ー15年前の5月某日ー
休講になる。
ぽっかり空いた午後。
気温27度。
湿度45%。
晴れ。
ユノは何をしているかなぁ。
真っ先にユノのことが思い浮かんだ。
空を見上げて歩いていたから、車止めにつまづいて転んでしまった。
手の平を擦りむいた。
胸の奥に何かが詰まっているような感じは相変わらずだ。
その鈍痛よりも、手の平の擦り傷がズキズキ痛む方がマシだと思った。
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(※ユノがその場に居合わせたら、こう言うだろう。
傷にふうふう息を吹きかける僕に、
「今どきの治療法は傷を乾かさない方がいいそうだぞ。
なんでかって言うとな、自分の身体から出る汁に秘密があるらしい...うんぬんかんぬん」)
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帰宅したら、ファンクラブ会報誌が届いていた。
封筒を開ける指が震えていた。
『CC、再始動!
Newアルバムの制作秘話と思いを、ファンクラブの皆さんだけに語ります』
昨年の10月以降、CCは活動らしい活動をしてこなかった。
プライベートを充実させたからお仕事に戻りましょう、って?
『デビュー以来、これほど長期の休暇をいただいたのは初めてでした。
リフレッシュし、新たな力を得たこれからの僕を見てください...うんぬんかんぬん』
日焼けしたCCの写真を見つめる。
-夫夫で南の島にでも行ってきたんだろう?
『...初めて作詞に挑戦しました。
僕の愛の形をファンの皆さんにお届けしたく...うんぬんかんぬん』
ーふざけるな。
どうせ、誰かさんを想って描いた曲なんだろう?
他人のラブレターなんて読みたくない。
これ以上読んでいられなくなって、くしゃくしゃに破って捨てようかと思った。
『リリース記念。
握手会、抽選で〇〇名様ご招待!』
この一文に、僕の心臓はバクバクだ。
CCに会える。
何枚買えばいいかな?
10枚?
20枚?
30枚?
でもさ、冷静に考えろ。
奥さんに触れた手で握手したいのか、チャンミン?
握手したいから欲しくもないCDを買うのか?
CCの曲が聴きたいのか?
どっちだ?
・
CCから気持ちが離れてきたことに喜んだ束の間、あっさりと引き戻されてしまった僕。
僕のハートに根付いたCCはしぶとい。
決定的なネタを前にしたのに、スパッと諦めきれていない僕。
CCの物はほとんど捨ててしまったのに、気持ちだけは思い通りにコントロールできない。
半年以上経つのに、CCに関するニュースは、僕を動揺させる。
こんな自分がい、や、だ!
二度と顔を合わせる機会がない相手なら、忘れるまでの時間も短縮できたかもしれない。
あいにくCCは、これからも十分売ってゆける芸能人だ。
慎重にテレビやラジオを避けていても、街中の広告などでうっかり目にしてしまいそうだ。
店内BGMで、CCの曲を聴いてしまうかもしれないし、不意打ちに...例えば、信号や次の電車を待つ僕の後ろで、CCの話題で盛り上がる人々がいるかもしれない。
僕が完全に忘れてしまうまで、CCなんて無人島にでも行ってくれたらいいのに...。
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【封筒の中身】
・会報誌
・ポストカード
(CCのサインが印刷されている)
・年会費振込用紙
(ファンクラブの有効期限が迫っている)
ファンクラブは更新しない!!
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(※今だからわかること。
お知らせが来ると、Caution Cautionの赤ランプが点滅して、平静でいられなくなるのは、クセに近いものだ。
長らく何度も繰り返されて条件反射のようなものだ。
CCのことを色濃く引きずっているせいで敏感に反応してしまったと、20歳の僕は思い込んでいる。
堂々と「CCが好きだ」と言っている反面、ユノのことはあいまいなままだ。
ユノのことにほとんど触れていないこの日記。
僕らの将来を知っているから、当時の僕の心境はバレバレだ。
答えを出すまでに時間がかかる僕。
答えが出ているのに、気付かないフリも上手い。
アイドル相手の恋であの熱量。
恋の相手が生身の存在になった暁には...!?
その分、その気になった時の僕は凄いのだ)