(22)僕らが一緒にいる理由

 

 

「ユノさんの邪魔になるから」と、アオ君はあっさり帰っていた。

 

始めの頃と比べると減ったけれど、たまにアオ君は我が家に泊ってゆく。

 

アオ君は我が家のごとく振舞っていたし、僕ら夫夫もそれを望んでいたし、その家族団らんな雰囲気は幸福そのものだった。

 

この時がずっと続けばいいな。

 

いい思い出になるだろうな。

 

両親から離れたくて寮生活を始めて、その生活もうまくいかなくて一人暮らしを始めたらしいけれど、本当の素性はよく分かっていない。

 

でも、夫の血縁者であることは確かだから、深く追求することはよしておいた。

 

(実は従兄弟の子ではなさそうだと気付いた時、隠し子説が思い浮んだ。

夫ではなくて、彼の親族間の誰かのだ。

アオ君は17歳。

夫の隠し子だとしたら、彼が中学1年頃にこしらえた子供になることになるため、考えにくい)

 

今夜もアオ君は僕をからかうことを忘れないかった。

 

帰り際、玄関の戸が閉まると再び開いて、言い忘れたとばかりに僕に向かってこう言うのだ。

 

「俺がいるせいでHの邪魔したら悪いじゃん」

 

「ば、バカっ!

熱があるんだぞ!」

 

「へぇ...。

熱が無ければやってるんだ」

 

「...っ」

 

アオ君はボンッと赤くなった僕を見て、ニヤニヤしている。

 

「君がいようがいまいが、ヤッちゃってます...」と、僕は心の中でつぶやいている。

 

「実はバレていたりして!」と青ざめる。

 

アオ君だけじゃなく、夫の方も僕を焦らせるのが目的で、アオ君が宿泊した日に限って僕を求めてくる。

 

声を出したらいけないと思う程に、聞かれたらいけない声が漏れそうになり、僕は手首を噛んで堪えるのだ。

 

 

僕は温タオルで微熱気味の夫の背中を拭いてやった。

 

それから寝室に電気ストーブを持ち込み、顎まで布団をかけ、新たに開封した冷却シートを額に貼ってやった。

 

夫は「ふぅ~」と気持ちよさげな吐息を漏らした。

 

「お利巧さんして寝ていなさい。

明日には楽になってると思うよ」

 

伏せっていたせいでぺしゃんこになってしまった髪を撫でてやった。

 

「う~ん...」

 

「おやすみ」

 

「...すみ」

 

弱々しい夫は何度見ても辛いものだ。

 

音をたてないよう閉めたつもりなのに、古い蝶番はぎぃと軋み音をたててしまった(油を差すこと)

 

今夜は夫がゆっくりと眠れるよう、かつ風邪をうつされないよう、今夜はリビングのコタツで眠ることにした。

 

 

僕は入浴を済ませると、書斎から取ってきたノートパソコン立ち上げた。

 

TVを付けていない部屋はとても静かで、マウスをクリックする音が大きい。

 

背筋がゾクゾクっとしてきて、灯油ストーブの火力をあげた。

 

ふと思い立ち、窓際まで這ってゆきカーテンを引いた。

 

結露を拭った窓ガラスに額をくっつけると、外はぼうっと白んでいた。

 

(雪かぁ...)

 

僕は再びコタツに戻り、背中をまるめて探し物に戻った。

 

「お!」

 

ネットサーフィンの末、自身の希望に近い工房にたどり着いた。

 

シンプルなのに、メッセージ性が伝わるデザインを得意とするらしい。

 

流通数の多いものではなくて、1点ものがいい。

 

過去の作品を眺めているうち、自分もお揃いであつらえようかな、と思ってみたりして。

 

でも、僕のピアスホールはほぼ塞がっているし、開け直すのは2度とご免だ。

 

 

週末には、その工房を訪ねていた。

 

風邪で仕事を1日欠勤した夫は、休日出勤している。

 

夫には内緒だったから都合がよかった。

 

僕はアオ君を誘い、電車で30分先のその工房まで出かけて行った。

 

住所は分かっているのに、店舗を発見するまでにずいぶん手間取ってしまった。

 

僕に負けず劣らずアオ君も方向音痴だったこと、店舗が著しく分かりにくい場所にあったことが理由だ。

 

