~夫の夫~
夫は軽い気持ちで発したジョークも真に受けてしまう男だ。
いけないと思いつつも、彼の百面相を見たくてからかい過ぎてしまう。
俺はアオ君の話...アオ君は俺と夫との間に生まれた子...を信じることにした。
「妄想の世界に付き合ってやるか」という偉そうな態度で 全くないわけではなかったが。
男と男の間に子供が誕生することは、難しい。
もし、実験段階では技術的に可能だとしても、庶民の俺たちには縁のない話だ。
(もっと現実的な可能性として代理母の線があるが、アオ君曰く、俺と夫の遺伝子を受け継いでいるそうだから、これも当てはまらない)
いかにバカげた話なのか、夢物語アオ君の頭がおかしい 真相をつきとめようと動くこともできた。
アオ君は、自分自身が信じていること、正しいことを口にしているだけだ。
他人からは妄想話にしか聞こえないストーリーも、当人にしてみたら、その世界は真実なのだ。
重要なのは、『アオ君は嘘をついていない』こと。
これに尽きる。
・
ブランコに揺られながら話をきくには、夜の公園は寒すぎた。
アオ君の腹が空腹の音をたてたので、どこかレストランでも入ろうか?と誘ったが、彼は首を振った。
「住むところは確保してあるのです」
「そうなの!?」
俺と夫の住まいを把握したうえで、ここにやってきたというのだろうか?
会うことが出来て満足...それでおしまいのつもりではなさそうだ。
「僕の部屋で話をさせてください」
「わかった」と快諾した俺は、22時を過ぎているのを腕時計の針で知り、「遅くなる」と夫へメッセージを送った。
(このところ残業続きだったから、遅い帰宅に心配はしていないと思われる。今頃手酌で酒を飲んでいい気分になっていそうだ)
俺たちはコンビニエンスストアで食料を調達することにした。
そこで俺は、店の窓ガラスに映り込んだ俺たちの姿に息をのみ、結果アオ君の話の信ぴょう性は増したのだった。
「場所を確認させてください」と、アオ君はポケットからスマートフォンを取り出した。
画面には地図が表示されている。
スマートフォンを操作するアオ君の様子だと、彼はこちらに越してきて間もないらしい。
アオ君の住まいはアパートメント2階の1室で、驚くことにこの部屋に入るのは今が初めてだという。
これでアオ君が薄着だったことの説明がついた。
俺が最初に抱いた、ぬくぬくとした環境からポンと、この世に放り込まれたようなイメージそのままだったのだ。
アオ君の足取りは迷いがない。
メルヘンチックな外観は住宅街に浮いていていたが、未知の少年の住まいとして相応しかった。
住民たちは寝静まっているのか、どの部屋も真っ暗で、加えて外灯の明かりは乏しく、外階段のステップに置かれた小人の置物を蹴飛ばしそうになった。
家具に無いガランとした部屋は寒々としていて、小さな電気ストーブにかじりつき、調達した食料を口に運びながら、俺はアオ君の話を聞いた。
理解が追い付かず、途中で質問を挟みながらの話だったため、1時間以上かかってしまった。
そして、俺はアオ君を夫夫の日常に迎え入れることに決めた。
「ユノさん、ありがとうございます。
あの...ユノさんって呼んでもいいですよね?」
「ああ。
『お父さん』、じゃ変だからな」
「ふっ。
『ユノさん』と呼ぶのは変な感じがします」
「あ、今の!
