義弟(74)

 

~ユノ34歳~

 

Bは「...そう」と、つぶやいただけだった。

 

ため息も俺に聞かせるものじゃなく、大きく上下したBの肩でそれと分かるものだった。

 

涙をこぼすでもなく、「どうして!?」と責めもしなかった。

 

Bは無表情だった。

 

俺は、といえば、断固とした意志と詫びの意思を込めて、Bから目を反らさなかった。

 

「行きましょう」

 

先ほどまでの重苦しい空気を断ち切るように、Bは立ち上がった。

 

そして、俺の手をひいて部屋へと向かう。

 

「どうした?」

 

ここでも気付かないふりをした。

 

「旅行の土産か?」

 

「避妊はちゃんとするから」

 

その言葉が嫌味に聞こえないことに、苦しくなった。

 

最後に抱いたのはいつだったか...。

 

1か月前...いや、3週間前だ。

 

イベント会場に向かう日の朝だった。

 

上の空だった。

 

Bが可哀想だった。

 

ここで拒んだら、Bのプライドをずたずたにしてしまう。

 

Bは俺の答えを最初から予想していたのかもしれない。

 

 

ことの後、白く華奢な肩を見せてBは眠ってしまった。

 

チャンミンを抱いた日に、妻を抱く。

 

萎えることなく、Bの丹念な愛撫に反応した。

 

チャンミンの中を荒したもので、妻の内部を埋めた。

 

俺はなんと、卑しい男なんだ。

 

女も男も抱くことができる男。

 

妻もその弟とも関係をもつことができる男。

 

彼女を起こさないようベッドを抜け出した。

 

眠るBの耳元で「仕事の電話が入った」と...「一人になりたいわけでも、誰かに会いにいくわけじゃないよ」の意味をこめて...囁いた。

 

後で「どこに行っていたの?」と咎められても、

「寝てたから聞こえなかったのかな?

仕事関係で連絡をいれたいところがあったんだ」と、堂々と言い訳できる。

 

スマホを取って部屋を出た。

 

エレベータホールに置かれた肘掛け椅子に腰かけた。

 

脚を組み、素足に履いたスリッパを揺らし、スマホを耳に当てた。

 

パタパタとスリッパを叩く自身の裸足のかかとを見ていたら、靴下だけを残して服を脱いでしまったチャンミンを思い出した。

 

鍵がかかっていたとはいえ、公共の場で...。

 

交わる時、チャンミンは着衣を好まない。

 

全て脱いでしまう。

 

昼間の時は靴下を脱ぎ忘れるほど、切羽詰まっていたのか。

 

網ストッキングの男娼の絵画も、制作途中で仕舞われたままだ。

 

「ふう...」

 

声を聞きたい相手はもちろん、チャンミンだ。

 

愛撫もなし、後ろから貫くだけの、繋がることだけが目的の行為だった。

 

フォローの言葉をかけてやらないと。

 

ところが、呼び出し音が1コールも鳴る間もなく、『おかけになった電話は...』とのアナウンスだ。

 

昨日の昼間を思い出した。

 

スマホのバッテリーが落ちているのか...、まさか、X氏に捕まっていることはないはずだ。

 

X氏はイベント終了まで会場にいた。

 

チャンミンが帰りの電車に乗ったのかは、見送ることもできなかった俺は確認していない。

 

帰り道ふと思い立ち、あてずっぽうで降り立った町で一泊しているとは思えない。

 

俺だったらやりかねない行動でも、チャンミンは計画無しの行動をとるような子じゃない。

 

とっくの前に帰宅してる頃だ、チャンミンの自宅の固定電話をタップした。

 

『まあ、ユノさん?』

 

陽気で朗らかなチャンミンの母親の声。

 

「チャンミンは?帰ってますか?」

 

挨拶もそこそこに...でも、気が急いた感は抑えて、穏やかな声音を意識して訊ねた。

 

『ええ。

突然帰ってくるから、びっくりしたわ。

ごめんなさいね、チャンミンの面倒を見て下さって。

お邪魔じゃなかったかしら』

 

「こちらこそ、相手をしてやれなくて申し訳なかったです」

 

『疲れて寝てるかもしれないわね』

 

「そうですか...。

起こしてしまっても可哀想ですから...これで」

 

チャンミンが無事、帰宅していることを確認できただけで十分だった。

 

休ませてあげたかった。

 

この3日間、17歳のチャンミンが経験するには重く辛いことだらけだった。

 

通話を切ろうとしたが、義母さんは電話の向こうでチャンミンの名を呼んでいる。

 

階段を上りながら、「チャンミ~ン」と。

 


 

 

~チャンミン17歳~

 

母さんから子機をもぎ取り、彼女が立ち去るまでジリジリと待った。

 

「...義兄さん?

どうして?」

 

『スマホにかけても繋がらないから』

 

「うそっ」

 

ポケットから取り出したスマホは、バッテーリー不足で電源が落ちていた。

 

「...電源が切れてました」

 

『ふぅ...』

 

義兄さんの低いため息が、受話口を震わせた。

 

まるで僕の耳穴が、義兄さんの吐息がくすぐられたみたいに、ぞくりとした。

 

『昨日も電話が繋がらなくて、生きた心地がしなかった...』

 

X氏の部屋に居た時も、スマホが使い物になっていなかった。

 

僕は義兄さんに心配をかけてばかりだ。

 

「すみません...」

 

『無事に家に帰っていたようで安心したよ』

 

「僕に...何か?」

 

素っ気ない言い方になってしまう自分。

 

嬉しさで胸がドキドキしてるのに、義兄さんを前にするとひねくれ者になってしまうのだ。

 

かわりばんこに受話器を持ち替えて、汗がにじんた手の平を太ももで拭った。

 

背筋を伸ばして、義兄さんの言葉に集中し、反面、僕は彼に話したい言葉が見つからない。

 

突然の電話に、僕は嬉しさのパニックに陥っていたからだ。

 

『声が聞きたかっただけだ』

 

身体の芯がきゅっと痺れた。

 

「...はい」

 

やっとのことで、絞り出した「はい」だった。

 

『俺を信じて、な?』

 

「はい」

 

嬉しくて嬉しくて...嬉しくて。

 

『次の週末、近場にドライブに行こうか?』

 

「はい」

 

僕は泣き虫だ。

 

子機を返しに階下に下りるまで、30分が必要だった。

 

(つづく)

 

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