義弟(53)

 

 

~チャンミン17歳~

 

 

僕は義兄さんの顔を見られない。

 

X氏に迫られ、無理やり関係を持ったのか?と問われていた。

 

「そうです」と答えたかった。

 

X氏にコンタクトをとったのは、僕の方だったのに。

 

義兄さんと関係を持つまえに、慣らした身体になりたくて、X氏に近づいた。

 

これが真実だ。

 

僕は17歳で高校生で男で、僕らは義兄弟で、これが罪な繋がりだと、子供な僕にだって重々わかってる。

 

でも、僕は義兄さんが好きだ。

 

誰かとここまで深いつながりを持ったのは、義兄さんが初めてだ。

 

先のことは全然、僕には見えていなかった。

 

これまでのように、週に一度ででも会い続ける...そんな交際がずっと続くんだろうなぁ、って。

 

世間的にも道徳的にも間違った繋がりをもっている僕らだけど、未来があるんだよ、と義兄さんは遠回しに言ってくれた。

 

ところが今は、その希望が壊れてしまいそうだった。

 

義兄さんに隠れて、X氏と会い続けていた僕だ。

 

義兄さんとアトリエで抱き合ったその日の夜に、X氏に呼び出された日もあった。

 

易々とX氏のものを受け入れる僕の身体に、彼は嬉しそうだった。

 

「子供のくせに。誰にでも尻を差し出すのか?」って、乱暴に僕を扱った。

 

「私の他に何人いるのやら...困った子だ」

 

情けなくて悔しくて、唇を噛みしめて、この時が過ぎるのを耐えた。

 

巧みなX氏のテクニックといけないことをしている意識が、義兄さんとの時以上に反応してしまう自分もいた。

 

そんな自分の身体が汚らしい。

 

縁を切りたいのに、弱みを握られていて、機嫌を損ねたら大変だって、求められるまま抱かれてきた。

 

撮ったものをばら撒くとは一度も言われたことはなかったけど、写真や動画の存在を知らせた時点で、暗にゆすっているのと同じなんだ。

 

X氏はなかなか僕に飽きてくれない。

 

義兄さんは僕のことを可愛がってくれる。

 

僕は義兄さんを裏切り続けている。

 

さらには昨夜、僕との将来を考えている、なんて言われてしまったらもう...。

 

だから決心したんだ。

 

X氏だって、高校生といつまでもいかがわしいことをしていられない。

 

社長さんをやっているくらいなんだもの、「もう会えない」と揺るがない意志を見せたら、きっとわかってくれるって、そう見込んでいたのに...。

 

僕だけじゃどうしようもできない。

 

義兄さんをだまし続けることはもうできない。

 

秘密を抱えていられるのも、もう限界。

 

義兄さんは勘づいている。

 

僕の答えを待っている。

 

嘘はつきたくない。

 

義兄さんの二の腕をつかんだ手に、力を込めた。

 

筋肉がつまった逞しい腕。

 

義兄さんはこんなに綺麗で清潔なのに、僕ときたら裏切り者で嘘つきで、汚れている。

 

義兄さんだって結婚しているし、姉さんを抱く日もあると思う。

 

でも、姉さんの夫であることを前提にスタートした。

 

イケナイことをしているスリルに、ゾクゾクしていたくらいだ。

 

義兄さんは僕の答えを待っている。

 

思い切って顔を上げた。

 

「......」

 

眉をひそめて、潤んだ眼をしていた。

 

いろんな表情を見たいと、天使のような華やかな笑顔が、怒り狂ったり嘆き悲しむことでゆがむのを見てみたいと、出会ったばかりの僕は馬鹿な願望を持っていた。

 

嫌だ。

 

義兄さんのそんな顔は見たくない。

 

でも今の義兄さんの顔といったら、悲しそうな怒っているような、呆れたような、緊張しているような、全部が混ざり合っている。

 

「......」

 

そして、考え込んでいる僕を見つめる義兄さんの表情が、徐々に無表情にと変化していった。

 

ああ、やっぱり。

 

僕は嫌われたんだ。

 

「...そっか」

 

義兄さんはふっとため息をついた。

 

「答えにくいことを質問して悪かった。

思い出したくないんだよな。

無神経なことを訊いて悪かった」

 

義兄さんに頭を引き寄せられて、力任せにごしごしと後頭部を撫でられた。

 

「ちがっ...!

