義弟(5)

 

 

~チャンミン15歳~

 

 

脱ぎ捨てた服を身につけていると、背後から義兄さんの喋り声が聞こえてきた。

 

僕に話しかけているのかな、と目だけを後ろに向けてみたら、なんだ、電話中だったのか。

 

素っ裸になった僕に、義兄さんはもの凄く驚いていた(当然か)。

 

恥ずかしくなかったか、って?

 

さあ...別にどうってことない。

 

少々痩せすぎているかもしれないけれど、顔同様とまでは言えないだろうけど、悪い身体付きじゃないと思う。

 

11月のがらんとしたアトリエは寒々としていて、全身が粟立った。

 

義兄さんに見られている...。

 

義兄さんの視点が、僕の顔、胸、腕、腰、脚と、僕の身体を舐めていく。

 

いつの間にか鳥肌は消えてしまい、身体の芯が熱くなってきて...なんだ、これ?と思った。

 

脇の下が汗ばんでくるし、腰の奥がじんじんと痺れてきた。

 

僕は片膝を立てて、義兄さんに気付かれないよう、それを隠した。

 

素肌をさらした僕とスケッチブックとを、視線を往復させていた義兄さん。

 

祖父母の家に飾ってあった陶器製の女神像を思い出しながら、義兄さんの目がスケッチブックに移った瞬間を狙って、彼の姿を観察した。

 

伏し目にした時の、黒いまつ毛が縁どる上瞼のライン。

 

息が詰まるほど美しいって、こういうのを言うのだろう。

 

義兄さんに見惚れていた...悔しいことに。

 

細い鼻筋と色白だから余計に目立つ、紅くふっくらとした唇。

 

この唇で姉さんにキスをしているのか。

 

アトリエで最初に目に飛び込んできた、あの絵画...姉さんの裸を描いたのだという...なんだよ、あれは。

 

実物の3倍増しに美人になった姉さんが...今の僕みたいに...上半身を起こした状態で寝そべっている。

 

義兄さんの絵筆を通すと、あそこまで姉さんは綺麗になるのか。

 

つまり、あの絵は義兄さんの目に映る姉さんの姿なのだ。

 

絵の中の姉さんと目が合う。

 

口元をひと房のブドウで隠していて、余計に目元の印象が強まった。

 

つい半月前に仕上がったと義兄さんは説明していた。

 

結婚式の頃、まさに制作途中だったんだ。

 

裸の姉さんを描いて、結婚式を挙げて、また姉さんを裸にして...。

 

僕が知らない、二人の関係。

 

モヤモヤと重苦しいものが湧いてきて、胃の辺りが不快だ。

 

初日に裸になるつもりは全然、なかった。

 

けれども、あの絵を目にしてしまったら、もう...。

 

義兄さんの電話は未だ終わらない。

 

さっさと帰ってしまってもよかった。

 

義兄さんのことなんて、何とも思っていなくて、むしろ嫌っている素振りを徹底するには、帰るべきだった。

 

でも僕はそれが出来ずに、アトリエ内を手持ち無沙汰にぶらついて、義兄さんを待っていた。

 

帰り際にひと言ふた言、話したいと望む軟弱な自分が情けない。

 

ちらっと事務所の様子をうかがう。

 

通話に集中している様子の義兄さんを確かめる。

 

壁に立てかけてあるキャンバスを、順に見ていく。

 

「ただのエロ親父じゃないかよ...」

 

ほとんどがヌード画で、中には着衣のものもあったけど、はっきり分かったのは、描かれているのが皆、女であること。

 

そのうち何枚かは同じ女を描いたものだったり、僕と同じ年ごろのものもあった。

 

さっきまで寝そべっていたソファを振り返った。

 

これまで何人の女が、あのソファの上で、義兄さんに裸をさらしたのだろう。

 

あの上でいやらしいことをすることもあったのだろうか。

 

きりきりと胃が痛んだ。

 

うまく呼吸ができなくなった。

 

悔しいことに、描かれたどの女も綺麗だった。

 

義兄さんが描けば多分、どんな女も美人になれる。

 

僕は男だ。

 

女ばかり描く義兄さんが、なぜ僕を描こうと思いついたんだろう?

 

「...Bが好きな方を選んでいいよ...」

 

はっとして事務所の方を振り向く。

 

なんだよ、あの顔は。

 

弓型に細められた目は 声の調子も丸く、優し気だ。

 

何がそんなに可笑しいのか、くすくすと笑っていた。

 

脇に垂らした両手をぎゅっと、こぶしに握った。

 

姉さんとの電話に、顔を緩ませる義兄さんに失望した。

 

デレデレして、カッコ悪いと思った。

 

夫婦なんだから当然だけど、義兄さんは姉さんのことが好きなんだ。

 

悔しい。

 

義兄さんの目は曇っているのか?

