義弟(39)

 

 

~チャンミン17歳~

 

週末を利用して義兄さんのいるD県へ向かうことを、両親からあっさりと許可された。

 

無口で不愛想であっても、学校の成績がよく、身なりも地味で無断外泊もしない息子は信頼されているからだ。

 

「ユンホさんとそこまで仲がよかったなんて...」と、母さんは笑っていた。

 

『仲がよい』の言葉に、全身がカッと熱くなってしまって、母さんに「あらチャンミン、顔が赤いわよ」とからかわれた。

 

「...うるさいなぁ」

 

赤面した顔を見られたくなくて、その場を離れようとする僕に、母さんはこう言って笑った。

 

「お兄さんができたみたいでよかったわね」

 

「......」

 

ドキリとした。

 

母さん、知らないでしょ?

 

僕は『お兄さん』と寝てるんだよ。

 

僕にガールフレンドが出来ないのも、そのせいだよ。

 

1年間、毎週、1日に2度3度も、『お兄さん』とセックスをしているんだよ。

 

このことを知ったら、母さんはどう思う?

 

「向こうでBに会ったら、たまには実家に顔を出しなさい、って伝えてね」

 

「...うん」

 

無精そうに返事をした僕は、母さんが夕飯の支度をする台所を後にした。

 

 

特急列車に揺られながら、窓枠に肘をついてすごいスピードで過ぎ去る景色を眺めていた。

 

考え事で頭がいっぱいで、膝にのせた参考書はページがめくられることなく開きっぱなしだ。

 

クラスの同級生たちは、授業に試験に部活にと忙しい学校生活と同時進行で、恋愛に浮かれている。

 

これまでそんな彼らを馬鹿にしていたけど、僕もそれ以上だ。

 

義兄さんとの恋に夢中になっていた。

 

今日という日をずっと心待ちにしていて、ついつい顔が緩んでしまう。

 

何を着ていけば格好悪くないか、鏡の前で脱いだり着たりした。

 

ベッドの上に散らかった洋服が黒やグレーばかりで、そもそも迷うほど洋服を持っていないし、何を買い足したらいいのかも分からない。

 

僕の目は常に義兄さんを追っていて、自分の身なりのことなんて全然、興味がなかったんだ。

 

結局、いつもと同じような地味な装いになってしまったけど、大丈夫、義兄さんは気にしない。

 

到着したのは夕暮れ時だった。

 

ホームを早歩きで、階段は2段飛ばしで、改札を抜けた時には小走りになっていた。

 

ロータリーに停車された黒のSUV車に、僕の大好きな人が待っている。

 

自然と笑みがこぼれた。

 

「義兄さん!」

 

義兄さんは会場を抜け出して、僕を迎えに来てくれたのだ。

 

僕がしたマフラーに気付いて、義兄さんの眉が「おや」という風に持ち上がった。

 

これの出番が訪れたのは、今日が初めてだったのだ。

 

 

昨年、僕の誕生日に義兄さんが贈ってくれたマフラー。

 

実際は、誕生日から一か月以上も過ぎてから手渡されたもの。

 

これを贈られた日、僕と義兄さんは初めて繋がった。

 

甘い余韻に浸りながら帰宅して、自室に鍵をかけて受け取った包みと対峙した。

 

サテンのリボンをほどく指が震えてしまった。

 

包装紙を破らないよう慎重に外し、箔押の箱蓋を開けた。

 

それは、ネイビーブルーとブランデー色のチェック柄マフラーだった。

 

そっと手に取ると、見た目よりもずっと軽く、しっとりと柔らかいそれを僕は抱きしめた。

 

首に巻いて鏡の前に立ってみた。

 

自分で言うのも変だけど、似合ってると思った。

 

自分の黄味寄りの肌に、ブランデー色がしっくりときていた。

 

モデルを務めながら、色の名前や配色、色が与える印象など、義兄さんがぽつりぽつりと語るのに耳を傾けるのが楽しくて、自然と知識が豊かになっていたのだ。

 

冬はとうに過ぎていたから、これの出番は次の冬だ。

 

タグに刺繍されたブランド名が気になり、ネット検索にかけてみて、僕は驚いた。

 

桁がひとつ多い価格を知って、とんでもなく高価なものを贈られたことを知ったのだ。

 

「義兄さん...これを日常使いしろって言うのには、無理があるよ...」

 

義兄さんはきっと、時間をかけて僕に似合うものを探してくれたんだと思う。

 

女の人へのプレゼント選びよりも、難しかったんじゃないかな。

 

