~ユノ32歳~
チャンミンは辛抱強かった。
じっとしていられるのも15分が限界なのに、身じろぎひとつしない。
死体を描いているかのような錯覚に陥ってしまったくらいだ。
痩せた胸が上下しているのを確認してやっと、生身の人間だと思い出すくらいに。
この子を描こう。
これから1年、心血を注ぐ作品の中で、美しいこの少年を閉じ込めよう。
その決心を固めた。
「次は身体を起こして」「正面を向いて」俺の指示に素直に従う。
休憩中、モデルたちと世間話をするのが常だったが、チャンミン相手には早い段階に諦めた。
「得意な科目は何?」と当たり障りのない質問をすると、「義兄さんは何だったんです?」と質問で返される。
ま、いいか。
チャンミンと会話をするために、彼をここに呼んだのではない。
美しい姿を描けるだけで、俺は幸せなのだ。
デッサンに意識を戻し、その後は時間を忘れた。
一度だけ、チャンミンの方から尋ねられた。
「あの絵はいつ描いたのですか?」と。
チャンミンの指はBのヌード画を指していた。
「仕上がったのはついこの前。
半年はかかったよ」
ちょうど今、チャンミンが横たわっているソファに、同じようにBを横たわらせて描いたのだった。
チャンミンがこちらを見ていた。
...陰湿な眼だった。
初めて言葉を交わした時に感じた通り、チャンミンは俺のことが嫌いなのだ。
Bの口から弟のチャンミンの話が出たことは、そういえばほとんどなかった。
仲が悪いのではなく、互いに無関心なだけなんだと思っていた。
ところが実は、チャンミンは、歳離れた姉に密やかな憧れ交じりの恋心を抱いていたとか?
その姉を奪った俺が憎くてたまらないのだ、きっと。
今日のところはチャンミンのその目を、真正面から受け止める覚悟が足りない。
「ここまでにしよう」
スケッチブックを閉じて俺は、ソファの肘掛けに腰掛けていたチャンミンに向かって、微笑んだ。
「よく頑張った。
ありがとう」
着がえるチャンミンを残して、飲み物を用意するために事務所のキッチンへ向かう。
マナーモードにしておいたスマホを確認すると、Bから不在着信があった。
こちらに背を向けて下着に脚を通すチャンミンを眺めながら、Bへ折り返しの電話をかける。
チャンミンは、俺とBとの会話に聞き耳を立てている...多分。
チャンミンは俺のことを嫌っているが、俺に対して興味津々なのだ。
無関心を装い通せないのだ。
そう言う俺こそ、どうなんだ?
描く者の視線ではなく、俺自身の目でチャンミンを見てみた。
かがんだ際に背中に浮かんだ背骨の凹凸。
骨っぽい肩、手足ばかり長い、成長過程のアンバランスな身体。
細い腰と小さな尻に、色気を感じた。
正直に認めてしまおう。
チャンミンを描きたい動機は、彼が類まれな美貌の持ち主だったから。
今はもう、それだけじゃ済まなくなってしまった。
~ユノ35歳~
「帰宅した」と電話を入れて10分後に、インターフォンが鳴った。
俺が帰宅するのを近くで待っていたのでは?と疑いたくなるくらいのタイミングに、ぞっとする俺がいた。
アトリエの鍵を受け取りに寄ると言ったのに、俺とBの家を訪れ、俺に直接手渡したいチャンミン。
近頃のチャンミンは、Bの存在に対抗意識を燃やしていて、その挑戦的な言動にヒヤヒヤしていた。
Bは入浴中だった。
ドアを開けると、紺色のマフラーに顎を埋めたチャンミンが鼻を赤くさせて立っていた。
そのマフラーは、過去にチャンミンに贈ったものだった。
「外に出られますか?」
「帰ってきたばかりなんだ」
「15分...いいえ、5分でいいですから」
「Bもいるし...今からは無理だよ」
「義兄さん、お願いです」
子供がおねだりするかのように、チャンミンは両眉を下げ俺の手を引いた。
「お願いです」
チャンミンが何をしたいのかは、明らかだった。
「チャンミン...」
俺の手首を握るチャンミンの手をやんわりと引きはがし、代わりにその手を握ってやった。
「......」
チャンミンの無言作戦に操られないよう、俺は耐える。
「チャンミン...帰るんだ」
「......」
「帰れ。
...明日、会えるよう調整するから」
「イヤです」
チャンミンの指が俺のスウェットパンツのウエストにかかった。
目の前にいたチャンミンがふっと消えたかと思うと、下着から引っ張り出したそれを、チャンミンは頬張った。
「...んっ...」
チャンミンの両手は俺の腰をがしっと捉え、しゃぶりながら俺を見上げている。
かつて俺を睨んでいたその目が、熱っぽく揺らめくものに変わっていた。
いつBが風呂を出てくるか分からない。
ここは手早く達した方がいいと、チャンミンの頭をつかんで前後に揺らした。
1分後。
「鍵をお返しします」
チャンミンは口内のものをごくりと飲み込むと、「それじゃあ、また」と言って帰っていった。
(つづく)
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