(7)僕らが一緒にいる理由

 

 

「アオ君のこと、内緒にする必要は何にもないじゃん」

 

「確かにな...」

 

「『親戚の子が近所に引っ越してきたんだ。心細いだろうから手伝ってやることにした』とかさ、普通に言えばよかったじゃん」

 

「その通りだ」

 

僕らはコンビニエンスストアでコーヒーを買うと、それを飲みながら夜道を歩いた。

 

唇や舌を火傷しないよう、カップに口をつける時は減速した。

 

「なぜチャンミンに会わせたくないと思ったかというと」

 

「かと思うと?」

 

「絶対にチャンミンはアオ君を気に入ってしまうと思うんだ」

 

「凄いいい子じゃん...って言っても、まだよく知らないけどさ。

いい子に決まってるじゃん。

いい子オーラがいっぱい出てた」

 

「『いい子』ってだけじゃなくってさ、ほら。

モロ好みだろ?」

 

「う~ん...。

否定はできない...けど?」

 

と、言ってみたものの、アオ君は強い印象を与えるほどの顔立ちはしていなかった。

 

「だってユノが基準だから」と惚気なくても、アオ君はなんて言うかのかな...エロスの欠片も感じない、好ましい顔...としか言いようがない。

 

親戚関係だと言うだけあって、夫の面影をアオ君は持っていた(夫は母親似だから、アオ君は母方つながりなのかな?)

 

「いい顔してるよね」

 

「だろ?

アオ君に心奪われてしまわれたら困るなぁ、と思って」

 

「それって...嫉妬?」

 

「ん~...そうだね」

 

通行人を見つけるたび僕らは繋いでいた手を離し、通り過ぎると再び手を繋いだ。

 

「僕がアオ君を!?

あり得ないよ。

子供じゃないか」

 

「子供って言っても、もう17歳なんだぞ?

来年には学校を卒業するし、大人の仲間入りだ」

 

「アオ君は恋愛対象に十分な年齢だからって...ユノはそんなこと心配していたの?

やだなぁ。

いくら僕が外界から閉ざされた生活をしているからって、男を見るたび見境なくなるなんて、思ってないよね?」

僕は夫のふくらはぎを軽く蹴ってやった。

「あの子は多分、ストレートだと予想する」

 

そう言うと、「チャンミンもそう思った?」と夫はにやりとした。

 

「僕らのこと、どんな目で見ているんだろうね?

話に聞いているのと、直に会うのとでは印象が違っただろうね」

 

「さあ。

本人に聞いてみないと、それは分からない」

 

「聞かれたことないの?

男同士って...どんな感じなんですか?って」

 

「ない。

興味はあったんだろうけど、遠慮していたんだと思うよ」

 

僕は夫の指輪を指でくすぐった。

 

「これからも餌付けは続けるの?」

 

「餌付けってなぁ...言い方に毒がある」

 

「ふん、黙っていた君らが悪い。

僕はそこまで心は狭くないし。

僕がアオ君に惚れるかもしれないから、それが怖くて紹介できなかったってのは嘘だね」

 

「嘘じゃないさ。

『惚れる』にも、いろんなパターンがあるじゃないか」

 

「例えば?」

 

「『男が男に惚れる』...みたいな?」

 

「アオ君はそういう感じじゃないなぁ。

...可愛がってやりたいタイプ?

しっかりしていそうなのに、どこか抜けてるところがあるんだ」

 

「ほらな。

『チャンミンのことだから、献身的にお世話しそうだった。

それが怖い」

 

「それの何がダメなの?

ユノばっかりズルい!

僕もアオ君と仲良くなりたい!」

 

「ほらな?

チャンミンは男を駄目にする男。

俺なんて、チャンミンに全てを握られているだろ?

