(14)僕らが一緒にいる理由

 

「ユノさん言ってたよ。

チャンミンに家のことを任せっきりで申し訳ない』ってさ」

 

「『申し訳ない』...?」

 

「『俺は家のことは何もできないし、仕事に集中できるのはチャンミンが家事部門を担当してくれてるおかげだ。

チャンミン自身も仕事に集中したいだろうに、何でもできるチャンミンに甘えてしまっていてダメ夫だ』ってさ」

 

夫はアオ君にそこまで深い話をしていたのか、と驚いた。

 

「そんなこと...ユノは言ってたんだ...」

 

じん、と胸が熱くなった。

 

「実際には言ってないけど。

...俺の想像」

 

「はぁ!?

想像かよ!」

 

アオ君はガクッとした僕の頭を、あやすようにポンポンと叩いた。

 

「絶対そう思ってるって。

ユノさんがチャンミンの話をしょっちゅう出してるのは事実だしさ。

あ~あ。

実際のところ、俺はチャンミンのドジっ子話になんて全然興味はないんだけどなぁ」

 

「えっ!」

 

アオ君の言葉に僕は顔を輝かせた。

 

「ドジっ子話に興味があるんですけど?

ねぇ!

ユノは何て言ってたの!?」

 

夫が僕のことを何と評していたのか、その詳細を他人の口から聞かされることって、ワクワクするじゃない?

 

「ん~。

話すのめんどい」

 

アオ君は僕のお願いをあっさりかわし、サラダの刻みキャベツをつまんだ。

 

「つまみ食い禁止!」

 

僕はアオ君の手の甲をビシ、っと叩いた。

 

するとアオ君は、「暴力反対」と椅子から立ち上がった。

 

「野菜だから、いいじゃん」

 

「痛くなかったでしょ?

ちょっとだけ、ぴしってしただけじゃない」

 

アオ君の不機嫌そうな顔に、僕は慌てた。

 

おろおろする僕に、アオ君は「便所に行くだけだよ」と呆れた顔をした。

 

「あ...そうなの?」

 

「チャンミンさぁ、俺のことをヒヤヒヤ見すぎ。

もっと雑に扱っていいよ」

 

「それなら...いいけどさ。

僕ってすごく口うるさいよ?

細かいよ?」

 

「知ってる。

ユノさんからそう聞いてたから」

 

「え~。

僕のことを『口うるさい』って言ってたの?」

 

「言ってない。

ユノさんの話から想像してただけだよ。

実際に会ってみたら、ユノさんの説明通りだった。

オーラからしてそんな感じだった」

 

「神経が細かくてひがみ屋でケチな奴だって思ったんでしょ?」

 

「そこまで言ってないけど?

俺だってガキで面倒な奴だし、完璧に見えるユノさんもいっぱい欠点あるだろうね。

外の顔はやっぱ、すましてるもんだからさ。

今夜、オフの時のユノさんが見られるから楽しみなんだ」

 

「そうだよ~。

ユノったらね、抜けてるところがいっぱいなんだ。

例えばね、お風呂の時...」

 

湯水のように出てくる夫についてのアレコレを、嬉々として話し出そうとしたところ、「はいはい、ストップ」と、アオ君は手を叩いてそれを阻んだ。

 

「惚気はいいからさ。

それよりも、さっきチャンミンが言っていた『情けない』についての話についてだけど」

 

「...うん?」

 

「情けないと思ってるのならさ、外に働きにいけばいいんじゃん」

 

「あ...」

 

「チャンミンは健康体なんだろ?

家にいるのが嫌ならさ、どっかに就職して社会に出ればいいことじゃん」

 

「......」

 

「それをしないってことはさ、『今の生活』を気に入っていることじゃないの?」

 

アオ君から真っ直ぐに見つめられドキリ、とした。

 

その目には僕を諫めようとする意志はなかったから、腹は立たなかった、

 

つい3日前に出会ったばかりのこの少年は、僕の身近にいなかったいわば異星人なのに。

 

彼の言うことならば素直に受け入れようと思えてしまえるほど、親密さがあると思った。

 

アオ君が夫に懐いていることも影響しているだろうけど。

 

「...アオ君の言う通りだね」

 

アオ君に指摘されるまで、その発想はなかった。

 

「チャンミンはこういうことが好きなんだよ」

 

アオ君はS字フックにぶら下げた輪ゴムを指さした。

 

「...好き」

 

僕は生活情報誌やライフスタイル・エッセイ本を読むことも大好きだ。

 

「好きなら、それを情けないと思う必要な無いんじゃね?

今の暮らしが嫌なら、とっくの前に外に働きに行ってるだろ?

そうしてないってことは、チャンミンは理想の暮らしをしてるってこと。

チャンミンは恵まれてるよ」

 

「あ...確かに」

 

台所の戸を開けたまま会話を続けていたため、室内の気温が下がってきた。

 

僕の視線に気づいたアオ君は廊下に出ると、閉めかけた戸の隙間から顔だけ覗かせた。

 

「お互い引け目を感じていることを吐き出して、すっきりして...で、愛し合ってるのを確認し合うってのもいいかも。

それでさ、めっちゃやりまくるの」

 

「アオ君!!」

 

アオ君はニヤニヤ顔をしている。

 

「結婚して10年だっけ?

未だムラムラっとくるわけ?」

 

「ノーコメント!」

 

「顔、真っ赤じゃん。

チャンミン、分かりやす過ぎ~」

 

そう笑ってアオ君は用を済ませに行ってしまった。

 

アオ君は同性カップルに抵抗がないんだなぁ、と思った。

 

アオ君の両親の話をもっと聞きたかったけど、途中で僕ら夫夫の話にすり替わってしまった。

 

今度、じっくり話を聞いてみようっと。

 

 

(つづく)

 

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