~ユノ33歳~
「義兄さん、少し痩せましたか?」
チャンミンの肘をつかんだ俺の手の甲に、彼の指がかかったままだった。
節の目立つ指に、「やっぱり男の手なんだよな」と思ってしまって、「やっぱり」ってどういう意味だ?と、自問した。
「僕たち、通行人の邪魔になっているみたいです」
歩道の真ん中で突っ立ったままの俺たちだったから、チャンミンの腕を引いて脇に寄る。
「チャンミン、この辺に用事でも?」
この通りは、チャンミンの自宅とは正反対に位置しているから、疑問に思って尋ねてみた。
「それは...」と、チャンミンは一瞬言いよどんで、
「書店に行きたかったし、それから...。
ずっとモデルをサボっていたから、義兄さんに謝ろうと思って。
アトリエに顔を出そうと思ってて...」
この通りを数百メートル行ったところに、俺のアトリエがある。
チャンミンの言葉に喜んでいた。
よかった、嫌われていたわけじゃなかったわけだ、と。
「立ち話もなんだから、店に入ろうか?
ちょうど昼飯をとっていたところなんだ。
チャンミンも何か食べていかないか?」
「でも...」
握った手の下で、チャンミンの腕が引き締まった。
「無理なら、いいさ。
本屋に行くんだったよな?」
昼間の外出先で、チャンミンと差し向かいでお茶でもするなんて、したことがなかったから。
チャンミンと話がしたかった。
1か月前のことをなかったことにするつもりはなかった。
チャンミンを呼び止め、振り向いた彼を見た時、「この子が、好きだ」と確信したから。
身体の欲求に誘われるまま、手順を無視して急接近し過ぎた。
理性が邪魔をして、行為を途中で止めてしまい、チャンミンに恥をかかせるような真似をしてしまった。
アトリエまで会いに来ようとしてくれ
た気持ちが嬉しすぎて、引き留めたかった。
「僕は構いません。
義兄さんと話をしたかったので...」
「よかった」
俺に先立ってカフェへ向かうチャンミンの後ろ姿が...細身のスラックスに包まれた腰が、丸みを帯びているように見えてしまう。
一度そういう関係になりかけた現在、視線の質まで変わってしまうらしい。
やれやれ、重症だなぁ、と心中で嘲笑した。
・
席にバッグを置いたまま突然店を飛び出していったため、カフェスタッフはテーブルの皿を片付けてよいものやら迷っていたらしい。
彼らに謝り、チャンミンのオーダーを伝えて、俺たちは席についた。
「髪...切ったんだ?」
「はい」
前の方が似合っていたのに、と言うのは止めた。
耳にかけられるほど長かった前髪が、眉上までの長さになり、チャンミンの凛々しい眉が露わになっていた。
一か月前までは確かにあった、中性的な儚い美しさが薄れてしまったことが残念だった。
だとしても、チャンミンは圧倒的に美しかった。
わずか一か月でこうまで変わるものかと驚くほど、色気が感じられた。
「義兄さん?」
無言で見惚れる俺に居心地が悪くなったのか、テーブルに置いた手にチャンミンの指が触れた。
通りでもそうだったが、チャンミンの指が触れるだけで、妙に反応してしまうのだ。
一か月前なんか、チャンミンの口内を舐めまわし、敏感なところを愛撫したくらいなのに。
思い出して下半身に血流が集まる感覚を覚えて、俺は慌てる。
制服姿のチャンミンに色気を感じてしまうのは、前回のことがあるせいだと結論付けた。
俺もとうとう、ここまできたか、と。
「絵の中のチャンミンは前髪が長いからな
。
想像力で補って書くよ」
「すみません。
また伸ばしますから...」
「冗談だよ。
今の髪型もよく似合ってる」
チャンミンは、照れくさそうに微笑んで、視線をテーブルに落とした。
アイスコーヒーのストローを、指先で弄ぶチャンミンの細い指に釘付けになる。
「そう...ですか」
はにかんでいたチャンミンの表情が、突然びくりと強張った。
ん?と思った直後に、俺を呼ぶ太く低い声が背後から発せられて、振り向いた。
声の持ち主はオーナーのX氏だった。
(つづく)
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