(31)僕らが一緒にいる理由

 

夫への贈り物は彼の目に留まらないようお弁当のバッグではなく、リュックサックに入れてきていた。

 

アオ君は、隣の席に置いていた僕のリュクサックを、テーブルの下越しにとって寄こした。

 

話が見えない夫は「渡すって何のこと?」と訊ねた。

 

そして、夫に背を向けてリュックサックをゴソゴソ漁っている僕の手元を、覗き込もうとした。

 

「待って待って」

 

僕は取り出したそれをテーブルに置き、すっと夫の前へと滑らせた。

 

「?」

 

「これ...ユノへのプレゼント」

 

黒水晶の色に合わせて、ラッピング用紙もリボンも黒を選択した。

 

「俺に...?

何のお祝い?」

 

「う、うん」

 

僕は照れくさくて夫の顔を見られず、アイスコーヒーに視線を落としたまま頷いた。

 

夫への贈り物は、前にも言ったけれどこれが初めてではない。

 

ささやかなものから背伸びして奮発したものまで、贈り合ってきた。

 

僕ら二人だけの暮らしは単調になりがちで、2年前と3年前との区別がつかなくなるからだ。

 

でも、今回の贈り物は胸がくすぐったくて、頬がかっかと熱い。

 

...多分、アオ君が見ている前だからだと思う。

 

僕はもじもじと、おしぼりをくるくると丸めた。

 

「原稿料が思った以上に貰えたから。

日頃の感謝の気持ちをこめて...みた」

 

「感謝?

わざわざいいのに...」

 

僕は夫の二の腕を揺さぶった。

 

「いいから、早く開けて!」

 

夫は僕に急かされてリボンを解き、ラッピング用紙の中から現れた箱を見て「アクセサリー?」と訊いた。

 

「うん」

 

箱の蓋を開けると、アオ君と一緒に選んだ1点もののピアスが現れた。

 

「かっこいいじゃん。

ありがとう」

 

夫はピアスの一方を指でつまみ、眼の高さに掲げた。

 

「でしょ?」

 

それは、太めのカフス型で、耳たぶの裏側辺りに漆黒の石がはめ込まれている。

 

「凝ってるね。

これは何ていう宝石?」

 

「水晶だって」

 

「イニシャルもあるじゃん」

 

「うん。

『Y&C』

ベタだけどいいよね?

ほら、付けてみて!」

 

「今?

最近ピアスしていないからなぁ...恥ずかしいなぁ」

 

僕とアオ君にせがまれた夫は苦笑しつつ、慣れた手つきで贈られたばかりのアクセサリーを身につけた。

 

「ちょい悪な感じがいいね」

 

僕は身を引いて夫を眺め、いつになってもカッコいい彼に誇らしい気持ちになった。

 

「どうアオ君、似合ってるよね?」と、夫の耳たぶからアオ君へと視線を向けた。

 

アオ君は顔を斜めに傾け、自身の耳たぶ...安全ピン型のピアス...を指さした。

 

「?」

 

「何を見せたいんだろう?」と僕と夫が見つめる前で、アオ君は装着していたピアスを外した。

 

アオ君のピアスホールは案外大きかった。

 

ポケットから取り出したものは指輪のように見えたが、耳に装着し始めたためそれがピアスだと分かった。

 

シンプルデザインのピアスが、アオ君の耳を飾っている。

 

それは初対面の時からしばらくの間、アオ君が愛用していたものだ。

 

「それが...どうしたの?」

 

「チャンミンさんの目は節穴ですか?」

 

アオ君は装着したばかりのピアスをすぐに外すと、手の平に乗せ、対面する僕と夫の目の前に差し出した。

 

何の変哲もない、シルバー色のカフス型のピアスだ。

 

「ここのところを見てください」

 

アオ君はピアスをつまむと、ひっくり返した。

 

裏面に黒色の透明な石がはめ込まれている。

 

「......」

 

僕と夫は息をのんだ。

 

『Y&C』の文字が彫られている。

 

夫にプレゼントしたものと同じデザインだったのだ。

 

とっさに夫は自身の耳に手をやった。

 

それから僕と夫の視線は、揃ってテーブルの上のギフトボックスへ向けられた。

 

夫の耳に1個、ギフトボックスに1個...アオ君の手の平に1個。

 

ピアスが...3個!?

