義弟(32-2)

 

~ユノ33歳~

 

ずかずかと上がり込んだX氏の背を追った。

 

両足を抱えて座ったチャンミンは、ガウンに顎までくるまっていた。

 

例の三白眼で、X氏を睨みつけるように見上げていた。

 

嫌悪感丸出しな目付きに、見ていてヒヤヒヤした。

 

X氏は好きになれない類の人物だが、彼の仕事を受注した立場として、チャンミンの態度は褒められたものじゃない。

 

「Xさんは、相変わらず強引ですねぇ。

佳境にさしかかっていたんです。

こっちが遅れたら、Xさんの方の仕事に支障が出てしまいますよ?」

 

苛立ちを隠し、抗議の意味をやんわりと込めるだけにした。

 

本心は、背中を蹴り飛ばして、このアトリエから追い出したかった。

 

「なんだ...ヌードじゃないのか?」

 

ガウンの下からズボンの裾が覗いているのを、目ざとく見つけたらしい。

 

「私だって、ヌードばかり描いているわけじゃありませんよ。

チャンミンは年ごろですし」

 

チャンミンのすがる視線を受け止め、俺は「安心しろ」といった風に頷いてみせた。

 

力作過ぎて、誰にも見せられない特別な作品になってしまったとは、絶対に言えない。

 

俺とチャンミンだけの秘密の作品だ。

 

キャンバスのこちら側に回り込もうとするX氏に、俺は立ちふさがる。

 

佳境を迎えているなんて大嘘で、新たに手掛けたそれは未だ下描き段階のものだったから。

 

「ああっ!」

 

チャンミンが軽い悲鳴を上げたのは、X氏が突然、隣にどかっと座ったせいだ。

 

「チャンミン君、って言ったよね?

顔を見せて。

...へぇ...近くで見ると...やっぱり綺麗な顔をしてるね」

 

X氏の巨躯で、ソファが軋み音を立てた。

 

「...っ」

 

「そこまで嫌がらなくていいだろう?

私が怖いのか?

そうだろうねぇ、『オーナーの顔はいかつい』ってスタッフたちに恐れられているからなぁ。

ガハハハハハ!」

 

「......」

 

顔を寄せるX氏に、チャンミンは顔を反対側に背けている。

 

自身の膝を抱える指に力がこもっていた。

 

「男にしておくのが勿体ないね」

 

「Xさん!」

 

チャンミンが穢されるようで、たまらずに俺はX氏の肩に手をかけた。

 

「この子をからかわないで下さいよ。

内気な子ですから、Xさんのノリについてこられないんです」

 

俺の手にこもった力に本気を感じたのだろう。

 

X氏はチャンミンにのしかからんばかりに傾けていた身体を起こし、立ち上がった。

 

「すまなかった。

ふざけ過ぎたな、ガハハハハハ!」

 

「そうですよ...全く」

 

「チャンミン君は、『内気』な子なんだ、へぇ?」

 

「妻は誰とでもすぐに打ち解けるタイプなんですけどね。

弟のチャンミンは、奥ゆかしい子なんです」

 

「どうだろうね。

そういう子ほど、年長者の目が届かないところでは、はじけているものなんだ」

 

「若者に詳しいですね、ははは」

 

X氏の言葉に、平静を保つのがやっとだった。

 

チャンミンの両親...姉である俺の妻、その他からの目を盗んで、俺たちがやっていること。

 

妻帯者、17歳差、未成年、妻の弟、姉の夫、高校生...。

 

道徳的に真っ黒だ。

 

「ところで、私に何か要件があったのでは?」

 

チャンミンから引き離したくて、X氏をオフィスの方へ誘導する。

 

「ああ。

当初の予定では無かったんだが、店舗の外壁に...」

 

この男をとっとと、ここから追い出して、怯えたチャンミンを慰めてやらないと、とそのことばかり考えていた。

 

ビジネスの話を始めれば、X氏は事業家の顔に戻り、半時間ほどで打ち合わせはまとまった。

 

「来週には内装工事が入るから、それまでにラフ案を2つ3つ、頼むよ」

 

「承知しました」

 

先に出た俺は、玄関ドアを押さえ、靴を履くX氏を待つ。

 

「チャンミン君が心配だよ」

 

「?」

 

「ああいう寡黙な子はね、何を考えているか分からない。

大人の目を盗んで、とんでもないことをしていたりするんだ。

綺麗過ぎる顔も心配だ。

『そんな子のはずがない!』って、大人たちを驚かせるようなことをね」

 

「...チャンミンが?」

 

「奥さんの弟だ。

兄弟じゃないんだ。

私生活を全部、知っているわけじゃないだろう?

チャンミン君がそうだ、って言ってるわけじゃない。

単なる一般論だ」

 

エレベーター扉が閉まるまで、X氏を見送った。

 

「ふう...」

 

帰り際のX氏の言葉が気になった。

 

この2人に個人的な付き合いがあるはずないが...。

 

意味ありげなX氏の目線と、異常なまでに嫌悪感を見せるチャンミン。

 

X氏は色事に奔放な人物だが、好みの子に見境なく近づくような馬鹿じゃない。

 

俺の知らない何かを、X氏は知っているのだろうか。

 

 

(つづく)

 

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