、と気付いてしまった。

 

酔った勢いで名前も知らない女とヤッてしまうような、勢いに任せてはいけないと、ブレーキがかかった。

 

チャンミンに誘われるような形で、奪うようなことをしてしまっていいのか?

 

分析すればするほど、わけが分からなくなってきた。

 

...とにかく、俺の頭の中は様々な考えで混乱してしまって、イマイチ集中できなかったのだ。

 

 

チャンミンの自宅前で降ろすまで、彼は終始無言だった。

 

何事もなかったかのように「おやすみ」と声をかけたが、チャンミンは軽く頷いただけで、こちらを振り向きもせずに去っていった。

 

猫背気味の背中と手足ばかり長い、未だどこかアンバランスな身体付き。

 

そうなんだよな...チャンミンは制服を着て、教室で授業を受ける高校生...16歳なんだ。

 

チャンミンに対して、何か酷いことをしてしまったかのような罪の意識。

 

中途半端な関わり合いは、かえってチャンミンの自尊心を傷つけてしまう。

 

そう思うことで、チャンミンと行きつくところまで堕ちてしまいたい本心を、正当化しようとしている。

 

俺は33歳で、ある程度の社会的地位もあり、一番忘れてはいけないこと...俺には妻がいる。

 

「結婚しているかどうかは関係ない」と、チャンミンに言った。

 

その通りだよ、チャンミン。

 

その通りだけど、さらに一歩前に進めるだけの度胸が俺にはないみたいだ。

 

チャンミンが欲しくて仕方ない。

 

手に入れるのは恐らく、難しいことではない。

 

問題は、手に入れた後のことだ。

 

俺を取り巻く現実はそのままに、うまく立ち回れる自信がなかった。

 

 

遅くなるはずだった夫の早い帰宅に、Bは驚いていた。

 

「あれ?

遅くなるんじゃなかったの?」

 

「んー、約束がキャンセルになったんだ」

 

「あら」と言った風に丸くしたBの眼が、チャンミンにそっくりで胸がかすかに軋んだ。

 

Bは風呂上がりで、キャミソールと短パンだけの恰好でTVを見ていたらしかった。

 

俺たちの家は全室、一年中快適な温度に保たれていたから、早春の夜に夏みたいな恰好でいられるのだ。

 

よく冷えたミネラルウォーターをあおりながら、軽装のBの手足をちらちらと見る俺がいた。

 

長身の弟に対して、姉のBは小柄で、やや浅黒い肌をした弟に対して、彼女は色白だった。

 

顔もよく似ているとまではいかないが、二人は姉弟だ。

 

実を言うと、チャンミンとの接触で火が付いた俺の欲は、鎮まる気配がなかった。

 

空になったペットボトルをぐしゃりと握りつぶした。

 

ゴミ箱に放り込んだ音を合図に、俺はBに近寄って羽交い絞めにした。

 

突然の夫の行動にBは悲鳴をあげたが、俺の性急なキスに応える。

 

チャンミンの口内で躍らせた舌で、彼の姉を悦ばせる。

 

小一時間前に、チャンミンにしたかった行為を、妻に施す。

 

俺は最低だ。

 

 

(つづく)

 

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