義弟(5-1)

 

~ユノ32歳~

 

 

裸になるには肌寒い気候。

 

チャンミンの肌は鳥肌がたち、胸の先端が縮こまって小さくなっていた。

 

子供のものなのに、色気を感じた。

 

慌てた俺は視線を下に反らしかけたが、その先に黒々としたものがあったため、視線をチャンミンの顔へと戻した。

 

この子は15歳だけど身体は大人に近いんだ、と安心していた。

 

何に安心しているんだ?

 

その時は分からなかった。

 

この子を侮っていたらいけない。

 

この子に操られてはいけない。

 

突き刺すように俺を見る目で分かる。

 

面白半分、かつ真剣に俺を試そうとしている目だ。

 

これまでの年長者の余裕が、あっという間に剥がされてしまった。

 

気を引き締めてかからないと。

 

突っ立ったままの俺をよそに、チャンミンはソファに横たわった。

 

「早くしてください」

 

そう言ったチャンミンの微笑が、妖しかった。

 

 


 

 

~チャンミン15歳~

 

恥ずかしくなかったか、って?

 

さあ...別にどうってことない。

 

少々痩せすぎているかもしれないけれど、顔同様とまでは言えないだろうけど、悪い身体付きじゃないと思う。

 

11月のがらんとしたアトリエは寒々としていて、全身が粟立った。

 

僕は今、義兄さんに見られている...。

 

義兄さんの視点が、僕の顔、胸、腕、腰、脚と、僕の身体を舐めていく。

 

いつの間にか鳥肌は消えてしまい、身体の芯が熱くなってきて...なんだ、これ?と思った。

 

脇の下が汗ばんでくるし、前が膨れてくるし。

 

僕は片膝を立てて、義兄さんに気付かれないよう、それを隠した。

 

素肌をさらした僕とスケッチブックとを、視線を往復させていた義兄さん。

 

祖父母の家に飾ってあった陶器製の女神像を思い出しながら、義兄さんの目がスケッチブックに移った瞬間を狙って、彼の姿を観察した。

 

伏し目にした時の、黒いまつ毛が縁どる上瞼のライン。

 

息が詰まるほど美しいって、こういうのを言うのだろう。

 

義兄さんに見惚れていた...悔しいことに。

 

細い鼻筋と色白だから余計に目立つ、紅くふっくらとした唇。

 

この唇で姉さんにキスをしているのか。

 

最初に目に飛び込んできた、あの絵画...姉さんの裸を描いたのだという...なんだよ、あれは。

 

実物の3倍増しに美人になった姉さんが...今の僕みたいに...上半身を起こした状態で寝そべっている。

 

義兄さんの絵筆を通すと、あそこまで姉さんは綺麗になるのか。

 

つまり、あの絵は義兄さんの目に映る姉さんの姿なのだ。

 

絵の中の姉さんと目が合う。

 

口元をひと房のブドウで隠していて、余計に目元の印象が強まった。

 

ついひと月前に仕上がったと義兄さんは説明していた。

 

結婚式の頃、まさに制作途中だったんだ。

 

裸の姉さんを描いて、結婚式を挙げて、また姉さんを裸にして...。

 

僕が知らない、二人の関係。

 

モヤモヤと重苦しいものが湧いてきて、胃の辺りが不快だ。

 

初日に裸になるつもりは全然、なかった。

 

けれども、あの絵を目にしてしまったら、もう...。

 

こうでもしないと、僕は負けてしまう。

 

負けるって誰に?

 

 

脱ぎ捨てた服を身につけていると、背後から義兄さんの喋り声が聞こえてきた。

 

僕に話しかけているのかな、と目だけを後ろに向けてみたら、なんだ、電話中だったのか。

 

素っ裸になった僕に、義兄さんはもの凄く驚いていた(当然か)。

 

義兄さんの電話は未だ終わらない。

 

さっさと帰ってしまってもよかった。

 

義兄さんのことなんて、何とも思っていなくて、むしろ嫌っている素振りを徹底するには、帰るべきだった。

 

でも僕はそれが出来ずに、アトリエ内を手持ち無沙汰にぶらついて、義兄さんを待っていた。

 

帰り際にひと言ふた言、話したいと望む軟弱な自分が情けない。

 

ちらっと事務所の様子をうかがう。

 

通話に集中している様子の義兄さんを確かめる。

 

壁に立てかけてあるキャンバスを、順に見ていく。

 

「ただのエロ親父じゃないかよ...」

 

ほとんどがヌード画で、中には着衣のものもあったけど、はっきり分かったのは、描かれているのが皆、女であること。

 

そのうち何枚かは同じ女を描いたものだったり、僕と同じ年ごろのものもあった。

 

さっきまで寝そべっていたソファを振り返った。

 

これまで何人の女が、あのソファの上で、義兄さんに裸をさらしたのだろう。

 

あの上でいやらしいことをすることもあったのだろうか。

 

きりきりと胃が痛んだ。

 

うまく呼吸ができなくなった。

 

悔しいことに、描かれたどの女も綺麗だった。

 

義兄さんが描けば多分、どんな女も美人になれる。

 

僕は男だ。

 

女ばかり描く義兄さんが、なぜ僕を描こうと思いついたんだろう?

 

「...Bが好きな方を選んでいいよ...」

 

はっとして事務所の方を振り向く。

 

姉さんと電話中の義兄さんの顔...なんだよ、あの顔は。

 

弓型に細められた目も声の調子も丸く、優し気だ。

 

何がそんなに可笑しいのか、くすくすと笑っていた。

 

脇に垂らした両手をぎゅっと、こぶしに握った。

 

姉さんとの電話に、顔を緩ませる義兄さんに失望した。

 

デレデレして、カッコ悪いと思った。

 

夫婦なんだから当然だけど、義兄さんは姉さんのことが好きなんだ。

 

悔しい。

 

義兄さんの目は曇っているのか?

 

僕を見て、なんとも思わないのか?

 

悔しい。

 

僕が女だったら色仕掛けで迫れるのに。

 

トレーナーの下の、平べったい胸と腹を撫ぜた。

 

僕は男だし、こんな身体で義兄さんを煽ることは難しい。

 

「あはははは」と、義兄さんの笑い声に僕はビクッとする。

 

これ以上、ここに居るのが辛くなって、僕はバックパックをつかむとつかつかと玄関に向かう。

 

義兄さんはスマホを耳に当てたまま 出ていく僕に気付いて慌てた風。

 

「チャンミン君...!」

 

僕は義兄さんの呼びかけを無視して、ひっかけただけのスニーカーを引きずって外へ出た。

 

胸が苦しい。

 

ぐちゃぐちゃな頭の中を整理しないと...!

 

 

(つづく)

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