~ユノ35歳~
俺はホスト役として、客のグラスが空になれば満たし、ふんだんに用意した料理...Bが注文したケータリングもの)を勧めて回った。
今夜の集まりの目的は、大量に貰った魚介類を振舞うためだったはず。
俺たち夫婦とチャンミンと3人で、食卓を囲むはずだった。
それが 十数人を招待したホームパーティじみたものになってしまって、気持ちがついていけない。
チャンミンと2年に及ぶ深い関係がなかったとしても、Bとの夫婦関係に疑問を持ち始めていた俺だった。
3年前、作品モデルを探していたところ、Bの姉から紹介されて彼女と知り合った。
ほぼ毎日、アトリエで対峙していれば、恋が生まれたのも自然な流れだった。
当時の熱く、甘い想い...遠い過去。
結婚とは、こういうものなんだろうな。
隣にいるのが当たり前になる。
Bと2人、平穏な日々を過ごすだったのに、3年前には想像もつかなかったこの展開。
皆思い思いに楽しんでいるのを見渡し、安心した俺はその場をそっと離れた。
軽い頭痛が始まったのと、気乗りがしなかったのだ。
視界の隅で、ソファの背にもたれていたチャンミンが、腰を上げていた。
それに気づかぬふりをして、俺は腰をかがめて足にまとわりつく豆柴(最近、飼い始めた)の頭を撫ぜた。
寝室に併設した洗面所で、ざぶざぶと顔を洗った。
鏡に映る水を滴らせた己の顔を、子細に眺めた。
青ざめた30過ぎの男の顔が映っていた。
俺は何をしたいんだ?
Bとの結婚は失敗だったのか?
2年もの間、Bを裏切り続けている。
Bに罪はない。
Bへの愛が冷めたわけじゃないのだ。
欠点を挙げろと問われても、今日のように相談なく物事を進める自分勝手さと、若干、贅沢好きな点くらいかな。
押し寄せてきたチャンミンという大波に、Bの存在が洗いさらわれた。
俺の中でチャンミンが圧倒的な存在感を放っている。
洗面ボールの縁についた左手。
結婚する際、俺たちが決めたこと...結婚指輪はしない。
自由な夫婦でいよう、だなんて気取って交わした決まり事があだとなった。
チャンミンを抱く左手でそれが光っていれば、ストッパーとなってくれただろうに。
寝室のヘッドボード上に、50号の絵画が掲げられている。
2年前、チャンミンを描く数週間前に仕上げたBの絵だ。
あの頃は、まさかチャンミンと不倫関係になるとは、露ほどに想像していなかった。
この作品以来、Bを描いていないし、アトリエを訪れたがるBをあれこれと理由をつけて制していた。
気まぐれに訪れるチャンミンと抱きあっている場面を、Bに目撃されるのだけは避けなければならない。
...Bは気づいているだろうか。
気まぐれに開くパーティ、気まぐれに連れて帰ってきた小型犬、腰まであった髪を先日、ばっさりと切った。
最近では、引っ越しをしたいと言い出した。
彼女は不安なのだ。
開け放ったドアをノックをする音、振り返らなくても誰だか分かる。
「...義兄さん」
チャンミンだ。
「...義兄さん?」
「皆がおかしいと思う。
さっさとリビングへ戻るんだ」
「僕らは男同士ですよ。
誰も疑いませんよ」
「Xが来ているんだぞ?」
「それのどこが問題なんですか?
Xさんとはもう...何もありませんよ」
チャンミンとX氏の件で、俺がどれだけ振り回され、苦い思いをしたか。
そう言うチャンミンは、じとりと湿った目で、口元だけふっとほころばせた。
俺をからみとるような、執着心を込めた湿った眼だ。
「義兄さん...お願いします」
チャンミンのお願いが何なのか分かっている俺は、腰に回されたチャンミンの手から逃れる。
「僕を抱いてください。
ブレスレットのこと...困らせてすみません。
もうあんなこと、しませんから」
「...怒っていないよ」
俺の頬はチャンミンの両手で挟まれ、斜めに傾けた顔が近づき、彼の唇で塞がれた。
ビールとつまみで出されたチーズの香りがする。
「やめろっ...」
俺に突き飛ばされても、チャンミンの腕は俺を逃さない。
18歳のチャンミン...俺の身長をあっさり抜き、華奢だった身体も男らしく逞しさを増している。
力強く腰を引きつけられ、チャンミンの手が俺のボトムスの中に滑り込み、その中身を上下に撫ぜだした。
「っ...ふっ...ん...ん...」
「よ...よせっ...!」
口では「よせ」と言っているのに、慣れしたんだ愛撫に身体は反応し、欲の火が灯る。
チャンミンの指がボタンを外し、ファスナーを引き下ろす。
俺たちのキスは熱を帯びたものになり、互いのボトムスを下にずらす。
「...ゴムは?」
チャンミンは後ずさりしてゆき、ベッドに到達するやいなや、俺ごと横倒しになった。
「...ない、けど、このままで...いいっ...」
シーツを汚してしまう。
「僕のは...こうすれば」
チャンミンは自身のものを、トレーナーの裾で包み込んだ。
「義兄さんは...僕の...中で...っ」
チャンミンに腕を力いっぱい引っ張られ、彼の上に覆いかぶさる姿勢になった。
俺の昂ぶりはもう、引き返せない。
チャンミンのボトムスを太腿まで下ろし、その箇所にあてがいゆっくりと腰を埋める。
「...んん...」
強烈な快感に、思わず唸り声が出てしまい、焦って喉奥に飲み込んだ。
楽々と受け入れられるのは、ここへ来る前も繋がっていたからだ。
「...っあ...あぁぁ」
「声は駄目だ」
俺の言葉に、チャンミンはトレーナーの袖口で口を覆った。
マットレスをきしませないよう、奥深くまで埋めたまま揺さぶった。
早く皆の元に戻らないと。
様子を窺いにBがドアを開けるかもしれない。
手首を噛んで喘ぎ声を閉じ込めるチャンミン。
夫婦の寝室で、チャンミンと抱きあうのはこれで2度目だった。
Bを描いた...絵の中でBが微笑んでいた。
俺は今...何をやっているんだ?
妻の弟と、人目を忍んで、ケモノのようなことをしている。
Bも俺の知らないところで、不倫でもなんでもしていてくれたらいいのに。
自身の罪悪を帳消しにするために、妻が浮気のひとつでもしてくれることを望むなんて。
チャンミンを選んだ先、彼との未来を掴むためには、相当な努力が必要だ。
不倫なのだから、当然だ。
罪悪感とスリルに満ちた関係に疲れてきていた。
どちらか一方を手放せば、俺は楽になれるのだろうか?
じゃあ、どちらを手放す?
宣言できる。
俺はチャンミンを愛している。
正直に認める。
Bよりも愛している。
俺がしなくてはならないことは明白だ。
それじゃあ、なぜそうしない?
時間がかかっているだけだ。
不安になったチャンミンは焦れて、駄々っ子になって俺を困らせる。
チャンミンをなだめる。
もう少しだけ待ってくれ、と。
言葉じゃ伝わりきれない時は、今のように肉体を持って慰める。
言い訳に聞こえるだろうが、俺は俺なりに努力はしている。
もうしばらく、待っていて欲しい。
(つづく)