義弟(41)

 

 

 

~チャンミン17歳~

 

 

ぐたりと虚脱した身体は言うことをきいてくれない。

 

耳の奥がキーンとしていて、目を開けているのかつむっているのかも分からない。

 

僕の意識が現実世界に戻ってくると、ベッドの上には僕ひとりだけで、ジャケットに腕を通す義兄さんの背中が見えた。

 

「気が付いた?」

 

振り返った義兄さんのすっきりとした顔に、「よかった」と思う。

 

溜まっていたものを全部、僕の中に注ぎきった証だから。

 

「もう行っちゃうんですか?」

 

この時の僕は、媚を含んだ、すがるような情けない顔をしていたと思う。

 

「ごめんな」

 

もう一押しすれば、義兄さんのことだ、「あと15分だけ」と言って僕の中に押し入ってくれたと思う。

 

30分のつもりが、行為にのめりこんでしまった末、30分オーバーしていた。

 

「分かりました」

 

義兄さんをマズイ立場に陥らせるわけにはいかないから、僕は聞きわけのよい子を装うのだ。

 

「ほんとにごめん」

 

着がえ終えた義兄さんは、冷蔵庫からミネラルウォーターを取ってきて、そのボトルを僕の頬に付けた。

 

「冷たいです!」

 

義兄さんは、こういった小さな悪戯をしてくることがある。

 

義兄さんの背中に抱きつきたくなった。

 

立ちあがったところ、膝の力がかくんと抜けてしまい、よろめいた僕は素早く伸びた義兄さんの腕に抱きとめられた。

 

「すみません...力が入らなくて」

 

「久しぶりだったから...イジメ過ぎたかな?」

 

義兄さんの眼が弓型になっていたから、僕を照れさせて面白がってるんだ。

 

「...義兄さん...意地悪ですね」

 

照れ隠しに、さっき僕がかき乱してしまった義兄さんの髪を、なでつけてあげた。

 

「今夜、チャンミンにプレゼントがあるから、楽しみにしてて」

 

ここに来る前から既に、その期待と予感がしていたけれど、「なんですか?」と首を傾げてみせた。

 

「おこずかいは足りる?

夕飯は適当に食べてて」

 

財布から紙幣を抜き出して、僕の手に握らせようとした。

 

「そんな!

悪いです」

 

引っ込める手は、素早く伸びた義兄さんの手に捕まり、強引に握らされた。

 

「大人のメンツを立てることも大事だよ。

ルームサービスも遠慮なく取っていいからな」

 

「...でも」

 

「20時には戻れると思う」

 

義兄さんは、チュッと音をたてて僕の頬にキスしてくれた。

 

「行ってらっしゃい」

 

僕はドアから頭だけを出して、義兄さんが廊下の角に消えるまで見送った。

 

奥がむずむずする。

 

力を緩めると、熱いものがとろりと内ももを濡らした。

 

 

 

 

義兄さんは僕をモデルに、いい感じに描いてくれる。

 

絵の中の僕は、淡い光が注ぐ窓辺で穏やかな表情をしているんだ。

 

兄さんの目には、僕はこんな感じに映っているのかな。

 

もしそうならば、いい感じだ。

 

義兄さんを見送った僕は、バスルームに急行して手早くシャワーを浴びた。

 

身を屈めて、じんじんと熱を帯びたそこを洗い流した。

 

自宅のものとは大違いの、分厚いバスタオルで身体を拭いて、白いタイルとガラス張りのスタイリッシュなバスルームを見渡した。

 

ここに居る自分が信じられない。

 

湧きおこるワクワク感に、じっとしていられなくて足をバタバタと踏み鳴らしてしまった。

 

 

 

 

絶対に邪魔はしないからと、駄々をこねた僕は今、イベント会場に居る。

 

義兄さんに電話をかけて、お伺いを立てた。

 

「Xさんと出くわすかもしれないぞ?」と、義兄さんは心配していた。

 