違うんです!」

 

「Xさんとのことは...これからどうするかは、一緒に考えよう」

 

僕の両肩をつかむと、覗きこんでそう言った。

 

「ずっと黙っていて...辛かったな」

 

息が出来ないくらい力いっぱい僕を抱きしめるんだもの。

 

「違うんです。

違うんです!」

 

「黙っていろって。

正直に話してくれてありがとう。

もう二度と会うんじゃないぞ?

何かあったらすぐに俺に言うんだ。

分かった?」

 

「義兄さん!

違うんです!」

 

「気づいてやれなくて、ごめんな?」

 

「僕から誘ったんです!」

 

僕を抱きしめる義兄さんの腕が、ぴたっと止まった。

 

「......」

 

「......」

 

「...どういう意味...だ?」

 

義兄さんの両腕がぱたりと下に落とされたけど、僕は彼の胸にしがみついたままでいた。

 

薄いTシャツ越しに、義兄さんの体温がかっと上がったのが分かる。

 

「抱いてくれ、って頼んだのは僕の方だったんです」

 

言ってしまった...!

 

「...それってつまり...小遣いが欲しくてか?」

 

「違います!

お金は貰ったことありません!」

 

「じゃあ、なぜ...」

 

義兄さんが疑問に思うのも当然だ。

 

しがみつく僕は引きはがされそうになったけど、そうされまいと抵抗した。

 

恥ずかしくて情けなくて、そんな自分を見せたくなくて、義兄さんの胸に顔を埋めた。

 

落胆しただろうな、見損なっただろうな、悲しいだろうな...義兄さんの顔を見たくなくて、しがみついたままでいた。

 

「Xさんにそう言え、と頼まれたのか?」

 

義兄さんの声は掠れていた。

 

僕は首を左右に振った。

 

僕と義兄さんが逆の立場だったらどうだろう。

 

想像してみた。

 

ものすごく...嫌だ。

 

もし僕が義兄さんの立場だったら...。

 

歪んだ動機からスタートしたX氏との密会を、1年以上も続けてきた者なんて、受け入れられない。

 

吐き気が出るほど、不潔だ。

 

浮気をした奴なんて、嫌いだ。

 

二度と触れたくもない、顔も見たくない、今すぐこの部屋を出ていく。

 

...僕だったら、そうなる。

 

きっと義兄さんも、そうする。

 

僕を突き放して、ベッドに残して、振り返りもせずこの部屋を出ていく。

 

「...あ」

 

義兄さんに引っ張られて僕の身体は180度回転し、後ろ抱きにされた。

 

僕の上半身は義兄さんの両腕で、僕の腰は彼の両膝で包み込まれた。

 

温かい...そして、安心する。

 

恐れとは真逆のことをされて、嬉しいのに苦しかった。

 

「チャンミンがなぜ、Xさんに近づいたのか...。

『なぜ?』と訊いても、チャンミンが答えにくいのなら言わなくていい。

済んだ話だ。

会い続けていた理由は...チャンミンの意志によるものじゃない」

 

僕は両膝を引き寄せて、そのてっぺんに額を押し当てた。

 

呼吸は浅く、鼓動も早い。

 

「Xさんに逆らえなかったんだな...。

これはキツイな」

 

今の時刻は何時頃なんだろう。

 

真夜中に近いのか、夜明けに近いのか、分厚いカーテンが引かれた窓からは空の色を確かめられない。

 

「Xさんと、今日も会っていたのか?」

 

僕は頷いた。

 

義兄さんの肌がぴくぴくっと震えた。

 

僕の言葉を一句ひとつも聞き漏らすまいと、耳をすましている証拠だから、言葉選びに慎重になってしまう。

 

「会ったけど、それは...もう会いたくないって話をつけに行ったんです」

 

「それで?

向こうは納得したのか?」

 

「...はい」

 

X氏は僕の目の前で、スマホ端末のデータを削除してくれた。

 

それだけじゃ不十分だったから、クラウドデータの中身も確認して、削除させた。

 

「さようなら」と言って、X氏の部屋を出た。

 

もう終わった。

 

「もうXさんとは、会いません」

 

「話をしてきただけか?

酷いことはされていないよな?」

 

頷く前に一呼吸の間が出来てしまって、冷や汗が出てしまった。

 

「絶対だろうな?

嘘はダメだ。

話をしてきただけ、だな?」

 

「はい」

 

よかった、次は自信がある感じに頷けた。

 

 

(つづく)

 

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