「......」
目をぱちくりさせる僕に、アオ君は自身の顔を指さし「似てるでしょ?」を繰り返した。
ドッキリ作戦は継続中らしく、2人は真面目な表情を崩さない。
僕は険しい顔でアオ君と夫を交互に見る。
「ユノも...いい加減にしてよ。
アオ君が10歳とかだったら、『ユノの隠し子』を疑ったかもだけどさ、
僕らはアラサー、アオ君は高校生、僕らは男。
僕を騙すなら、もっと練った嘘をついてよ」
僕に睨みつけられても、夫には笑いをこらえている様子がない点が気に入らない。
口を引き結び、あいも変わらずシリアスな表情をしている。
「今日はエイプリルフールだっけ?
嘘が下手過ぎる。
前ついた嘘の仕返しなの?」
実は、過去にお互いについた嘘がリアル過ぎて、大泣きしたエイプリルフールの年があったのだ。
・
僕から夫へは、こんな嘘をついた。
『男性でも妊娠可能にする研究開発が進んでいる。
その薬剤の治験に協力願えないか、と連絡があった。
手術も必要みたいだけど、僕頑張ってみるよ』
僕からの電話を受け、なんと夫は仕事を早退してきたのだ。
その時の喜びに溢れた笑顔を前にして、僕は『うっそだよ~ん、今日は何の日だ?』なんて、すぐには言い出せなかった。
やっぱり夫は子供が欲しいんだな、と、産めない自分が悔しかった。
その夜、あれは真っ赤な嘘だと伝えたら、『あり得ない話なのに信じてしまうなんて、俺は馬鹿だな』と、夫は泣きだしてしまった。
深く反省した僕は、心の奥底に隠しているウィークポイントを...ほんの一突きで出血してしまう程やわらかな箇所を暴くような嘘は二度とつかないと心に決めたのだ。
・
~夫の夫~
その年の俺は、『インポになってしまった』という嘘を用意した。
それを丸ごと信じた夫は、専門書を買い込み、医師の見解を求めて病院巡りをしていた。
・
~僕~
あの時の恨みをまだ引きずっていて、何年後しかの仕返ししようとアオ君と結託したのでは?と疑った。
「...チャンミン、アオ君の言うことは本当なんだ」
「ガチな話です」
2人は固唾をのんで、僕の反応をうかがっている。
「......」
僕の中にふと、こんな案が浮かんだ。
『信じたフリをして2人をからかい返そうか?』
からかうのは僕の番だ。
アオ君のとんでも話を信じたフリをすることにした。
「確かにアオ君はユノに似てるしね」
「だろ?
だから僕は正真正銘、ユノさんとチャンミンの間に生まれた子だ」
と、言い切るアオ君の言葉に、僕は「分かったよ」と頷いた。
「アオ君の話をひとまず受け入れるよ。
だから、もっと詳しく教えてくれないかな?」
「え...信じてくれたの?」と、アオ君は顔を輝かせた。
「うん」
「チャンミン?」
夫の方は、突如態度を変えた僕を信じられないとばかりに、僕の二の腕をつかみ顔を覗き込んだ。
「だってさ、アオ君もユノもマジな顔しちゃってるからさ。
信じるしかないじゃない。
僕はさ、これでも小説家だからね、頭が柔らかいの。
世界は不思議に満ちている」
訝しげな夫に、「ね?」と首を傾げてみせた。
「僕も一度だけ『オメガバース』設定で小説を書いたことがあるんだ。
アオ君はオメガバースって知ってる?
ユノは知ってるよね」
「知らない」と首を振るアオ君に、『オメガバース』について簡単に説明をした(ストーリーのアイデア出しをした為、夫は当然知っている)
「オメガバース...。
へぇ、そんな世界があるんですね」
「あるよ。
ただし、物語の世界だけどね。
でも、この世に起こってもおかしくないよ。
それで...僕が『産む』側なんでしょ?」
「うん。
僕はチャンミンの股から生まれた」
「やっぱり僕はそっち側なのね」と、僕はため息をついた。
僕は、「マジで信じたの?」と笑われる時を待っていた。
ところが一向にその時は訪れない。
騙されやすい僕を知っているから、今回もうまく騙せたと内心ほくそんでいるかと想像していたのに...。
信じたフリをしたことに、まだ気付いていないのだろうか。
「アオ君の話が本当ならば、アオ君はどこから来たの?
...例えばえーっと...『未来』からとか?」
「あくまでもそれは、小説や映画の世界の話だけどね」と心の中で付け加えた。
「未来?
違うよ」
アオ君は僕の問いを否定した。
やっぱり、さっき頭をかすめた可能性...アオ君はちょっと頭がおかしい子かもしれない...が真実味を帯びてきた。
例えば、宇宙人の陰謀説を信じるような。
そして、夫はアオ君の妄想に付き合っているだけかもしれない。
「違うの?」
「僕が未来から?
まさか!
この世界にいる限りチャンミンはユノさんの子を産むことはできないよ」
「未来じゃないなら、どこから?」
僕らのベンチ真上に設置されたスピーカーから、BGM(僕らが学生時代のヒットソング)が流されていた。
そのボリュームが低くなったかと思うと、迷子を知らせるアナウンス放送があった。
気付けば、柵沿いに並ぶベンチは満席になっていた。
アトラクションに散っていた客たちが、ランチタイムを迎えてわらわらと集結したのだろう。
園が誇るアトラクションの数と、広大な敷地のおかげで、平日であってもそれなりの集客はあるようだ。
『毎週水曜日はFAMILYデー。小学生以下のお子様は無料』との案内を夫の肩ごしの電柱に発見し、確かに子供連れが多いなぁと、今さらながら気付いたのだった。
僕は重箱を膝に抱えて、すとんとベンチに座り直した。
平日の遊園地。
日差しは眩しく暖かいけれど、風は冷たい。
チェック柄の赤い水筒。
迷子の特徴を繰り返すアナウンス放送。
ペンキを塗り直して間もない、原色鮮やかなベンチ。
有給休暇。
ありふれた光景なのに、普通とは言い難い。
同性カップルと素性があやふやな高校生が、平日の遊園地に遊びに来ている。
そして、あり得ないバカげた話を、さもあり得る話として扱っていた。
「それならば、アオ君はどこから来たの?」
アオ君はベンチに座り直すと、僕の方へと身体の向きを変えた。
僕とアオ君は間近で見つめ合った。
(あ......!)
納得した。
アオ君の顔立ちは強い印象を与えるものではない。
知り合ってすぐにアオ君と馴染めたのは、彼が漂わせる何かのおかげなんだろうと思っていた。
どこか懐かしい空気を、アオ君から感じ取っていた。
当時は説明できなかった『何か』の答えを見つけた気がした。
...アオ君の中に『僕』がいた。
そういう目で見ると、アオ君は僕に似ていた。
瞳の色や額の形、引き結ばれた唇。
見慣れた自分の顔だったから、気付けなかったのだ。
(嘘でしょ)
鼻の形、まぶたの形、色白の肌。
アオ君の中に『夫』もいた。
信じてもいいのかな...という考えに支配されかけ、頭がぼうっとした。
「う~~~ん...」
僕は頭を抱えてしまった。
(つづく)