~ユノ32歳~
裸になるには肌寒い気候。
チャンミンの肌は鳥肌がたち、胸の先端が縮こまって小さくなっていた。
子供のものなのに、色気を感じた。
慌てた俺は視線を下に反らしかけたが、その先に黒々としたものがあったため、視線をチャンミンの顔へと戻した。
この子は15歳だけど身体は大人に近いんだ、と安心していた。
何に安心しているんだ?
その時は分からなかった。
この子を侮っていたらいけない。
この子に操られてはいけない。
突き刺すように俺を見る目で分かる。
面白半分、かつ真剣に俺を試そうとしている目だ。
これまでの年長者の余裕が、あっという間に剥がされてしまった。
気を引き締めてかからないと。
突っ立ったままの俺をよそに、チャンミンはソファに横たわった。
「早くしてください」
そう言ったチャンミンの微笑が、妖しかった。
~チャンミン15歳~
恥ずかしくなかったか、って?
さあ...別にどうってことない。
少々痩せすぎているかもしれないけれど、顔同様とまでは言えないだろうけど、悪い身体付きじゃないと思う。
11月のがらんとしたアトリエは寒々としていて、全身が粟立った。
僕は今、義兄さんに見られている...。
義兄さんの視点が、僕の顔、胸、腕、腰、脚と、僕の身体を舐めていく。
いつの間にか鳥肌は消えてしまい、身体の芯が熱くなってきて...なんだ、これ?と思った。
脇の下が汗ばんでくるし、前が膨れてくるし。
僕は片膝を立てて、義兄さんに気付かれないよう、それを隠した。
素肌をさらした僕とスケッチブックとを、視線を往復させていた義兄さん。
祖父母の家に飾ってあった陶器製の女神像を思い出しながら、義兄さんの目がスケッチブックに移った瞬間を狙って、彼の姿を観察した。
伏し目にした時の、黒いまつ毛が縁どる上瞼のライン。
息が詰まるほど美しいって、こういうのを言うのだろう。
義兄さんに見惚れていた...悔しいことに。
細い鼻筋と色白だから余計に目立つ、紅くふっくらとした唇。
この唇で姉さんにキスをしているのか。
最初に目に飛び込んできた、あの絵画...姉さんの裸を描いたのだという...なんだよ、あれは。
実物の3倍増しに美人になった姉さんが...今の僕みたいに...上半身を起こした状態で寝そべっている。
義兄さんの絵筆を通すと、あそこまで姉さんは綺麗になるのか。
つまり、あの絵は義兄さんの目に映る姉さんの姿なのだ。
絵の中の姉さんと目が合う。
口元をひと房のブドウで隠していて、余計に目元の印象が強まった。
ついひと月前に仕上がったと義兄さんは説明していた。
結婚式の頃、まさに制作途中だったんだ。
裸の姉さんを描いて、結婚式を挙げて、また姉さんを裸にして...。
僕が知らない、二人の関係。
モヤモヤと重苦しいものが湧いてきて、胃の辺りが不快だ。
初日に裸になるつもりは全然、なかった。
けれども、あの絵を目にしてしまったら、もう...。
こうでもしないと、僕は負けてしまう。
負けるって誰に?
・
脱ぎ捨てた服を身につけていると、背後から義兄さんの喋り声が聞こえてきた。
僕に話しかけているのかな、と目だけを後ろに向けてみたら、なんだ、電話中だったのか。
素っ裸になった僕に、義兄さんはもの凄く驚いていた(当然か)。
義兄さんの電話は未だ終わらない。
さっさと帰ってしまってもよかった。
義兄さんのことなんて、何とも思っていなくて、むしろ嫌っている素振りを徹底するには、帰るべきだった。
でも僕はそれが出来ずに、アトリエ内を手持ち無沙汰にぶらついて、義兄さんを待っていた。
帰り際にひと言ふた言、話したいと望む軟弱な自分が情けない。
ちらっと事務所の様子をうかがう。
通話に集中している様子の義兄さんを確かめる。
壁に立てかけてあるキャンバスを、順に見ていく。
「ただのエロ親父じゃないかよ...」
ほとんどがヌード画で、中には着衣のものもあったけど、はっきり分かったのは、描かれているのが皆、女であること。
そのうち何枚かは同じ女を描いたものだったり、僕と同じ年ごろのものもあった。
さっきまで寝そべっていたソファを振り返った。
これまで何人の女が、あのソファの上で、義兄さんに裸をさらしたのだろう。
あの上でいやらしいことをすることもあったのだろうか。
きりきりと胃が痛んだ。
うまく呼吸ができなくなった。
悔しいことに、描かれたどの女も綺麗だった。
義兄さんが描けば多分、どんな女も美人になれる。
僕は男だ。
女ばかり描く義兄さんが、なぜ僕を描こうと思いついたんだろう?
「...Bが好きな方を選んでいいよ...」
はっとして事務所の方を振り向く。
姉さんと電話中の義兄さんの顔...なんだよ、あの顔は。
弓型に細められた目も声の調子も丸く、優し気だ。
何がそんなに可笑しいのか、くすくすと笑っていた。
脇に垂らした両手をぎゅっと、こぶしに握った。
姉さんとの電話に、顔を緩ませる義兄さんに失望した。
デレデレして、カッコ悪いと思った。
夫婦なんだから当然だけど、義兄さんは姉さんのことが好きなんだ。
悔しい。
義兄さんの目は曇っているのか?
僕を見て、なんとも思わないのか?
悔しい。
僕が女だったら色仕掛けで迫れるのに。
トレーナーの下の、平べったい胸と腹を撫ぜた。
僕は男だし、こんな身体で義兄さんを煽ることは難しい。
「あはははは」と、義兄さんの笑い声に僕はビクッとする。
これ以上、ここに居るのが辛くなって、僕はバックパックをつかむとつかつかと玄関に向かう。
義兄さんはスマホを耳に当てたまま 出ていく僕に気付いて慌てた風。
「チャンミン君...!」
僕は義兄さんの呼びかけを無視して、ひっかけただけのスニーカーを引きずって外へ出た。
胸が苦しい。
ぐちゃぐちゃな頭の中を整理しないと...!
(つづく)