「見かけたら隠れますから」

 

新鋭作家の5人の代表作品展は、D県唯一のコンベンションセンターで開催されていた。

 

入場するにはチケットを購入する必要があった。

 

受付カウンターで義兄さんの名前を出すと、既に話が通してあったらしく、関係者の名札を渡されてそのまま入場を許された。

 

特別扱いに、胸がこそばゆかった。

 

高い天井からのぼりが垂れ下がり、そのうちのひとつが義兄さんの雅号だった。

 

そこを目指して、広大なホール内を大勢の入場者の隙間をぬって歩き進める。

 

どこかで見たことがある作品がそこかしこにあって、注目を浴びる作家の一人に義兄さんが選ばれたことを僕は誇りに思った。

 

勧められたドリンクを遠慮なく貰い、一気飲みした。

 

喉が渇いていたのだ。

 

慣れない場所、初めての体験に、とても緊張していた。

 

 

 

 

僕は「姉さんと別れないで」と、義兄さんにお願いした。

 

「チャンミンの言う通りにするよ」と、義兄さんは答えてくれた。

 

これで不安の一部が解消された。

 

義兄さんが、姉さんの夫でいる間は、僕を捨て去ることは難しいから。

 

ところが。

 

X氏との関係を絶たないといけない大問題がある。

 

義兄さんに正直に打ち明けようか?

 

義兄さんに助けてもらおうかな?

 

義兄さんは怒るかな?

 

怒るだろうな。

 

X氏に対して怒るかな。

 

それとも、僕に対して怒るかな。

 

駄目だ。

 

幻滅されてしまう。

 

嫌われてしまう。

 

愛想をつかされてしまう。

 

そもそも、打ち明ける必要はあるのかな?

 

義兄さんに打ち明けたところで、この問題を解決できるはずがない。

 

X氏からは、ストレートにあの写真をばらまくと言われたわけじゃない。

 

万が一、あの動画や写真が義兄さんの目に触れるようなことがあったら!

 

その前に、僕の口からカミングアウトした方がいいよね。

 

なんとなく...X氏は僕の好きな人は義兄さんだって知っている気がするんだ。

 

X氏は義兄さんに、僕とのことを匂わすことを言いだすかもしれない!

 

義兄さんはX氏から仕事をもらっている立場だ。

 

駄目だ...義兄さんに打ち明けるわけにはいかない。

 

「...あ」

 

足が止まった。

 

呼吸が止まった。

 

女の人だけを描く義兄さんだった。

 

裸婦画ばかりが並ぶ中、それだけがデッサン画だった。

 

僕だった。

 

しばらくそこに立ち尽くしていた。

 

じわっと涙がこみあげてきて、僕は慌てて目をしばたたかせ、トレーナーの袖口で目頭を拭った。

 

義兄さんったら、いつの間に...。

 

初めて義兄さんの前でポーズをとった時のものだった。

 

作品の中で僕は、毛布にくるまってマグカップを手にしていた。

 

デッサンを終え、震える僕に毛布を放ってくれて、熱いココアを淹れてくれたんだっけ。

 

今まで忘れていたけれど。

 

義兄さんに淡い恋心を抱いていた頃の僕が、ぎこちない笑顔を浮かべてこちらを見ていた。

 

あの頃の僕。

 

未だ真っ新だった僕。

 

義兄さんの瞳を通した僕の姿。

 

義兄さんの心が、僕の胸にズドンと飛び込んできた。

 

ますます好きになっちゃうじゃないですか。

 

今の僕は、義兄さんに好かれる価値がない人間なんです。

 

僕は穢れているんです。

 

どうしたらいいか分からないんです。

 

でも、なんとかします。

 

脅迫まがいなことを口にして、義兄さんを困らせて悦んで、僕ときたら何やってんだろう。

 

あんなこと言ったけど、僕は義兄さんを独り占めしたいです。

 

義兄さんが好き過ぎて、胸が苦しいです。

 

 

 

(つづく)

 

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