(15)僕らが一緒にいる理由

 

夕飯の支度を

終えた僕とアオ君は、コタツで温まりながらテレビを見ていた。

 

夫の帰りが遅い日は帰りを待たずに夕飯を済ませてしまうけれど、今夜は彼と一緒に食べたい気分だった。

 

アオ君はビッグサイズの弁当を食べた後だというのに、二度目の夕飯を皆で食べたいと言い出したせいもある(高校生男子の旺盛な食欲は、僕も経験済みだから驚くことでもないけれど)

 

僕と夫とアオ君の3人で食卓を囲む光景を思い浮かべてみたら、「いいじゃないの」と心がほっこりした。

 

それにしても、同じ部屋に高校生がいる図が嘘みたいだ。

 

家に籠りきった暮らしをしているせいで、自分より下の年代の者と接する機会に乏しいせいだと思う(夫以外となると、町内会の面々)

 

「う~ん...」

 

「ただいま~」

 

アオ君がこの場にいることを、夫になんと言い訳すればいいのか考えあぐねているうちに、夫が帰宅してしまった。

 

今朝聞かされていたよりも1時間も早いじゃないか。

 

「おかえり~」

 

僕よりも早くアオ君が立ち上がった。

 

    

~夫の夫~

 

(アオ君!?)

 

帰宅した俺を出迎えたのはアオ君だった。

 

アオ君に遅れて、夫がいつもの「おかえり~」と共に顔を出した。

 

「えっと...これはどういう?」

 

現状を即飲み込めずにいる俺に、腹だたしいことに夫はへらへらっと笑った。

 

「連れてきちゃった」

 

「見れば分かるけど...」

 

靴を脱ぎ家に上がると、いそいそと夫...じゃなくてアオ君が俺からバッグを取り上げた。

 

「......」

 

いいとも悪いとも言葉が出ずにいる俺の様子に、アオ君は不安に感じたようだった。

 

「ユノさん。

俺が来て...迷惑ですか?」

 

アオ君は今にも泣き出しそうに顔を歪ませた。

 

「まさか!」

 

俺は慌てて否定した。

 

アオ君が我が家に居て迷惑だとは全く思っていない。

 

夫のことだから、いずれ自宅に連れ帰るだろうと予想はしていたけれど、 展開が早くないか?

 

夫は人恋しかったのか?

 

...そうなんだろうな。

 

俺と2人きりの暮らしは物足りないのかもしれない。

 

アオ君のことを捨て犬をかわいがるような真似はしないと思うけど、度が過ぎないよう釘を刺しておかねば。

 

くんくん鼻をうごめかさなくても、家じゅうカレーのよい匂いが充満していた。

 

夫の後頭部から上機嫌なオーラ―が出ていた。

 

「お~、いいね」

 

食卓テーブルの上には、ずらり3人分の料理が並んでいた。

 

「俺が帰るまで待っててくれたんだ?」

 

「そうですよ~。

僕は夕方、チャンミンさんのお弁当を食べてたんですよ。

でも、チャンミンさんの料理を見たら腹が空いてきました。

だって、すごい美味そうなんですもん」

 

「お世辞ばっかり」と言って、夫はアオ君の言葉をスルーしたように見えたけれど、夫が照れている証拠に耳が赤くなっていた。

 

「弁当?」

 

振り向くと、夫はちろりと舌を覗かせていた。

 

週末は俺がいて出来なかったことを、週明け早々実行に移したようだった。

 

「僕も手伝いました」

 

「お、すごいじゃん」

 

アオ君は17歳だが、お手伝いをした7歳の子を褒めるかのようだった。

 

「これくらいできますよ。

7歳の子供じゃあるまいし...」

 

「ははっ、ごめんごめん」

 

実家で何から何までやってもらっていたせいか、不器用さも手伝って茶碗ひとつ上手く洗えない(おっかなびっくり、汚れた野良犬を洗うかのような手つき)

 

「ユノ!

手を洗ってきて!

うがいもしてね」

 

「ああ」

 

温かな台所とダイニング風景に目と心を奪われながらネクタイを外していると、夫の小言が飛んできた。

 

「もぉ!

台所でスーツは脱がないでって言ってるじゃん!」

 

「あ、ごめん」

 

「ネクタイは洗うから、クローゼットに戻さないでね」

 

「ああ」

 

「さっさと用意してきて!

すぐにご飯にしたいから」

 

先にテーブルについていたアオ君は、ニヤニヤ顔で頬杖をついている。

 

夫に言われるがままの俺を見て、何を思っているのか想像がつく。

 

アオ君の前では、俺は頼れるちょっとカッコいいお兄さんの顔をしていたからなぁ。

 

恥ずかしい限りだ。

 

 

「それでは、いただきましょう」

 

湯気をたてる料理は、いつもより肉増し サラダ用のドレッシングも市販のものではなく、ホームメイドとみた。

 

俺以外の者に手料理を振舞う機会はほとんどない。

 

だから、町内会の催し物の際や帰省の際などに焼き菓子やオーブン料理を差し入れするなどして、その欲求をはらしている。

 

夫は自身の席を譲り、代わりに踏み台代わりにしている丸椅子に腰掛けた。

「お代わりもいっぱいしてねぇ」

夫はいきいきとしていた。

細身体型に見合わず、アオ君は大食漢だ(その辺りは夫に似ている)

 

俺たちで2日かけて食べきるカレーの鍋も、アオ君の参加によりひと晩で空になった。

 

アオ君が食器を下げるそばから、夫が食器を洗ってゆく。

 

「ユノはお風呂の用意をして」

 

夫はテーブルを拭き終えた俺に声をかけた。

 

「ああ」

 

「それから...アオ君用にバスタオルも用意して。

おろしたばっかのやつにするんだよ?」

 

「ああ」と頷いた後に遅れて、夫からの言いつけの内容にひっかかった。

 

「え!?」

 

俺は洗面所へと夫の腕を引っ張って行った。

 

「決まってるじゃん。

今夜、アオ君はうちにお泊りするんだよ。

「泊っていくだって!?」

 

夫は俺がつかんだ手を振り払った。

 

「夜も遅いし、外は寒い。

部屋も一応、あるんだし」

 

「まあ、そうだけど...」

 

我が家は部屋数の少ない小さな平屋建てだ。

 

寝室と夫の書斎を除くと、空き部屋がひとつ(前の持ち主一家は4人家族だったのでは?と想像。家族構成は両親に子供2人だ)

 

「アオ君には最初から泊ってもらうつもりだった。

着替えも持って来てもらってるから、全然おっけー」

 

「そうなのか!?」

 

「そんなにびっくりすることじゃないでしょ?

一人ぼっちは寂しいよ?

ユノもアオ君をめちゃ可愛がってるんでしょ?」

 

「うん、まあ...そうなんだけど...」

 

「ゆずとミルクと...どっちがいい?」

 

「え?」

 

夫は今夜の入浴剤について尋ねているのだった。

 

(つづく)