高校生男子へ何をあげたらいいか、悩んだんじゃないかな。

 

義兄さんのことだから、値段なんて全く気にしていなかったんだと思う。

 

だから、ハイブランドのこれが、庶民的高校生が無造作に身につけてたら変だ、ってことまでは頭が回っていなかったのでは、と推測している。

 

アーティストらしい鋭敏なところもあれば、抜けているところもある義兄さんらしいチョイスだ。

 

助手席に文字通り飛び乗った僕は、気が逸り過ぎてシートベルトすらスムーズに締められない。

 

「チャンミン、手を放して」と、義兄さんは僕の方に身を乗り出した。

 

突っ張ったベルトを一度緩めて引き直し、バックルに金具をカチリとはめるまでの一連の動作...義兄さんの指の動きから目が離せなかった。

 

僕よりも一回り大きい手、無骨に見えて実は繊細な指使いなんだ。

 

シートベルトの装着を終えた義兄さんの片手を捕まえて、そこに指を絡めた。

 

僕は明らかにはしゃいでいた。

 

手を握っているだけじゃ物足りなくて、義兄さんの太ももの上に身を伏せた。

 

「チャンミン!」

 

義兄さんの慌てた声に、僕はクスリと笑った。

 

「義兄さんにくっついていたいだけです」

 

今日の義兄さんは、グレーのデニムパンツを履いていて、頬ずりして生地の感触と彼の匂いを楽しんだ。

 

「悪さはするなよ」

 

僕の後頭部に、義兄さんの大きくて温かい手の平が降ってきて、くしゃりと撫ぜた。

 

「今日のチャンミンは、子供みたいだ」

 

本当は今すぐ義兄さんの素肌に触れ、彼の敏感なところに唇をつけたかった。

 

でも、我慢する。

 

義兄さんを困らせてしまうし、その気にさせてもここは外。

 

ホテルに着くまで我慢していないと。

 

義兄さんの指...力強いのに繊細で、僕の身体に厭らしいことをする...が、僕の髪を梳く。

 

頭皮にぞくりとした痺れが走って、気持ちいい。

 

ホテルに横づけした車から、なかなか降りようとしない僕に、義兄さんは苦笑した。

 

僕がしたがっていることはお見通しなんだ。

 

義兄さんも同じことを考えていることくらい、僕の方だってお見通しだ。

 

細めたまぶたの奥で煌めく瞳...その美しさに息をのむ。

 

やっぱり義兄さんは、美しい。

 

 

チェックインを済ませ、僕の為に用意された部屋に向かうまでの間、無言だった。

 

内に秘めた期待と緊張が、今にも溢れそうなんだ。

 

エレベーターに入るなり、義兄さんの腕にしがみついた。

 

ざっくりとした網地の二の腕に、すりすりと頬をこすりつけた。

 

大人の男の人に男子学生がしがみついている姿を、防犯カメラがとらえているはずだ。

 

人目を意識すると、急に恥ずかしくなってきて、ぽっと顔が熱くなったのが分かる。

 

「チャンミン...。

耳が真っ赤だよ?

子供みたいだな」

 

くくっと吹き出す義兄さんに、僕は「そうですよ、僕は子供です」と拗ねたように答えた。

 

部屋まで僕が先だって、小さな子供みたいに義兄さんの手を引っ張った。

 

「30分だけだぞ?」

 

ドアが完全に閉まる前に、僕は義兄さんの首にかじりついていた。

 

唇を割って侵入した義兄さんの舌に、僕は応える。

 

バッグを足元に落とし、義兄さんと唇を合わせたままコートを脱ぎ捨てた。

 

粘膜がたてる音と、2人の荒い呼吸音。

 

固く膨らんだ箇所を探り当て、ボトムスの上から形を辿るように撫ぜ上げた。

 

低く呻いた義兄さんの腰が、ぶるっと震えた。

 

義兄さんのそこが、エレベーターに乗り込む前からこうなっていたことを、僕は知っています。

 

「あっ...」

 

僕のトレーナーの下に、義兄さんの手が滑り込んできた。

 

僕の腰は義兄さんの逞しい腕にさらわれて、気付けばベッドに横たわっていた。

 

唇を離した隙に各々のベルトを外し、また唇を重ねる。

 

次に離した時に、僕はボトムスを腿下まで下ろし、義兄さんは前を緩めた。

 

ねちゃりと粘膜と粘液のたてる湿った音。

 

義兄さんとこれをするのは、2週間ぶりだ。

 

30分じゃとても足りない。

 

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]