~ユノ35歳~
マンションの地下駐車場に車を停めた。
俺とBの部屋へと先を歩くチャンミンの背中を追いながら、俺は思う。
チャンミンとの関係をこのまま続けていけるだろうか、と。
Bと別れずにいる俺。
心を決めなければならないのに、ずるずるとここまで来てしまったのは、チャンミンとの関係は断ち切ってはならないからだ。
そのために、俺は当分は不甲斐なく、狡い男でい続けなければならない。
妻の弟と俺は、いわゆる『不倫関係』にある。
出逢った時、15歳だったチャンミン。
鼻下を隠せば、女の子と言ってもおかしくない優し気な目元が印象的だった。
俺を威嚇するように睨みをきかせていても、その眼はにごりのない純真そのもので。
当時のチャンミンは、ふっくらとした頬と、すらりと華奢な身体付きをした少年だった。
どこか不安げで、俺を探るように見る、儚く危なっかしい雰囲気の持ち主だった。
本当に、綺麗な子だった。
あれから2年半、身長も俺を越えるくらい伸び、がりがりだった身体も厚みを増した。
これだけの容貌だ、寄ってくる女も男もいくらでもいるだろうに。
チャンミンの眼には俺しか映っていない。
これは己惚れじゃない。
2年以上、チャンミンと関係を持ってきて分かったことだ。
チャンミンはなぜ、俺にこうまで執着するのだろう。
きまぐれな猫のようなチャンミン。
俺を振り回すような言動を繰り返すところは変わっていない。
実際に振り回されていたのは過去のこと。
近頃のチャンミンは、俺の顔色をうかがう様子を見せるようになった。
ひた隠しにしてきたはずの苛立ちが、言葉に出さずとも表情や仕草に現れてきたのだろう。
チャンミンは鋭い。
チャンミンのことは愛している。
でも、俺たちの関係は何も生まない。
チャンミン、お前はどうして欲しい?
待ちくたびれていないか?
・
玄関ドアを開けると、たたきに並ぶ靴の数と、リビングの方から賑やかな人声。
聞かされていなかったが、Bは客を呼んでいたようだ。
チャンミンと俺、Bの3人きりだったら気づまりだと、気乗りしていなかったからホッとした。
リビングに入るなり、談笑中の面々は俺たちに注目し、「やあ」とか「ひさしぶり」とひととおりの挨拶を交わす。
チャンミンの方を見ると、何を言われて照れていたのかは分からないが、鼻にしわを寄せた笑みを浮かべていた。
驚いた。
俺の知らないうちに、多少なりとも社交術を身につけていたのか。
ビールの入ったグラスを勧められ、チャンミンは「未成年ですから」と手を振って断っている。
ビールなんか、俺の前では堂々とがぶ飲みしているくせに。
客たちは、俺とBの仕事関係の者、旧友、知人の類が十数人。
Bは客を呼ぶことが好きな質で、弟のチャンミンと正反対だ。
そうだとしても、相談なく大人数の客を招待していたりしたら、さすがにムッとする。
そんな小さな怒りは飲み込んで、気のきいた話題とくつろいだ風の笑顔と、如才なく立ち回る。
「!」
手洗いに立っていたらしい客の一人が戻ってきて、その人物を認めた途端、俺の体温が1度下がった。
以前、彼が経営するカフェの内装デザインを、俺が手掛けたことがあった。
40代後半の大柄な貫禄ある体躯と、目鼻口のパーツが大きい濃い顔立ち。
声も大きいが、自信に満ちた態度も大きく、いくつもの飲食店を成功させた経営者だ。
妻Bを介して彼、X氏との交流がスタートし、小さな仕事を回してもらうようになった関係性だ。
「お久しぶりです」
俺は立ち上がってX氏を迎え、肩や腕を叩きあって挨拶を交わす。
X氏が飲み物を取りに席を立った隙に、チャンミンがいる方をうかがった。
窓枠にもたれかかったチャンミンは、X氏の背中を凝視していた。
無表情の怖い顔をしていた。
ところが、俺の視線に気付くと、固く引き結んだ口元を緩めて、ふっと小さな笑みを見せた。
(義兄さん、心配してるんですか?)
(当たり前だろう?)
(ふっ。
僕の方は平気ですよ)
(どうだか...)
(義兄さん、僕を信じてください。
僕はあなたのことを愛しているのですよ)
分かった、という風に、軽く頷いてみせた。
視線だけで交わす言葉。
不意に訪れるチャンミンと心が通い合う瞬間。
チャンミンから注がれる愛情を持て余して、彼から逃げ出したくなっていても、こういう瞬間でキャンセルされるのだ。
この繰り返しだ。
だから、チャンミンを手放してはいけないと思うのだ。
[maxbutton id=”23″ ]