義弟(4)

 

 

~ユノ32歳~

 

ベッドに入って2時間も経つのに、一向に眠気が訪れなかった。

 

「ううん...」と、脇から寝言交じりの妻Bの吐息が。

 

寝返りをうったBは、俺の二の腕に腕をからめてきた。

 

俺はその腕をとって、布団の中に入れてやる。

 

Bの可愛らしい仕草に、夫婦でいる幸福感に満たされるはずが、今夜の俺はそうじゃなかった。

 

Bの寝顔を見たくなり枕元灯を点けた。

 

眩しそうに顔をしかめたが、目覚めることなく寝入ったままでホッとした。

 

俺は子細にBの寝顔を観察する。

 

姉弟だけあって通った鼻筋や高い額など、共通するものがある。

 

Bは美人の部類に入るが、チャンミンには大敗だ。

 

チャンミン...。

 

昼間の出来事のせいで、頭が冴えて眠れなかった。

 

今日初めてチャンミンをデッサンしたのだ。

 

アトリエに現れた時から、デッサン中、俺の質問に渋々といった風に答える声、そして、バッグパックを右肩に背負って帰って行った後ろ姿などを、繰り返しプレイバッグしていたのだった。

 

その中でもハイライトは、チャンミンのとった驚くべき行動だった。

 

あれは普通じゃなかった...あの光景が目に焼き付いている。

 

あの子は普通じゃない。

 

 


 

「モデルになってくれないか?」と依頼した俺に、チャンミンの答えは「いくらです?」だった。

 

「いくら欲しい?」と質問で返した時の、チャンミンの面食らった顔が可笑しかった。

 

「ヌードですか?」と切り返してきたから、「大歓迎だ」ととびきりの笑顔を見せてやった。

 

素直に頷くのが悔しくて、俺を動揺させようとしての言葉だったんだろう。

 

しばらく考え込んだのち、チャンミンは「お金はいりません」とぽつりとつぶやいた。

 

小さな抵抗を見せてみても、結局は素直に従うことになるあたり、子供らしさを感じた。

 

 

そわそわとアトリエ内を行ったり来たりしていた。

 

自分で思っている以上に、チャンミンの訪問を楽しみにしていたらしい。

 

約束の時間15分前にチャイムが鳴り、俺はインターフォンの応答無しにドアを開けた。

 

戸口に立っていたチャンミンは、突然開いたドアにびっくりして目を真ん丸にしていた。

 

瞳の下にひと筋白目がのぞかせた三白眼が、上瞼を見開くと実は大きな丸い目をしていることを知った。

 

そうか、チャンミンの顔はどちらかというと可愛い部類に入るのかもしれない。

 

そこが女性的に見えてしまう理由のひとつなんだと発見。

 

黒のスリムパンツに黒いトレーナーといった私服姿が珍しくて、まじまじと観察していたら、それを不快に思ったのかチャンミンは睨み目に戻ってしまった。

 

ドアを押さえてチャンミンを先に通すと、俺は前もって淹れておいたコーヒーをカップに注いで事務所に運んだ。

 

ここは俺の事務所兼アトリエで、自宅とは別に借りているテナントビルの一室だ。

 

キッチンとシャワールームもあるため、納期が迫っている時はここに泊まりこむ日もある。

 

ベッド代わりにもなる大型のソファの端っこに、チャンミンはちょこんと腰掛けていた。

 

それまできょろきょろと室内を見回していたのを、俺が戻ってきたのに気づいて慌てて姿勢を正していた。

 

約束の時間前に到着していたチャンミン。

 

凄んで見せてもチャンミンは未だ子供で、親に対してぶっきらぼうであっても、真面目な性格は隠せないのだ。

 

チャンミンの揃えた両膝を見ながらそう思った。

 

「せっかくの休日をつぶしてしまって悪かった。

直ぐに取り掛かろうか」

 

チャンミンは軽く頷いた。

 

「こっちがアトリエ」

 

事務所の隣がアトリエとして使っている部屋で、絵の具がこぼれても構わないように、全面にべニア板を敷き詰めている。

 

「完成品は壁に立てかけてあるよ。

もしよかったら、見てみるかい?」

 

訊いてみたところ、小さく首を横に振った。

 

興味はないらしい態度にがっかりしなかったのは、そのうち興味が湧いてこっそり見るだろうと分かっていたからだ。

 

この子はそういう子だ。

 

敢えて俺は、1枚を除いて全ての作品を裏向きにしておいた。

 

チャンミンの好奇心を煽るために、だ。

 

その1枚は、チャンミンの姉...俺の妻...のヌードを描いた100号サイズのものだ。

 

実姉のヌードを目の前に、チャンミンはどう反応するか。

 

アトリエに入ってすぐ視界に飛び込んでくるよう、真正面に立てかけておいた。

 

案の定、チャンミンは立ち止まり、彼の真後ろにつけていた俺と身体がぶつかった。

 

身長は俺の顎辺りに頭のてっぺんがくる位だった。

 

関節ばかり目立つ身体つきがいかにも背が伸びそうで、1年も経たずに俺の背を超えるかもしれない。

 

図体は大きくなっても、チャンミンは10代半ばの子供だ。

 

チャンミンの髪から安っぽいフローラルの香りがして、恐らく家族と同じシャンプーを使っているのだろうと想像してしまい、こういう点からも子供っぽさを感じてしまった。

 

「そこのソファに座ってくれるかな?」

 

アトリエの壁に沿うように置いたソファベッド...白いシーツをかぶせてある...を指した。

 

「......」

 

ちらちらとBのヌード画に視線を送りながら、チャンミンはバックパックをソファの足元に置いた。

 

アート作品であっても、15歳の思春期の少年には女の裸は刺激が強いだろう。

 

しかも、姉の裸だ。

 

愉快な気持ちになって、俺はスケッチブックを手に丸座のスツールに浅く腰掛けた。

 

ところがその直後。

 

チャンミンはトレーナーの裾を持ち、両腕をクロスさせた。

 

「チャ...」

 

裸の下腹から胸、肩へと順に露わになる。

 

素肌に1枚きりのトレーナーを脱いでしまうと、それをソファに投げ、続いてパンツのボタンを外しだした。

 

俺はチャンミンの元へ駆け寄る。

 

勢いよく立ち上がったせいで、俺の後ろでスツールがバタンと倒れた。

 

「裸になれとは言っていないよ」

 

チャンミンの手首をつかんで制した。

 

見た目通りの細い手首だった。

 

衣服を脱いだことで、チャンミンの体臭がふわりと香る。

 

子供とは言え10代半ば、脂っぽい若者の臭いだった。

 

「え...?

ヌードを描きたいんでしょう、義兄さん?」

 

それまで一文字に引き結ばれていた唇の両端が、持ち上がった。

 

チャンミンの笑顔を初めて見た瞬間だった。

 

それから、俺のことを「義兄さん」と初めて呼んだ。

 

三白眼はそのままに口元だけで笑ったチャンミンに、俺の背筋がぞくりとした。

 

俺の手が緩んだ隙に手首を引き抜くと、チャンミンは残りの衣服を脱いでしまった。

 

「義兄さん。

準備が出来ました」

 

チャンミンは一糸まとわぬ姿になった。

 

恥じらう様子が一切ない、堂々とした立ち姿だった。

 

 

(つづく)

 

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