義弟(49)

 

 

~チャンミン17歳~

 

 

「いずれユンホ君の耳に入るだろうね?」

 

X氏はジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めた。

 

「僕はっ...高校生なんですよ?

Xさんのしていることは、犯罪です!」

 

「おやおや...。

じゃあ、ユンホ君はどうなんだね?」

 

「!」

 

「ユンホ君も犯罪者だねぇ。

チャンミン君みたいな子供に手を出して...捕まっちゃうねぇ」

 

目の前が真っ暗になった。

 

やれやれと言った風にX氏は首を振り、どかっとソファに腰掛けた。

 

「即、離婚だろうねぇ。

奥さんは、チャンミン君のお姉さんなんだろう?

こりゃ修羅場になるねぇ」

 

「...っ」

 

喉が詰まって、呼吸が難しい。

 

「ユンホ君の功績に傷がつくだろうねぇ。

仕事も減るだろうねぇ。

いいのかなぁ?」

 

自分が楽になりたいことばかり、考えていた。

 

義兄さんがどうなるかまで、頭が回っていなかった。

 

X氏を拒絶することで、墓穴を掘ってしまったみたいだ。

 

僕と義兄さんがしていることを、僕の口から認める機会を作ってしまった。

 

X氏だって、僕と義兄さんのことを怪しいと勘づいていたけど、現場を押さえたわけじゃなかったのが、決定的になってしまった。

 

どうしよう...どうしたらいいんだ!

 

 


 

 

~ユノ34歳~

 

 

チャンミンはどこまで遊びにいったのやら。

 

この地は旧所名跡が多い城下町だ。

 

勉強熱心な子だから、目にするもの全てを興味深げに、丁寧に見て回っているのだろう。

 

リュックサックを背負って、周囲を見渡し、説明書きの看板や石碑に目を通している。

 

そんなチャンミンの姿が想像できて、くすりと笑みが浮かんでしまう。

 

昨夜は相当無理をさせてしまったから、観光に支障がなければいいのだが...。

 

非日常的な環境に、タガが外れた俺はチャンミンを攻めに攻めてしまった。

 

終わり間近では、全身を痙攣させたチャンミンは膝の力が抜けてしまって、支えてやらないと立っていられなかった。

 

俺の腰に足を絡めしがみついたチャンミンを、そのまま抱えてベッドに寝かせた。

 

色に酔ったうつろな顔をしていたのが、シャワーを浴び直して戻ってみたら、すーすーと寝息をたてて眠ってしまっていた。

 

ベッドに腰掛け、眠るチャンミンの額の髪を指の背で梳く。

 

きりっと直線的な眉と長いまつ毛。

 

気持ちが通じ合っていると信じたい。

 

なあチャンミン。

 

チャンミンは綺麗だ。

 

初対面で感じた時の俺の印象では、自身の美貌を味方につけて人の気持ちを振り回すような、そんな残酷なところがあると思っていた。

 

じとりと湿った陰気な眼...そうであっても美しい目元。

 

肌寒いアトリエで、「温めてください」と囁いて俺を見上げた時のチャンミンの眼。

 

『裸のマハ』のポーズをとって、鑑賞する者を誘う色気のある眼。

 

大人の男たちを知らず知らずのうちに惹きつけてしまうのだ。

 

俺の勘に過ぎないが、チャンミンには他に誰かいる。

 

誰だか知らないが、想像すると苦しむだけだから、意識の外に置いてある。

 

「俺だけにしろ」と言える資格は俺にはないからだ。

 

俺たちの立場は全然、フェアじゃない。

 

フェアに近づけるよう、俺の身辺は少しずつ整理していくから。

 

俺たちには、未来があると信じたい。

 

 

 

 

会期もあと2日を残すところまでこぎつけていた。

 

最終日のセレモニーでは、全作品を中央に向けて円を描くように設置するのだとか。

 

閉館後、その大掛かりな作業が開始され、雇い入れた作業員たちに、細かい指示をするため、俺や他の作家たちも集合していた。

 

急ピッチで作業は進み、夜10時には解放されるだろう。

 

チャンミンはホテルに帰っているのか、電話をかけても留守電アナウンスが流れるばかりで、メッセージを送っても既読のサインがつかない。

 

小さな子供でもあるまいに、迷子になっているとは考えにくいが心配だった。

 

「ユンホさん!」

 

スタッフの一人に呼び止められた。

 

「今日中に、Dさんの作品が到着する予定なのに、未だなんです」

 

このイベントで展示されているもののほとんどは、オーナーたちの好意でかき集められた作品がほとんどだった。

 

主役であるアーティストたちは運営委員も兼ねていて、俺もプログラムの進行に常に気を配っていなければならなかった。

 

会期の最終日のハイライトとして、D氏の作品がはるばる遠方から到着する予定だった。

 

天井から吊り下げる立体作品で、作業員たちが到着を今か今かと待っているのだ。

 

確か、X氏が買い付けたものだったはず...。

 

「それが、Xさんなんですが...午後から連絡がとれないんですよ」

 

「え!?」

 

「作業の人たちも帰したいですし...どうしましょう?」

 

チャンミンだ。

 

なぜか、チャンミンの顔が浮かんだ。

 

スマホを取り出して、X氏の番号に発信してみたが、スタッフの言う通り3コール目で留守電に切りかわってしまった。

 

俺は会場を見渡して、割り振られた作業をほぼ終えて、談笑する者や帰り支度をする者たちを確認する。

 

「探してくるよ」

 

手にしたボードを、スタッフに押しつけた。

 

「えっ!?

