「アオ君のこと、内緒にする必要は何にもないじゃん」
「確かにな...」
「『親戚の子が近所に引っ越してきたんだ。心細いだろうから手伝ってやることにした』とかさ、普通に言えばよかったじゃん」
「その通りだ」
僕らはコンビニエンスストアでコーヒーを買うと、それを飲みながら夜道を歩いた。
唇や舌を火傷しないよう、カップに口をつける時は減速した。
「なぜチャンミンに会わせたくないと思ったかというと」
「かと思うと?」
「絶対にチャンミンはアオ君を気に入ってしまうと思うんだ」
「凄いいい子じゃん...って言っても、まだよく知らないけどさ。
いい子に決まってるじゃん。
いい子オーラがいっぱい出てた」
「『いい子』ってだけじゃなくってさ、ほら。
モロ好みだろ?」
「う~ん...。
否定はできない...けど?」
と、言ってみたものの、アオ君は強い印象を与えるほどの顔立ちはしていなかった。
「だってユノが基準だから」と惚気なくても、アオ君はなんて言うかのかな...エロスの欠片も感じない、好ましい顔...としか言いようがない。
親戚関係だと言うだけあって、夫の面影をアオ君は持っていた(夫は母親似だから、アオ君は母方つながりなのかな?)
「いい顔してるよね」
「だろ?
アオ君に心奪われてしまわれたら困るなぁ、と思って」
「それって...嫉妬?」
「ん~...そうだね」
通行人を見つけるたび僕らは繋いでいた手を離し、通り過ぎると再び手を繋いだ。
「僕がアオ君を!?
あり得ないよ。
子供じゃないか」
「子供って言っても、もう17歳なんだぞ?
来年には学校を卒業するし、大人の仲間入りだ」
「アオ君は恋愛対象に十分な年齢だからって...ユノはそんなこと心配していたの?
やだなぁ。
いくら僕が外界から閉ざされた生活をしているからって、男を見るたび見境なくなるなんて、思ってないよね?」
僕は夫のふくらはぎを軽く蹴ってやった。
「あの子は多分、ストレートだと予想する」
そう言うと、「チャンミンもそう思った?」と夫はにやりとした。
「僕らのこと、どんな目で見ているんだろうね?
話に聞いているのと、直に会うのとでは印象が違っただろうね」
「さあ。
本人に聞いてみないと、それは分からない」
「聞かれたことないの?
男同士って...どんな感じなんですか?って」
「ない。
興味はあったんだろうけど、遠慮していたんだと思うよ」
僕は夫の指輪を指でくすぐった。
「これからも餌付けは続けるの?」
「餌付けってなぁ...言い方に毒がある」
「ふん、黙っていた君らが悪い。
僕はそこまで心は狭くないし。
僕がアオ君に惚れるかもしれないから、それが怖くて紹介できなかったってのは嘘だね」
「嘘じゃないさ。
『惚れる』にも、いろんなパターンがあるじゃないか」
「例えば?」
「『男が男に惚れる』...みたいな?」
「アオ君はそういう感じじゃないなぁ。
...可愛がってやりたいタイプ?
しっかりしていそうなのに、どこか抜けてるところがあるんだ」
「ほらな。
『チャンミンのことだから、献身的にお世話しそうだった。
それが怖い」
「それの何がダメなの?
ユノばっかりズルい!
僕もアオ君と仲良くなりたい!」
「ほらな?
チャンミンは男を駄目にする男。
俺なんて、チャンミンに全てを握られているだろ?
胃袋も下半身も金も寝床も。
もちろん心も。
...甘やかされ放題の男だよ」
夫の言葉が胸にくすぐったい。
そう言われてしまうと、日頃心にくすぶる小言はちょっとの間忘れられる。
「チャンミンはアオ君に夢中になってしまいそうだった。
それが怖くて、チャンミンに言えなかったんだ」
夫の言う『夢中』とは、恋愛がらみの意味ではない。
「アオ君は物怖じし無さそうな風に見えて、一緒にいるとよく分かるけど、自分に自信がないところがある。
17歳で未熟だ。
手助けしてやりたい。
でも俺は子供と接した経験がない。
加減が分からないんだ。
俺はチャンミンと居る時は、チャンミンに甘えっぱなしだからな。
いざ、頼られる立場になるとどうしたらわからない」
「そんなの...僕だって同じだと思うよ」
少しずつ飲んでいた紙カップの中身もあとわずかで、温かいうちに、と僕は残り全部を飲み干した。
「あの子は常識がありそうで無いんだ。
米の炊き方も知らないし、スーパーで上手に買い物もできない。
美味そうだったからって、肉を1キロ買ってきてしまう男なんだぞ?」
「冷凍庫に保存すればいいじゃないの?」
「アオ君ちには冷蔵庫はあるが、ホテルにあるみたいなちっこいやつしかない。
加えてまな板と包丁もない。
肉のせいで一か月分の食費のほとんどを費やしてしまった」
「それってさ、常識の有無じゃなくて、生活能力の高い低いの話じゃないかな?
そんなの、覚えればいいじゃん。
僕が教えてあげるよ」
「そうくると思ったんだよ。
チャンミンに甘やかされてる俺が、アオ君に生活術を教えてやれるわけがないからな」
「分かっていたなら、さっさとアオ君を紹介してくれればよかったんだよ!」
「そのつもりだったんだよ!」
「え?
そうだったの?」
「ああ。
最初はちょろっと、話し相手になってやる程度のつもりだったんだ」
どおりで、謎の外出にもっともらしい言い訳の用意がなかったわけだ。
「親や友人に言いづらい悩みとかさ...いろいろあるじゃん。
離れた立ち位置にいる者の方が、客観的に話を聞いてやれる。
全くの他人じゃないってところもポイントだと思う」
「分かる気がする」
「ハンバーガー奢ってやったり、今夜みたいにコンビニで弁当を買ってやったり。
昼間は学校があるし、俺も仕事だ。
どうしても夜中心になってしまう」
「いつもは適当に出かけてるのに、どうして今夜は急いでいたの?
すんごい下手くそな嘘までついて?
家に仕事を持ち帰らないといけないほど忙しいんだって?
あははは」
「俺はもともと嘘が下手くそなんだよ」
夫の足蹴りをお尻に食らった。
「いってぇな!
ユノ!!」
仕返しの蹴りはあっさりかわされてしまった。
「夕飯の前に電話があっったんだ。
風呂場にデカい虫が出たんだと」
「それっぽっち?」
「それっぽっちのことでも、アオ君にとっては大事件なんだ。
チャンミンだって虫が苦手だろ?
Gだぞ?
退治してやるために、コンビニで殺虫剤買って行ったんだ」
買い物袋の中身は、弁当と殺虫スプレーだったのか。
「言っただろ?
見た目とキャラは大違いな子なんだって。
つまり...わりと面倒くさい子なんだ。
チャンミンは面倒くさい奴を前にすると、ハッスルする。
『僕が何とかしてあげなくっちゃ!』って。
...で、ズブズブとアオ君の沼にはまっていってしまうのである」
「僕のこと、よく分かってるじゃん」
「何年一緒にいると思ってるんだ?
どうせ沼にハマるのなら、2人で一緒にハマろうと思ったんだ」
夫は僕から手を離しポリポリと頬を掻いたのち、再び僕と手を繋いだ(照れ隠し?)
(つづく)
[maxbutton id=”23″ ]