20歳で学生結婚、かつ同性婚をした僕ら。
僕らの日々は、決まりきった1日いちにちの連続で成り立っている。
夫より30分前に起床し、朝食とお弁当を作る。
朝の情報番組を横目に、浅い会話を交わしながら朝食を摂り、玄関で夫のネクタイを直してやる。
白状してしまうと...退屈だった。
同性同士だからと特別しなくても、結婚生活とは実際こういうものなのかもしれない。
けれども、僕は夫以外の人と結婚したことはないし、知り合いに同性カップルはいないから比較することもできない。
中庭に放置したままだったミニトマトの鉢をひっくり返し、カチカチの土の塊から死んだ根っこを掘り出した。
汚れた鉢をタワシで洗いながら、僕はふと思うのだ。
「家庭に入る」とはよく言うもので、結婚以来、僕の世界はこの中庭...ネコの額ほどの広さ...程度に狭くなってしまった。
例えば、料理番組で「これは」と思ったレシピをメモし、夜の食卓で夫に披露する...僕の楽しみはせいぜいこの程度だ。
出来た夫は美味いを連呼して完食し、久しぶりに一緒に入浴して、そのままベッドへなだれ込む。
行為の流れは変わり映えはしないけれど、小さなサプライズがあった日の快感は強烈で、全裸のまま眠りに就く。
夫に抱かれた翌朝、僕は日記帳に行為の回数を記入する。
...なんだ、とても幸福な光景ではないか。
僕は小説家で日々誰とも会わず、自宅に籠りきりの僕に限らず、夫も同様だと思う。
夫も毎日社会に揉まれていてもそれは仕事上におけるものに過ぎず、僕が観察する限りでは、新たな交友関係を築く機会は少ないようだ。
休日は僕と過ごすばかりなのは、一日家に籠りっきりの僕を気遣っているのだ、きっと。
口に出さないだけで、「飽き」がきているのかもしれない。
僕も夫も。
僕らは共に健康で、暮らしは正常に機能している。
ボールペンで書く手が止まり、僕はハッとして日記帳のページを遡る。
...おいおいチャンミン、2週間前も昨日も似たようなことを書いていないか?
勢いよく椅子から立ち上がり、押し入れから過去の日記帳を引っ張り出してきた。
それらには、起床時間、食事や買い物の内容、休日の過ごし方、夫が発した面白い言葉...つらつらと暮らしの記録で埋め尽くされている。
そして、昔も今も、同じことばかり書いていることにショックを受けた。
「はあ...」
結局のところ僕が言いたいのは、...2人だけの平和な暮らしに倦んでいる、ということだ。
その感情に浸食されるようになったのは、全て夫の不審な外出のせいだ。
夫だって似たような思いでいるに違いない。
刺激が欲しくなったんだ、きっと。
割烹着を着て大根を切る、所帯じみた僕の後ろ姿にため息をついているんだ、きっと。
・
玄関ドアが閉まるや否や、僕はダウンジャケットと帽子を身に着けスニーカーを履いた。
ドアを開けるとぴゅ~っと冷たい空気が吹き込んできた。
薄着は風邪の元だ、僕のマフラーを夫に貸してしまった代わりに夫のマフラーを巻いていくことにした。
門柱の陰から通りの左右を覗き見ると、小走りで遠ざかる夫の後ろ姿を発見!
遅れをとるまいと夫を追いかけながら、僕は暗い気持ちになった。
夫が向かっているのは、駅とは逆の方角だったからだ。
冷え込みがきつい証拠に夜空には雲ひとつない。
(浮気?
いやいや、まさか。
僕に内緒で習い事をしているかもしれないし)
(マンネリ化した毎日を嘆き、ワクワクが欲しいなんて寝ぼけたことをチラッとでも思った自分の馬鹿バカ!)
映画やドラマで仕入れた尾行術をおさらいしながら、隠密行動中のスパイになったつもりで夫を追った。
夜半過ぎの住宅街の人通りはほとんどなく、足音が目立つ。
スニーカーを履いてきて大正解だったようだ。
気配で気取られるよう息を詰めていたが、夫はまさか尾行があるとは疑いもせず、すたすたと目的地に向けて長い脚を動かしている。
(言い訳が下手くそ過ぎるのも、正々堂々と不審な外出をするのも全部、後ろめたいことをしている意識がないからだ。
つまり、浮気なんてしていないんだ!)
「!」
突然、夫の足が止まった。
(つづく)
(つづく)
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