通りに出された看板を見落とした僕らは、テナントビルの前を何度も何度も往復していたらしい。

 

こんなに分かりにくい所にあってお客さんは果たしてくるのか?と心配になってしまったが、想像に反してそこは小綺麗な店構えだった。

 

ビルに入りガタガタ振動が酷いエレベーターから下りるまでの間、アオ君は僕のことをを訝し気に見ていた。

 

「チャンミン、凄いとこみつけたね」

 

「でしょう?」

 

廊下に面した小窓の内は、ショーウィンドウ代わりにドライフラワーやビンテージ風の雑貨が飾られている。

 

僕は、ガラスに鼻をくっつけんばかりにして中を覗き込むアオ君の手を引いて、古めかしい木製ドアを開けた。

 

ちりんちりんと鈴が鳴り、奥から出てきた女性が僕らを出迎えた。

 

「いらっしゃいませ。

ご自由にご覧下さいませ」

 

「は、はい...」

 

狭い店内は家具も床も、新品には見えない木製、金属部分はは真鍮色、飾り棚に用途の分からない小道具が置かれ、壁には昔々の西洋の景色が描かれた額縁がかけられていた。

 

「......」

 

この手のお店が初めてだった僕とアオ君は、急にかしこまってしまった。

 

「俺たち...場違い?」

 

「緊張するね」

 

BGM無しの静寂の店内に、靴音も衣擦れもうるさく感じて、つい忍び足になってしまう僕ら(よりによって革靴を履いてきた)

 

「こちらは全て1点ものになっております。

注文も承っておりますよ」

 

覗き込む僕とアオ君に、お姉さん(ガラスで仕切られた店内奥の作業場で、男性が背を丸めて 彼の奥さんかな?と、勝手に想像)が優しく促してくれた。

 

「すみません...」

 

中央にクラシカルなショーケースが1台あるのみ。

 

店内奥が工房になっていて、作業中の男性が格子窓越しに見えた。

 

「どれにしようかな」

 

ベルベットが敷かれた棚板に指輪やペンダントトップ、ブローチなどがディスプレイされていた。

 

アオ君は僕の脇腹を肘でついた。

 

「よさそうなものがないね」と言いたげだ。

 

ピアスもあったが装飾が多いデザインばかりで、夫には女性的過ぎた。

 

「どうする?」と、僕とアオ君は無言で顔を見合わせた。

 

僕はとてもシャイなため、外出の際などコミュニケーションをとるのは専ら夫が担当している。

 

だから、普段物怖じしないアオ君を頼りにしていたのに、彼はもじもじしているばかりでお姉さんに声をかけることができないようだ。

 

意外なことにアオ君は内弁慶らしい。

 

考えあぐねている僕らを見かねて、「どういったものをお探しですか?」お姉さんは助け舟を出してくれた。

 

「...あの、プレゼントを。

男性なんですけど。

ピアスか指輪がいいかと思っています」

 

「それならば。

オーダーでお作りすることもできますよ。

ただ...お時間を頂戴します」

 

顔を輝かせる僕らに、お姉さんは「どのような方ですか?」とノートを広げた。

 

お姉さんは贈られる人物...つまり夫...の年齢や雰囲気を聞き取っては、オーダー用紙に記入していった。

 

「その人はすごいイケメンなんです。

背が高くって、スーツが似合ういい男です。

アクセサリーを付けない人なので、ピアスなんかがいいと思います」

 

と、アオ君は前のめりに自慢するものだから、隣にいる僕は恥ずかしくて仕方がない。

 

「指輪だとサイズを測らないと、ですね」

 

「それならば...」と、お姉さんはお店の奥に一度引っ込むと、トレーを持って戻ってきた。

 

「昼間はスーツ姿、休日はいい意味でのキザな大人の男性が、といったイメージに合うかと思います。

オーダー品ではありませんが、この店ではすべてが1点ものです。

ちょうど今朝、完成したものがあります」

 

「今朝ですか!

出来たてほやほやじゃないですか!」

 

「あそこの彼がデザインした1点ものです」

 

僕とアオ君は、ベルベットを貼ったトレーに視線を落とした。

 

「もし、お気に召したならば...これならば、お時間をとらせません」

 

鎮座した1対のピアス。

 

「あれ?」と思って、アオ君のピアスに目をやった。

 

 

(つづく)

 

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