今から!?

ユンホさんがいなくなったら...」

 

「俺がいなくても、もう大丈夫だ。

何かあったら連絡して。

Xさんのことだ...飲みにいってるか、ホテルで寝てるか...」

 

「でも...」

 

困惑顔のスタッフを残して、俺は駆けだしていた。

 

X氏は今、チャンミンといる。

 

これは確信だった。

 

 


 

 

~チャンミン17歳~

 

 

これは脅しだ。

 

脅せば僕が言うことをきくと思って、わざと怖いこと言っているんだ。

 

僕の方こそ、X氏を脅した。

 

僕とX氏との繋がりを周囲にバラすと脅かせば、彼は大人しくなるって予想していたのに...。

 

大変なことになる。

 

義兄さんが困った立場に立たされる。

 

僕とX氏のことは、僕の口から義兄さんに知らせたい。

 

X氏のことだ、義兄さんの動揺する顔を見たくて、それと分かるように匂わせたことを、耳打ちしそうだった。

 

その前に...。

 

「...もし、断ったら...どうなります?」

 

X氏は僕の質問には答えず、

 

「どうなるも何も。

私との付き合いを解消したいんだろう?

了解したんだ。

最後にいい思いをしたいと言っているだけだ」

 

「それだけですよね?

おかしなことしませんよね?」

 

「もちろん。

思い出にしたいんだ。

君みたいな綺麗な子は滅多にいないから」

 

「...」

 

「ほら、こっちおいで」

 

両手をひらひらさせて、僕を手招きする。

 

拒否感で足が動かない。

 

今までよくもこんなオヤジに身体を許していたものだ。

 

「緊張しているのか?

...これを飲みなさい。

リラックスできるよ」

 

テーブルに置いたグラスを、僕に差し出した。

 

僕は迷わずそれを受け取って、琥珀色の液体を口に含んだ。

 

口の中がかぁっと熱くなって、ぴりぴりと舌を刺激する。

 

「威勢がいいねぇ。

ほら、もう一杯」

 

お酒を飲むのは初めてだったけど、頭を朦朧とさせれば、この嫌悪感が和らぐと思ったのだ。

 

2杯目はもっと濃くて、僕は顔をしかめて一気に喉に流し込んだ。

 

「あっ...!」

 

X氏の両手に捉えられ、引き寄せられて彼の膝の上に乗っていた。

 

X氏の膝から飛び降りようとしたけれど、彼の力は強い。

 

僕も体格はいい方だからと油断していた。

 

X氏は二回り以上大きな身体をしている。

 

顎をつかまれ、X氏の方へ強引に振り向かされた。

 

「やっ...それは、ダメ!」

 

唇を寄せてきたX氏の顎を力いっぱい押しのけた。

 

「君は相変わらずだねぇ。

キスは禁止なのに、下の口は平気なんだ?」

 

「...っ...!」

 

前を寛げたX氏に、僕は目を反らした。

 

「そうそう!」と、突然何かを思い出して、スラックスのポケットから取り出したスマホを操作し出した。

 

「チャンミン君の写真を消さないとね」

 

「!」

 

さーっと血の気が下がった。

 

「動画もあったよねぇ。

こんなものが出回ったら、大変だ!」

 

おどけて言うX氏。

 

「...Xさんも困るんじゃないですか?」

 

「もともと素行の悪い私だ。

今さらひとつやふたつ加わっても、誰も驚かない」

 

「奥さんも子供もいるんでしょう?」

 

「別居状態だよ。

おやおや。

私ばかり咎めるなんて、不公平だよ。

ユンホ君にも奥さんがいるよねぇ?」

 

「...っ...」

 

ここを突かれると、何も言えなくなる。

 

僕が子供過ぎたせいで、義兄さんに迷惑をかけてしまってる。

 

「終わったらちゃ~んと消去するからね。

安心しなさい」

 

「...絶対ですよ?」

 

「最後だから、君を滅茶苦茶にしてしまうかもしれない」

 

「...そんな」

 

「ちょっと痛いかもしれないけど、怪我まではさせないから」

 

一度だけだ、今だけ我慢すれば...。

 

これが最後だ。

 

アルコールが回って、全身がふわふわした。

 

「私に任せていれば、大丈夫だよ。

私のがどれだけイイか...君が一番よく知っているよね?」

 

「......」

 

X氏とのことはそもそも、僕が始めたことだ。

 

それに、義兄さんと関係を持ったのも、僕が誘ったようなものだったんだ。

 

義兄さんの目の前で服を脱いで、煽って、「キスをして」とねだって...。

 

始めたのは僕なんだ。

 

 

(つづく)

 

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