義弟(6)

 

 

~ユノ32歳~

 

 

いきなり全裸になったチャンミンに、うろたえてしまった。

 

チャンミンの裸を見て動揺したのではないことを、今ここではっきりさせておく。

 

恥ずかしがる素振りが一切ない、潔い行動に驚いたのだ。

 

若い女の子のものだったら、少しはドキッとするけれど、頭の中が作品作りでいっぱいな俺には、性的欲求は起こらない。

 

俺はモデルには、手は出さない。

 

そういう対象で見ない。

 

だが、俺も男だからその主義が揺らぐ時もある。

 

例えば、心惹かれ合う人と出会ってしまった時...Bだ...のように。

 

「どんなポーズをとればいいですか?」

 

チャンミンの声に、物思いにふけっていた俺はハッとする。

 

ひょろ長い身体を見せつけるように、チャンミンは頭の後ろで両腕を組んでいた。

 

わずかに見せてくれた笑みは消えてしまっていて、残念だったけど、安堵もしていた。

 

唇の端だけで見せたあの微笑...子供がするものじゃない...あれはいけない。

 

けれども。

 

俺がどんな反応をみせるのかを、試そうとしているんだよな。

 

俺を睨みつけることを忘れてしまっているよ。

 

俺の反応を見逃さまいと、目をキラキラさせちゃって、...興味津々なことはバレバレだよ。

 

妻の弟なんだからと、気安くモデルを依頼した自分の甘さを反省しかけたが、作品制作に意識を戻す。

 

現在、2作品を並行して手掛けているところで、そのひとつは大学生の女の子をモデルに描いている。

 

在学中から、精力的に展覧会に出品し続け、それなりの賞を次々とさらっていくから、展覧会荒しだと友人たちからたしなめられたくらいだ。

 

それなりに認められて、それなりの価格で、それなりの数が売れるようになった。

 

来年のY展の出品を見据えて、テーマを探していたところに、チャンミンが目に留まった。

 

このタイミングでの出逢いに、ちょっとした運命を感じた俺は大げさかな。

 

ところが、裸の男を描くのは学生時代以来。

 

男を描くつもりは全くなかった。

 

チャンミンだから、描きたくなった。

 

画家の目でチャンミンを見る。

 

ソファの肘掛けに頭を預け、背もたれに片腕をだらりと乗せている。

 

喉をのけぞらせて、うつろな眼差しの先はどこでもない空。

 

必要最小限の筋肉の上に、うっすらついた体脂肪。

 

あばらの浮いた薄い胸、平らな腹へと、なだらかに凹凸なく繋がっている。

 

体毛のない滑らかい肌。

 

骨っぽい脚は、生まれたての小鹿のように細く長い。

 

男でもない女でもない、大人でもない子供でもない。

 

立てた片腿で、ちょうど肝心なところが隠れていたから、余計にそう見えた。

 

欲情を抱いたら罰があたってしまう。

 

それくらい、神聖さを漂わせた美しい身体、だと思った。

 

チャンミンに声をかけてよかった。

 

半年後じゃ遅かった。

 

今しか目にすることができない肢体なのだから。

 

つい半月前まで、同じソファで裸体を横たえていたBを描いていた。

 

そして現在、Bの弟が一糸まとわない姿で、同じようなポーズをとっている。

 

おかしな気分になって、くらりと眩暈がした。

 

なんだ、この感覚は。

 

今の俺はいけないことをしているかのような気分になる。

 

 

 

 

チャンミンは辛抱強かった。

 

じっとしていられるのも15分が限界なのに、身じろぎひとつしない。

 

死体を描いているかのような錯覚に陥ってしまったくらいだ。

 

痩せた胸が上下しているのを確認してやっと、生身の人間だと思い出すくらいに。

 

この子を描こう。

 

これから1年、心血を注ぐ作品の中で、美しいこの少年を閉じ込めよう。

 

その決心を固めた。

 

「次は身体を起こして」「正面を向いて」俺の指示に素直に従う。

 

休憩中、世間話をするのが常だったが、チャンミン相手には早い段階に諦めた。

 

「得意な科目は何?」と当たり障りのない質問をすると、「義兄さんは何だったんです?」と質問で返される。

 

ま、いいか。

 

チャンミンと会話をするために、彼をここに呼んだのではない。

 

