~チャンミン17歳~
1日早い僕の帰宅に母さんは当然、驚いた。
僕は素っ気なく「暇だったから」と、ボソッとつぶやいた。
「Bに会ったでしょう?
どう?
元気にしてた?」
姉さんの名前が出た時、脱いだスニーカーを揃える手が止まってしまった。
「...元気だったよ。
ご飯を一緒に食べた。
また旅行に行ってたんだって」
『また』の部分に、僕の嫌味がこもっていた。
「またなのね。
あっちこっち出かけてばかりで...。
あの子ったら、ユノさんが大らかだってことに甘えて...」
「すごい服を着てたよ。
なんとか、っていうブランドの」
...ブランド名なんて分からない。
分かっていたのは、僕のTシャツが何十枚も買えるくらいの値段だってことと、義兄さんのお金で買ったこと。
「贅沢好きになってしまって...。
困った子だわ」
母さんの言葉に、少しだけ気持ちがすっきりした。
姉さんの存在が重くのしかかるようになってから、僕はとても嫌な人間になってきたようだ。
姉さんを悪者にしようとしている。
「夕飯は?」
「いらない」
姉さんの話題のせいでモヤモヤが大きく膨れ上がり、食欲がなくなってしまったのだ。
僕は2階へと階段を駆け上がった。
ベッドにうつ伏せになり、姉さんのことを頭から追い出そうと義兄さんを想った。
重苦しさが消えていく。
「はあ...」
ついて出たのは満ち足りたため息。
僕の中をかき回した、義兄さんのあれの余韻に浸った。
うとうとしかけてしまいハッと飛び起き、荷解きに取りかかった。
参考書、ノート、洗面用具、着替え、下着...。
参考書に挟んでおいた有効期限が1年後の航空チケット。
『1年待てるか?』と義兄さんは言った。
1年後の有効期限が印字されたチケットと、今日の義兄さんの言葉はリンクしているのだろうか?
チケットをくれた時のニュアンスは、一緒に旅行しようといった気軽なものに聞こえた。
でも、今日の台詞はもっと切迫した空気を感じとっていた。
疲れがにじみ出た顔に、瞳だけが熱っぽく潤んでいた。
義兄さんの中で、何か心境の変化があったのかな。
不安のお化けになってしまった僕を見て、安心させようと口走ってしまった言葉なのかな。
でも...気休めの、その場しのぎの言葉には思えなかった。
義兄さんは真剣で真面目だった。
これから1年以内に、大きな変化が僕らに訪れるのだろうな。
耐えられるものなのかな?
余韻に浸るため息をついたばかりなのに、期待と不安が混ぜこぜになったもので息苦しい。
『義兄と義弟でいて欲しい』
『当面1年は、行動を慎もう』という意味なのだろうな。
義兄さんと僕は幸いなことに男同士だ。
彼の部屋を出入りするところを目撃されても、疑いをもたれる可能性は低いのにな。
姉さんは義兄さんの浮気を疑っている風だった。
相手が僕だなんて、夢にも思わないだろう。
でも、大人の世界は分からない。
姉さんに疑われてしまう程に、義兄さんの仕草や口調、行動に、僕らの関係の影響が及んでいたんだ。
そこに僕への愛情の深さを感じとることができて、笑みがこぼれてしまった。
「ふふっ...」
じんじんと熱く疼く僕の後ろ。
何の用意なしに行為に及んだせいで僕のそこは傷つき、帰りの列車のシートが辛かった。
うん、頑張れる。
頑張ろう。
義兄さんの『1年待て』の言葉と、彼のものが僕の中を満たしてくれて、これからの1年を頑張れそうだ。
1年以内に姉さんと別れる...僕はそう受け取った。
『離婚』の言葉はひと言も出なかったけれど、義兄さんの口ぶりでは、つまりそういうことなんだろうな。
「よし」
中断していた荷解きにとりかかる。
そこには義兄さんに買ってもらったトレーナーはない。
X氏の部屋に置き忘れたトレーナーは諦めよう。
二度と会いたくなかった。
二度とX氏とセックスしたくない!
義兄さんは僕の持ち物に細かく注意を払う人じゃない。
これまでも、「あの時のトレーナーは着てくれないんだ?」と言われなかったんだ。
大丈夫だ。
バッグの底に押し込まれた紙袋の...渡せずじまいだったもの...しわを伸ばした。
あと2、3日もすれば、義兄さんは戻ってくる。
その時に渡そう。
「あ...そっか...」
今頃義兄さんは、姉さんと過ごしている。
つーんとさしこむような胸の痛みに、僕の顔はゆがむ。
イベントは何時に終わるんだろう。
帰ってしまわず、2人に鬱陶しがられてもあの場に残って、彼らを2人きりにさせないようにすればよかった。
それができるほど、強引で我が儘な人物になりきれない自分がいた。
夕食時間を過ぎた頃の現在時刻、2人は部屋にいるだろう。
久しぶりに会った夫婦...何をするのか想像するだけで苦しい。
これまで意識しないように、具体的に考えないようにしてきたこと。
『義兄さんは僕を抱くようになってからも、姉さんを抱くこともあったの?』
結婚した人たちがどれくらいの頻度で、セックスするのか僕には分からない。
子供を作る時だけにするものなんだろうな、多分。
「...あ」
義兄さんと姉さんは、子供を作るのだろうか?
結婚してるんだもの、子供は欲しいよね。
子供が欲しいから結婚するんだよね。
気づけば僕は紙袋を握りしめていた。
嫌だ...そんなの...。
結婚している人と付き合うとは...。
気が遠くなるほど1年は長い。
1年後の僕は18歳になっている。
僕ができることとは沢山勉強をして、義兄さんとの秘密の関係を隠し通すことの2つだ。
義兄さんの出方次第で、全てが決まる。
...結局のところ、僕は待ち続けるしかないのだ。
耐えられるかな。
「チャンミン?」
母さんがドアから顔を出している。
ノックの音に気付かなかったようだ。
「何?」
僕は不機嫌さを隠さず答えた。
「チャンミンに電話よ」
「僕に?」
スマホじゃなくて、自宅の固定電話にかけてくる者が全然、思いつかない。
誰なんだろう?
「ユノさんよ」
「え!?」
思いがけない出来事で、僕の思考は一瞬止まった。
(つづく)
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