義弟(22)

 

~ユノ35歳~

 

 

車を降り、先を歩くチャンミンの背中を追いながら、俺は思う。

 

チャンミンとの関係をこのまま続けていけるだろうか、と。

 

Bと別れずにいる俺。

 

ある理由から、Bと別れられずにいた。

 

でも、心を決めなければならない時が来ているのかもしれない。

 

妻の弟と俺は、いわゆる『不倫関係』にある。

 

出逢った時、15歳だったチャンミン。

 

鼻下を隠せば、女の子と言ってもおかしくない優し気な目元が印象的だった。

 

俺を威嚇するように睨みをきかせていても、その眼はにごりのない純真そのもので。

 

当時のチャンミンは、ふっくらとした頬と、すらりと華奢な身体付きをした少年だった。

 

どこか不安げで、俺を探るように見る、儚く危なっかしい雰囲気の持ち主だった。

 

本当に、綺麗な子だった。

 

あれから2年半、身長も俺を越えるくらい伸び、がりがりだった身体も厚みを増した。

 

これだけの容貌だ、寄ってくる女も男もいくらでもいるだろうに。

 

チャンミンの眼には俺しか映っていない。

 

これは己惚れじゃない。

 

2年以上、チャンミンと関係を持ってきて分かったことだ。

 

チャンミンはなぜ、俺にこうまで執着するのだろう。

 

きまぐれな猫のようなチャンミン。

 

俺を振り回すような言動を繰り返すところは変わっていない。

 

実際に振り回されていたのは過去のこと。

 

近頃のチャンミンは、俺の顔色をうかがう様子を見せるようになった。

 

ひた隠しにしてきたはずの苛立ちが、言葉に出さずとも表情や仕草に現れてきたのだろう。

 

チャンミンは鋭い。

 

チャンミンのことは愛している。

 

でも、俺たちの関係は何も生まない。

 

チャンミン、お前はどうしたいんだ?

 

俺には、分からない

 

 

 

 

玄関ドアを開けると、たたきに並ぶ靴の数と、リビングの方から賑やかな人声。

 

聞かされていなかったが、Bは客を呼んでいたようだ。

 

チャンミンと俺、Bの3人きりだったら気づまりだと、気乗りしていなかったからホッとした。

 

リビングに入るなり、談笑中の面々は俺たちに注目し、「やあ」とか「ひさしぶり」とひととおりの挨拶を交わす。

 

チャンミンの方を見ると、何を言われて照れていたのかは分からないが、鼻にしわを寄せた笑みを浮かべていた。

 

驚いた。

 

俺の知らないうちに、多少なりとも社交術を身につけていたのか。

 

ビールの入ったグラスを勧められ、チャンミンは「未成年ですから」と手を振って断っている。

 

ビールなんか、俺の前では堂々とがぶ飲みしているくせに。

 

客たちは、俺とBの仕事関係の者、旧友、知人の類が十数人。

 

Bは客を呼ぶことが好きな質で、弟のチャンミンと正反対だ。

 

そうだとしても、相談なく大人数の客を招待していたりしたら、さすがにムッとする。

 

そんな小さな怒りは飲み込んで、気のきいた話題とくつろいだ風の笑顔と、如才なく立ち回る。

 

「!」

 

手洗いに立っていたらしい客の一人が戻ってきて、その人物を認めた途端、俺の体温が1度下がった。

 

以前、彼が経営するカフェの内装デザインを、俺が手掛けたことがあった。

 

40代後半の大柄な貫禄ある体躯と、目鼻口のパーツが大きい濃い顔立ち。

 

声も大きいが、自信に満ちた態度も大きく、いくつもの飲食店を成功させた経営者だ。

 

妻Bを介して彼、X氏との交流がスタートし、小さな仕事を回してもらうようになった関係性だ。

 

「お久しぶりです」

 

俺は立ち上がってX氏を迎え、肩や腕を叩きあって挨拶を交わす。

 

X氏が飲み物を取りに席を立った隙に、チャンミンがいる方をうかがった。

 

窓枠にもたれかかったチャンミンは、X氏の背中を凝視していた。

 

無表情の怖い顔をしていた。

 

ところが、俺の視線に気付くと、固く引き結んだ口元を緩めて、ふっと小さな笑みを見せた。

 

(義兄さん、心配してるんですか?)