 

僕を見て、なんとも思わないのか?

 

悔しい。

 

僕が女だったら色仕掛けで迫れるのに。

 

トレーナーの下の、平べったい胸と腹を撫ぜた。

 

僕は男だし、こんな身体で義兄さんを煽ることは難しい。

 

「あはははは」と、義兄さんの笑い声に僕はビクッとする。

 

これ以上、ここに居るのが辛くなって、僕はバックパックをつかむとつかつかと玄関に向かう。

 

義兄さんはスマホを耳に当てたまま 出ていく僕に気付いて慌てた風。

 

「チャンミン君...!」

 

僕は義兄さんの呼びかけを無視して、ひっかけただけのスニーカーを引きずって外へ出た。

 

胸が苦しい。

 

ぐちゃぐちゃな頭の中を整理しないと...!

 

 


 

 

毎週日曜日、午前9時からの2時間、義兄さんのアトリエでモデルを務めることになった。

 

それ以外の6日間は、義兄さんのことばかり考えていた。

 

学校での僕は孤立していたから、思う存分物思いにふけることができて幸いだった。

 

今では義兄さんは、僕のことを「チャンミン」と呼ぶ。

 

君付けが嫌だった僕は、「その呼び方...止めてください」と。

 

困ったクライアントについて面白おかしく話していた義兄さんは、一瞬口をつぐみ、「わかったよ」と言って、ニカっと笑った。

 

綺麗な白い歯と細めた目が、30過ぎのおっさんのくせに無邪気で、僕の胸は苦しくなった。

 

「チャンミンも、俺のことを『ユノ』と呼んでいいよ」

 

義兄さんはそう言ってくれたが、僕は首を振った。

 

呼び捨てで名前を呼ぶ気安い関係にはなりたくないと、考えを改めたんだ。

 

意に反していたけど、夕食に誘われて義兄さんと姉さんの家を訪ねることもあった。

 

2人が暮らす部屋は、白と黒に統一された生活感ゼロの空間に仕上げられていて、居心地が悪かった。

 

家具も電化製品も、名前の分からない観葉植物も、僕が手にしたグラスもきっと、高価なものに違いない。

 

「本業の絵よりも、副業の方が忙しくてね。

 

俺の才能もこの程度ってことさ」

 

義兄さんは謙遜していたけれど、彼の絵がびっくりするような価格で画廊のショウウィンドウを飾っていたのを、僕は知っている。

 

ファストファッションを身につけた自分が、みすぼらしく思えた。

 

校内で僕に憧れる女子が沢山いようと、ここでの僕は中学男子に過ぎないのだ。

 

悔しいことに、大人な二人には叶わない。

 

ベージュのニットワンピースを着た姉さんと、同じくベージュのニットを着た義兄さん...この2人にとって、僕は『弟』に過ぎないのだ。

 

不愛想で無口な僕に慣れてしまったユノさんは、「もっと食べなさい」と料理をすすめてくる。

 

僕も話したいことなんて何もなかったから、目の前のものをひたすら口に放り込むことに専念した。

 

「チャンミンは太らないの、羨ましい」

 

僕はムッとして、姉さんを睨みつけた。

 

「怒らないで。

痩せの大食いって、チャンミンのことを言うのよね」

 

痩せっぽっちの身体はどうしようもできない。

 

男の僕は、柔らかそうな身体にはなれないのだ。

 

体重を増やしても、脂肪を醜くまとうだけで、アトリエで見た女たちのような曲線は作れない。

 

悔しい。

 

僕はどうすればいい?

 

姉さんが料理上手だなんて知らなかった。

 

義兄さんの愛情を独り占めしている女。

 

葉っぱばっかり齧っていないで、テーブルの上のもの全部食べて、ぶくぶくに太って醜くなればいいんだ。

 

義兄さんに飽きられればいいんだ。

 

「俺はスリムなチャンミンが、気に入っているんだ」

 

翌週、アトリエでそう義兄さんに言われた僕は、返答に困ってしまって俯くしかなかった。

 

嬉しかった。

 

でも、悔しい。

 

でもやっぱり、嬉しい。

 

両耳が熱い。

 

赤くなった耳が義兄さんにバレてしまっているに違いないことも、悔しかった。

 

 

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