チャンミンに似てる」
夫の笑い方にそっくりだったのだ。
「そりゃそうですよ。
僕の目からだとユノさんとどこが似ているかは、自分からは分かりませんが、第3者の目からは見つけることはできるでしょうね」
「そういうもんだよな」
俺がアオ君の面立ちから、夫の面影を発見できたのもそうだ。
「チャンミンさんの写真を見せてください」と。
俺はスマートフォンを操作し、膨大なストックの中からいい感じに撮れているものをチョイスしてアオ君に見せてやった(馬鹿写真や惚気写真など、人には絶対に見られたくないものがあるから)
「わぁ...。
そのまんまですね」
「本人だから、当たり前だろう?」
「そうですけど...へぇ。
チャンミンさん、平和そうな顔をしてますね」
「ははは。
気難しいところも多いけど」
「他に写真はないのですか?」
アオ君は画面を横にスワイプするものだから、俺は大慌てだ。
「それは駄目だ!」
「ほおお~。
裸エプロンですか...。
えっろ」
アオ君は「えっろ、えっろ」を繰り返すものだから、俺の全身は火を噴きそうに熱くなった。
何かの賭けに負けた俺が、罰ゲームとして裸エプロンになった時の写真だ。
「ま、まぁ...これはだな。
いろいろあって、ちょっとふざけてみただけだ」
「仲がよろしいことで」と、細めたアオ君の目が夫とそっくりだった。
アオ君の目は、すっきりとした切れ長のラインを描いているが、笑うと涙袋が盛り上がるところが、夫と似ていた。
「アオ君のご両親の写真も見せてよ」意外にもアオ君は首を振った。
「後からのお楽しみです。
チャンミンさんと一緒の時に見せてあげます」
「分かった。
なぁ。
そういえば、気付いたことがあるんだが...。
それ」
と、俺はアオ君の傍らに置かれたスマートフォンを指した。
「俺たちが使っているものと、それほど変わらないね。
こっちに来てから調達したの?」
もっと違ったデザインや性能のものを想像していたから、不思議に思っていたのだ。
「いいえ。
元から使ってるものです。
僕の話をよ~く理解してください。
僕は宇宙船が飛び交うような世界から来たのではないのですよ?」
「...そうだったね、うん」
アオ君の話は複雑過ぎて、理解しようとすると頭がこんがらがってしまうのだ。
「理解できなくても構いません。
僕だって理解できていないんです。
とにかく、僕はユノさんたちに会いたかった。
シンプルに考えて下さい」
「分かった」
難しいことを考えるのは止めにしよう。
アオ君と過ごすうち、そしてそこに夫も加わったら、おいおいとからくりが分かってくるだろう。
・
早く夫に会いたがるアオ君を、俺は止めた。
細やかなあれこれを大切に生きている夫は感受性が高く、とじこもり気味の日々を送っている為、アオ君の登場は刺激が強すぎる。
感情移入しやすい夫には直ぐには会わせられない、と思ったからだ。
必ず夫はアオ君にのめり込む。
年下の友人以上の愛情を、アオ君に抱くに違いない。
どのタイミングでアオ君の存在を知らせてやればいいか、しばらく考えていた。
夫の驚く顔を想像してみると、ワクワクするのと同時に胸が切なく痛んだ。
・
衣食住のサービスが手厚い寮生活が長かったこともあり、アオ君の生活能力は低かった。
必然的に俺が世話することになった。
その過程で夫から浮気を疑われるとは!
尾行されるとは!
仕方がないか。
たびたび外出する俺は不信過ぎるし、嘘も適当過ぎた。
夫を甘く見たらいけない。
俺が隙だらけなだけか?
まぁ、どちらでもいいや。
いくら鋭い夫とはいえ、俺の逢瀬の相手がまさか息子だとは、想像もしなかっただろう。
アオ君のアパートに乗り込んできた時の夫の顔ときたら!
鬼の形相だった。
のちに笑い話のひとつになるだろう。
・
アオ君はどこから来たのか?
なぜアオ君はここにやってきたのか?
場所については、分かったような分からないような理解度だ。
そして、理由については『両親から離れたかった、ひとりで考えたかった』としか聞かされていない。
俺だけじゃなく、夫も知らなければならない。
「ユノさんはチャンミンさんのことを分かってるんですね」
「俺の毎日は、あいつを観察することなんだ。
知らないでいる期間が長いほどいいんだ。
それに、君がこっちにやってきた詳しい理由は夫と一緒に聞きたいんだ」
「分かりました。
チャンミンさんにバラすベストなタイミングをみておきますよ」
なぜ俺が、夫がアオ君にのめり込むことを恐れたのか?
アオ君が俺たちの前に姿を現した真相を知った時、それはアオ君との別れの時でもある。
夫は俺以上に寂しがるだろう。
その別れはバッドエンドではなく、真の意味でハッピーなことだけれど、夫の涙を想像するとやはり、胸が痛む。
(つづく)
[maxbutton id=”23″ ]