 

(当たり前だろう?)

 

(ふっ。

僕の方は平気ですよ)

 

(どうだか...)

 

(義兄さん、僕を信じてください。

僕はあなたのことを愛しているのですよ)

 

分かった、という風に、軽く頷いてみせた。

 

視線だけで交わす言葉。

 

チャンミンと心が通い合う瞬間が、たまにある。

 

チャンミンから注がれる愛情を持て余して、彼から逃げ出したくなっていても、こういう瞬間でキャンセルされるのだ。

 

この繰り返しだ。

 

だから、チャンミンと別れられずにいるのだ。

 

 


 

 

~ユノ32歳~

 

 

出来上がったラフ案を見せるため、例のカフェに来ていた。

 

このカフェのオーナーX氏との打ち合わせを終え、「自由にオーダーしてくれ」に甘えて遅い昼食をとっていた。

 

店内一番奥の窓際が気に入りの席で、店内をぐるりと見渡せる。

 

5月の午後の陽光が、天井まである窓から降り注いでいた。

 

チャンミンと1か月以上、会っていなかった。

 

絵のモデルを4回、用事があるとか、体調が悪いとか、試験勉強とか理由を述べていた。

 

その連絡も、電話ではなくメールだったことに、がっかりしていた。

 

あんなことがあったから、仕方がない...か。

 

あの夜の記憶を思い起こしてみる。

 

チャンミンの唇の柔らかさ、そこから漏れる掠れた声。

 

女にはないもので、興奮と快感を俺の指に熱く伝えていた。

 

多分、最後まで進めてしまうのが正解だったのかもしれない。

 

途中で止めてしまったことに、チャンミンは傷ついただろう。

 

俺からの拒絶だと捉えたに違いない。

 

だから、俺の元を尋ねてこなくなった。

 

でも。

 

それでよかったのかもしれない。

 

結婚生活は壊したくない。

 

人生を複雑にしてしまうのは、御免だった。

 

テーブルに頬杖をついて、ガラス向こうの薄着になった人並みを眺めていた。

 

若い男も通り過ぎるが、チャンミンほどの端正な奴は当然、ひとりもいない。

 

若い女性に観察対象を移してみても、同様だ。

 

16歳の男子高校生に、想い煩うなんてなぁ。

 

夕方にはまだ早い時間、学生服姿が目立つから多分、テスト期間か何かなのだろう。

 

「あ...」

 

俺は席を立ち、店内の客に注目されるくらいバタバタと、店を出た。

 

十数メートル先の背中に向かって、俺は走る。

 

「チャンミン!」

 

振り向く前に、チャンミンの肘をつかんだ。

 

真ん丸の眼とは、こういうのを言うのだろう。

 

髪を切ったのか、前髪が短くなっていた。

 

濃いグレーのスラックスに黒のローファー、襟章のついた白いシャツとえんじ色のネクタイ。

 

高校生のチャンミン。

 

美しすぎる高校生。

 

「...義兄さん」

 

肘をつかんだ俺の手の上に、チャンミンの指がかかった。

 

放して下さいと...今度は俺の方が...拒絶されるのと思った。

 

ところが、チャンミンはふっと身体の力を抜き、小さく笑った。

 

「驚かさないで下さい」

 

「ごめん...見かけたから...」

 

チャンミンの肘から手を放そうとしたら、彼の指に力がこもった。

 

「久しぶりです」

 

「あ、ああ」

 

俺がどもってしまったのは、チャンミンの優しい笑顔を、初めて目にしたからだった。

 

まずいな。

 

やっぱり俺は、チャンミンが欲しい。

 

 

(つづく)

 

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