義弟(72)

 

 

~チャンミン17歳~

 

 

1日早い僕の帰宅に母さんは当然、驚いた。

 

僕は素っ気なく「暇だったから」と、ボソッとつぶやいた。

 

「Bに会ったでしょう?

どう?

元気にしてた?」

 

姉さんの名前が出た時、脱いだスニーカーを揃える手が止まってしまった。

 

「...元気だったよ。

ご飯を一緒に食べた。

また旅行に行ってたんだって」

 

『また』の部分に、僕の悪意がこもっていた。

 

「またなのね。

あっちこっち出かけてばかりで...。

あの子ったら、ユノさんが大らかだってことに甘えて...」

 

「すごい服を着てたよ。

なんとか、っていうブランドの」

 

...ブランド名なんて分からない...分かっていたのは、僕のTシャツが何十枚も買えるくらいの値段だってこと。

 

「贅沢好きになってしまって...。

困った子だわ」

 

母さんの言葉に、少しだけ気持ちがすっきりした。

 

姉さんの存在が重くのしかかるようになってから、僕はとても嫌な人間になってきたようだ。

 

姉さんを悪者にしようとしている。

 

「夕飯は?」

 

「いらない」

 

姉さんの話題のせいでモヤモヤが大きく膨れ上がり、食欲がなくなってしまったのだ。

 

僕は2階へと階段を駆け上がった。

 

ベッドにうつ伏せになり、姉さんのことを頭から追い出そうと、義兄さんを想った。

 

重苦しさが消えていく。

 

「はあ...」

 

ついて出たのは満ち足りたため息。

 

僕の中をかき回した、義兄さんのあれの余韻に浸った。

 

うとうとしかけてしまいハッと飛び起き、荷解きに取りかかった。

 

参考書、ノート、洗面用具、着替え、下着...。

 

参考書に挟んでおいた有効期限が1年後の航空チケット。

 

『1年待てるか?』と義兄さんは言った。

 

1年後の有効期限が印字されたチケットと、今日の義兄さんの言葉はリンクしているのだろうか?

 

チケットをくれた時のニュアンスは、一緒に旅行しようといった気軽なものに聞こえた。

 

でも、今日の台詞はもっと切迫した空気を感じとっていた。

 

疲れがにじみ出た顔に、瞳だけが熱っぽく潤んでいた。

 

義兄さんの中で、何か心境の変化があったのかな。

 

不安のお化けになってしまった僕を見て、安心させようと口走ってしまった言葉なのかな。

 

でも...気休めの、その場しのぎの言葉には思えなかった。

 

義兄さんは真剣で真面目だった。

 

これから1年以内に、大きな変化が僕らに訪れるのだろうな。

 

耐えられるものなのかな?

 

余韻に浸るため息をついたばかりなのに、期待と不安が混ぜこぜになったもので息苦しい。

 

『義兄と義弟でいて欲しい』

 

「当面1年は、行動を慎もう」という意味なのだろうな。

 

義兄さんと僕は幸いなことに同性同士だから、彼の部屋を出入りするところを目撃されても、疑いをもたれる可能性は低いのにな。

 

姉さんは義兄さんの浮気を疑っている風だった。

 

相手が僕だなんて、夢にも思わないだろう。

 

大人の世界は分からない。

 

姉さんに疑われてしまう程に、義兄さんの仕草や口調、行動に、僕らの関係の影響が及んでいたんだ。

 

そこに僕への愛情の深さを感じとることができて、笑みがこぼれてしまった。

 

「ふふっ...」

 

じんじんと熱く疼く僕の後ろ。

 

何の用意なしに行為に及んだせいで僕のそこは傷つき、帰りの列車のシートが辛かった。

 

うん、頑張れる。

 

頑張ろう。

 

義兄さんの『1年待て』の言葉と、彼のものが僕の中を満たしてくれて、これからの1年を頑張れそうだ。

 

1年以内に姉さんと別れる...僕はそう受け取った。

 

『離婚』の言葉はひと言も出なかったけれど、義兄さんの口ぶりでは、つまりそういうことなんだろうな。

 

「よし」

 

中断していた荷解きにとりかかる。

 

そこには義兄さんに買ってもらったトレーナーはない。

 

X氏の部屋に置き忘れたトレーナーは諦めよう。

 

二度と会いたくなかった。

 

二度とX氏とセックスなんてしたくなかった。

 

義兄さんは僕の持ち物に細かく注意を払う人じゃない。

 

これまでも、「あの時のトレーナーは着てくれないんだ?」と言われなかったんだし。

 

バッグの底に押し込まれた紙袋のしわを伸ばした。

 

あと2、3日もすれば、義兄さんは戻ってくる。

 

その時に渡そう。

 

「あ...」

 

今頃義兄さんは、姉さんと過ごしている。

 

つーんとさしこむような胸の痛みに、僕の顔はゆがむ。

 

イベントは何時に終わるんだろう。

 

帰ってしまわず、2人に鬱陶しがられてもあの場に残って、彼らを2人きりにさせないようにすればよかった。

 

それができるほど、強引で我が儘な人物になりきれない自分がいた。

 

夕食時間を過ぎた頃の現在時刻、2人は部屋にいるだろう。

 

久しぶりに会った夫婦...何をするのか想像するだけで苦しい。

 

これまで意識しないように、具体的に考えないようにしてきたこと。

 

『義兄さんは僕を抱くようになってからも、姉さんを抱くこともあったの?』

 

結婚した人たちがどれくらいの頻度で、セックスするのか僕には分からない。

 

子供を作る時だけにするものなんだろうな、多分。

 

「...あ」

 

義兄さんと姉さんは、子供を作るのだろうか?

 

結婚してるんだもの、子供は欲しいよね。

 

子供が欲しいから結婚するんだよね。

 

気づけば僕は紙袋を握りしめていた。

 

嫌だ...そんなの...。

 

結婚している人と付き合うとは...。

 

気が遠くなるほど1年は長い。

 

1年後の僕は18歳になっている。

 

僕ができることとは、沢山勉強をして、義兄さんとの秘密の関係を隠し通すことの2つだ。

 

義兄さんの出方次第で、全てが決まる。

 

...結局のところ、僕は待ち続けるしかないのだ。

 

耐えられるかな。

 

 

 

「チャンミン?」

 

母さんがドアから顔を出している。

 

ノックの音に気付かなかったようだ。

 

「何?」

 

僕は不機嫌さを隠さず答えた。

 

「チャンミンに電話よ」

 

「僕に?」

 

スマホじゃなくて、自宅の固定電話にかけてくる者が全然、思いつかない。

 

誰なんだろう?

 

「ユノさんよ」

 

「え!?」

 

思いがけない出来事で、僕の思考は止まってしまった。

 

 

(つづく)

 

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