胃袋も下半身も金も寝床も。

もちろん心も。

...甘やかされ放題の男だよ」

 

夫の言葉が胸にくすぐったい。

 

そう言われてしまうと、日頃心にくすぶる小言はちょっとの間忘れられる。

 

「チャンミンはアオ君に夢中になってしまいそうだった。

それが怖くて、チャンミンに言えなかったんだ」

 

夫の言う『夢中』とは、恋愛がらみの意味ではない。

 

「アオ君は物怖じし無さそうな風に見えて、一緒にいるとよく分かるけど、自分に自信がないところがある。

17歳で未熟だ。

手助けしてやりたい。

でも俺は子供と接した経験がない。

加減が分からないんだ。

俺はチャンミンと居る時は、チャンミンに甘えっぱなしだからな。

いざ、頼られる立場になるとどうしたらわからない」

 

「そんなの...僕だって同じだと思うよ」

 

少しずつ飲んでいた紙カップの中身もあとわずかで、温かいうちに、と僕は残り全部を飲み干した。

 

「あの子は常識がありそうで無いんだ。

米の炊き方も知らないし、スーパーで上手に買い物もできない。

美味そうだったからって、肉を1キロ買ってきてしまう男なんだぞ?」

 

「冷凍庫に保存すればいいじゃないの?」

 

「アオ君ちには冷蔵庫はあるが、ホテルにあるみたいなちっこいやつしかない。

加えてまな板と包丁もない。

肉のせいで一か月分の食費のほとんどを費やしてしまった」

 

「それってさ、常識の有無じゃなくて、生活能力の高い低いの話じゃないかな?

そんなの、覚えればいいじゃん。

僕が教えてあげるよ」

 

「そうくると思ったんだよ。

チャンミンに甘やかされてる俺が、アオ君に生活術を教えてやれるわけがないからな」

「分かっていたなら、さっさとアオ君を紹介してくれればよかったんだよ!」

 

「そのつもりだったんだよ!」

 

「え?

そうだったの?」

 

「ああ。

最初はちょろっと、話し相手になってやる程度のつもりだったんだ」

 

どおりで、謎の外出にもっともらしい言い訳の用意がなかったわけだ。

 

「親や友人に言いづらい悩みとかさ...いろいろあるじゃん。

離れた立ち位置にいる者の方が、客観的に話を聞いてやれる。

全くの他人じゃないってところもポイントだと思う」

 

「分かる気がする」

 

「ハンバーガー奢ってやったり、今夜みたいにコンビニで弁当を買ってやったり。

昼間は学校があるし、俺も仕事だ。

どうしても夜中心になってしまう」

 

「いつもは適当に出かけてるのに、どうして今夜は急いでいたの?

すんごい下手くそな嘘までついて?

家に仕事を持ち帰らないといけないほど忙しいんだって?

あははは」

 

「俺はもともと嘘が下手くそなんだよ」

 

夫の足蹴りをお尻に食らった。

 

「いってぇな!

ユノ!!」

 

仕返しの蹴りはあっさりかわされてしまった。

 

「夕飯の前に電話があっったんだ。

風呂場にデカい虫が出たんだと」

 

「それっぽっち?」

 

「それっぽっちのことでも、アオ君にとっては大事件なんだ。

チャンミンだって虫が苦手だろ?

Gだぞ?

退治してやるために、コンビニで殺虫剤買って行ったんだ」

 

買い物袋の中身は、弁当と殺虫スプレーだったのか。

 

「言っただろ?

見た目とキャラは大違いな子なんだって。

つまり...わりと面倒くさい子なんだ。

チャンミンは面倒くさい奴を前にすると、ハッスルする。

『僕が何とかしてあげなくっちゃ!』って。

...で、ズブズブとアオ君の沼にはまっていってしまうのである」

 

「僕のこと、よく分かってるじゃん」

 

「何年一緒にいると思ってるんだ?

どうせ沼にハマるのなら、2人で一緒にハマろうと思ったんだ」

 

夫は僕から手を離しポリポリと頬を掻いたのち、再び僕と手を繋いだ(照れ隠し?)

 

 

(つづく)

 

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