 

「僕が付けてのは両親のものです。

カッコよかったから、貰っちゃいました。

だから、こっちの店で目にした時は驚きましたよ。

一緒じゃん、って」

 

「すごい偶然だね」

 

「どの世界であっても、チャンミンさん本体は同じなんですから、センスが似通っていて当然ですよ。

ただし、ちょっと違うのは僕の父は片方しか買わなかったみたいです」

 

そう言ってアオ君は苦笑した。

 

「そのピアスが、アオ君がこっちにやって来ることになった理由に関係するの?」

 

「結果的にそうなりました。

もう少し説明させてください」

 

 

アイスコーヒーのグラスを下げてもらい、ホットコーヒーを注文した。

 

「僕がこっちの世界に来たのは、『僕が生まれる前』の両親に興味があったからです。

並行世界はいくつもあるので、既に二人が死んでしまっているパラレルワールドや、誕生すらしていないパラレルワールドにやってきてしまう場合があります。

僕はラッキーなことに、『30歳のユノとチャンミンが暮らしているこの世界』を引き当てました」

 

「パラレルワールドは2つだけじゃないんだねぇ」

 

「らしいです。

いくつあるかは不明ですけど」と言って、アオ君はミルクも砂糖もたっぷりといれたコーヒーをすすった。

 

「前にもお話しましたが、僕の世界では同性間の妊娠出産は可能です。

もともと出産できる機能が備わっているわけではなくて、医療的処置の末です」

 

「そうなんだ...」

 

アオ君の世界では、てっきりオメガバース的なタイプの男性がいるのかと思っていたから、驚いた。

 

「少数派ですから、偏見の目で見られますね。

『そこまでして子供が欲しの?』って。

遺伝子的に未知の部分も多いので、両親は心配性になってしまうし、どうしても過保護になってしまうんでしょうね」

 

アオ君はため息をつくと、頬杖をついて窓の向こうを向いてしまった。

 

初春の日光がアオ君の肌をより白く、さらさらの前髪の黒を際立たせていた。

 

僕らはしばらく沈黙した。

 

そもそもこちらの世界にいる限り、僕と夫の間に...二人の遺伝子を受け継いだ...子を成すことはできない。

 

そうであっても...僕と夫との間にできた子供と暮らすパラレルワールドを妄想することはある。

 

「どうして子供を欲しいと考えるようになったのだろう?

愛の証が欲しかったんだろうか?

2人だけの生活じゃ物足りなくなったんだろうか?

2人の欲望が先行した結果、生まれた僕の苦労を考えなかったんだろうか?

...こんな風にしか考えられない自分が、いい加減嫌になってきたんです」

 

アオ君の眼に透明の膜がふくらみ始めた。

 

「なんだかんだ言って、僕は両親のことが大好きなんです」

 

目尻に溜まったものがこぼれそうになる直前、アオ君は指の背でそれを払った。

 

僕の前で泣くのは恥ずかしいんだな、と思った。

 

「僕のところは子供を望めばもうけることができる世界。

こちらでは同性同士の出産が可能な世界なのかどうかは、前もってリサーチはできませんでした。

後になって、『ユノさんとチャンミンさんが子供作ることができない世界』だと、ユノさんに教えてもらいました」

 

「...それを聞いてどう思った?」

 

「正直に言っていいですか?」と、上目遣いになったアオ君の声は小さかった。

 

「いいよ」

 

「子供が未だいない頃の両親はどんな風だったんだろうと、興味があったんです。

子供を作ろうかどうか迷っている頃の両親を見てみたかった。

妊娠中の父...チャンミンの方です...を見てみたかった。

大きなお腹の中の...僕の誕生をワクワクして待つ2人の顔を見てみたかった。

でも、タイムスリップして、若かりし頃の両親を眺めるようなものなのだと考えていた僕が浅はかでした。

パラレルワールドとはどういうものか、ちゃんと理解していなかったんですね。

あっちとこっちでは登場人物は同じでも、社会の常識や時間軸が違うんですから」

 

「......」

 

「お二人の暮らしはのんびりとしていて、幸せそうで一緒にいて楽しかった。

でも... 寂しい、と思いました。

すみません!

こんなこと言って」

 

アオ君は頭を下げた。

 

「子供がいないお二人の暮らしが寂しい、と思ったんじゃないんです。

子供の存在が無いことが当たり前の、この世界が寂しいと思ったんです。

ユノさんとチャンミンさんの暮らしには、子供が欲しいと望む気配がゼロでした。

こちらの世界では無理な話ですから、それは当たり前です。

そのことを寂しいと思ったんです」

 

僕らの手元を見ていたアオ君が、ビシッとこちらを見た。

 

「ユノさんとチャンミンさんは僕と血が繋がってます。

でも、僕の両親ではありません。

僕がここに現れなければ、お二人は永遠に僕という子供の存在を知らずにいたのです。

僕という子供の存在を知って欲しい、認めて欲しいと思いました。

これまで『ユノとチャンミンの子供』であることを否定していたのにですよ?

だから、あちらの世界で、両親の子供でいられてよかった、と思いました」

 

夫は手を伸ばし、ぼろぼろ涙を流すアオ君の頭を撫ぜた。

 

(つづく)

 

 

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