デッサンに意識を戻し、その後は時間を忘れた。

 

一度だけ、チャンミンの方から尋ねられた。

 

「あの絵はいつ描いたのですか?」と。

 

チャンミンの指はBのヌード画を指していた。

 

「仕上がったのはついこの前。

半年はかかったよ」

 

ちょうど今、チャンミンが横たわっているソファに、同じようにBを横たわらせて描いたのだった。

 

チャンミンがこちらを見ていた。

 

...これは、睨んでいる目じゃない。

 

初めて言葉を交わした時に感じた通り、チャンミンは俺のことが嫌いなのだ。

 

Bの口から弟のチャンミンの話が出たことは、そういえばほとんどなかった。

 

仲が悪いのではなく、互いに無関心なだけなんだと思っていた。

 

ところが実は、チャンミンは、歳離れた姉に密やかな憧れ交じりの恋心を抱いていたとか?

 

その姉を奪った俺が憎くてたまらないのだ、きっと。

 

今日のところは、チャンミンのその目を、真正面から受け止める覚悟が足りない。

 

「ここまでにしよう」

 

スケッチブックを閉じて俺は、ソファの肘掛けに腰掛けていたチャンミンに向かって、微笑んだ。

 

「よく頑張った。

ありがとう」

 

着がえるチャンミンを残して、飲み物を用意するために事務所のキッチンへ向かう。

 

マナーモードにしておいたスマホを確認すると、Bから不在着信があった。

 

こちらに背を向けて下着に脚を通すチャンミンを眺めながら、Bへ折り返しの電話をかける。

 

チャンミンは、俺とBとの会話に聞き耳を立てている...多分。

 

チャンミンは俺のことを嫌っているが、俺に対して興味津々なのだ。

 

無関心を装い通せないのだ。

 

そう言う俺こそ、どうなんだ?

 

描く者の視線ではなく、俺自身の目で見る。

 

かがんだ際に背中に浮かんだ背骨の凹凸。

 

骨っぽい肩、手足ばかり長い成長過程の、アンバランスな身体。

 

細い腰と、小さな尻に、色気を感じた。

 

正直に認めてしまおう。

 

チャンミンを描きたい動機は、彼が類まれな美貌の持ち主だったから。

 

今はもう、それだけじゃ済まなくなってしまった。

 

 


 

 

~ユノ35歳~

 

 

「帰宅した」と電話を入れて10分後に、インターフォンが鳴った。

 

俺が帰宅するのを近くで待っていたのでは?と疑いたくなるくらいのタイミングに、ぞっとする俺がいた。

 

アトリエの鍵なんかBに預ければいいのに、俺に直接手渡したいチャンミン。

 

Bは入浴中だ。

 

ドアを開けると、ワイン色のマフラーに顎を埋めたチャンミンが鼻を赤くさせて立っていた。

 

そのマフラーは、過去にチャンミンに贈ったものだった。

 

「外に、出られますか?」

 

「帰ってきたばかりなんだ」

 

「15分...いいえ、5分でいいですから」

 

「Bもいるし...今からは無理だよ」

 

「義兄さん、お願いです」

 

両眉を下げ、切実げに俺の手を引くチャンミンは、子供のようにねだって言う。

 

チャンミンが何をしたいのかは、明らかだった。

 

「チャンミン...」

 

生臭い匂いを漂わせて、家に戻るわけにはいかない。

 

「......」

 

チャンミンの無言作戦に操られないよう、俺は耐える。

 

「チャンミン...帰るんだ」

 

チャンミンの指が、俺のスウェットパンツのウエストにかかった。

 

目の前にいたチャンミンがふっと消えたかと思うと、

 

「あっ...!」

 

隙間から引っ張り出したそれを、チャンミンは頬張った。

 

「...んっ...」

 

チャンミンの両手は俺の腰をがしっと捉え、しゃぶりながら俺を見上げている。

 

かつて俺を睨んでいたその目が、熱っぽく揺らめくものに変わっていた。

 

いつBが風呂を出てくるか分からない。

 

ここは手早く達した方がいいと、チャンミンの頭をつかんで前後に揺らした。

 

 

 

1分後。

 

「鍵をお返しします」

 

チャンミンは口内のものをごくりと飲み込むと、「それじゃあ、また」と言って帰っていった。

 

 

義弟(BL)

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