(8)僕らが一緒にいる理由

 

 

「俺だけアオ君をじゃ支えきれないな、と思いかけてきたところだったんだ。

だから今夜、アオ君に『チャンミンに紹介してもいいか?』って提案するつもりだったんだ」

 

「そうしたら、突然僕が登場」

 

「びっくりしたよ。

今思えば、最初からチャンミンに相談していればよかったんだけどさ、アオ君から『チャンミンさんに迷惑をかけるから』ってお願いされていたこともある」

 

「僕とユノは結婚してるんだから、アオ君も僕の親戚じゃないか。

結婚していなくても、無関心ではいられないよ。

遠慮することないのに...」

 

ちょっと...いや、かなり寂しい気持ちになった。

 

「分かってるよ。

チャンミンの気持ちはよく分かってる」

 

「ふん。

ユノなら迷惑をかけてもいいってことか...そうだよね、一応血が繋がっているものね」

 

拗ねる僕を夫は慰める。

 

「アオ君を責めないでやってくれ。

彼は自分が面倒くさい男だってことを自覚してるんだ。

それから、アオ君お願いされたからだけじゃなく、俺から止めていたこともある」

 

「僕はお世話焼き男だから、アオ君のことを超~、放っておけなくなること確実だからね。

ユノ以上に尽くしてしまうからね~」

 

夫は僕の行動、思考パターンをよく分かっている。

 

僕はお世話好きなのに、僕に任せっぱなしの夫に腹が立つし、そのくせ任せてくれないのも腹が立つ。

 

自分がやりたくてやっているのに、「ありがとう」の言葉は欲しいし、気付いてもらえないと悲しくなる。

 

僕の毎日は夫中心で回っているのだろう...これでいいのかとぞっとする。

 

10年も一緒にいれば、夫相手のお世話はし尽していた。

 

ここにアオ君が加わった。

 

夫は、お世話の対象が夫自身ではなく、高校生のアオ君に移ってしまうこと寂しさを感じる以上に、尽くし過ぎる僕を心配しているのだと思う。

 

「くれぐれもやり過ぎには気を付けろよ」

 

「分かってるよ」

 

(お弁当を作ってあげたり、部屋を整えてあげるだけなら大丈夫)

 

僕の自己満足が、アオ君の成長を邪魔してはいけない。

 

 

アオ君のアパートメントを出て20分後、僕らは我が家に到着した。

 

慌てて外出したせいで外灯は点いておらず、玄関前は真っ暗だった。

 

鍵を開けるため、僕らは繋いでいた手を離した。

 

閂式の鍵を開けると、木枠の引き戸はカラカラと抵抗なくレールを滑る(こまめな手入れの賜物だ)

 

夫を尾行するため慌てて家を出たせいで、家の中は「しっぱなし」だらけだった。

 

居間も台所の電気もテレビも点けっぱなし、ダイニングテーブルの上には食べかけの卵丼とグラスが置きっぱなしだ。

 

「冷えたなぁ。

晴れの夜はカンカンに冷え込むからなぁ」

 

僕は卵丼の残りを食べてしまい、食器を全て下げテーブルを拭いた。

 

食器を洗うのは明日の朝にしよう、くたくただ。

 

「チャンミン、何か夜食を食べようよ」

 

アオ君についての心配事を僕と分け合ったおかげで、肩の荷がおりた夫は機嫌がよさそうだ。

 

「カップ麺なんかがいいなぁ」

 

コートを着たままこたつにもぐりこんでいる夫に、ムカッときた。

 

「ユノ」

 

「ん~?」

 

僕はテレビのスイッチを切った。

 

「見てたんだけど~?」

 

「僕に言うことないの?」

 

「『言うこと』って...全部話したじゃん」

 

「肝心なことを忘れてると思うんだけど?」

 

「え~、何だろう」

 

「コート脱いでよ。

しわが付いちゃうじゃないか」

 

「んー」

 

夫はこたつからむっくり起き上がると、大きなあくびをした。

 

外ではクールビューティな男が、自宅ではねぼけた顔をしている。

 

僕らは待ち合わせ有りのデートをほとんどすることなく同棲を始めた(同棲後、即結婚)ため、だらしない姿をお互いさらし放題で見慣れている。

 

「僕に謝ってもらいたいことがあるんだよね?」

 

「え?」

 

「マジで分かんないわけ!?」

 

夫は眉根にしわを寄せ、コートをもそもそ脱ぎながら「ごめん、分かんない」と言った。

 

「なぜ尾行をしてたのか、考えてみてよ」

 

「あ...」

 

夫はコートをハンガーラックにかけると、僕の真正面に立った。

 

「...不倫してるんじゃないかって!」

 

「ふ、不倫!?」

 

僕の言葉が予想外だったらしく、夫は大きな声を出した。

 

「俺が!?」

 

僕は夫を睨みつけ、「そうだよ」と頷いた。

 

「不倫なんてするわけねぇだろ!?」

 

「お風呂に入っている間に、ふら~っていなくなったじゃん。

その他にも、『コンビニ行ってくる』とか適当なこと言って、ふら~って外出してたじゃん。

そういう日が続くとね、誰かに会いにいってるんじゃないか、って思うのは当然だろ?」

 

「...う~ん」

 

「ユノは大した言い訳せずに堂々と出掛けてただろ?

それは、ずっと家に引きこもっているせいで勘が鈍っているだろうから、気付かれないに違いないって僕をみくびってるんじゃないかって...そう思ってた」

 

「...みくびるって...」

 

「10年だよ?

ずっと家にいるから話題も少ないし、来る日も来る日も同じ顔を見て、僕に飽きちゃったんじゃないかって。

このところレス気味だし」

 

「それは、疲れ気味だったから...」

 

「ふん。

性欲の塊だったユノが疲労程度で性欲減退?」

 

「チャンミンだって似たようなものじゃん。

俺たちはもうハタチじゃないんだ。

俺の部署に新人が入ったって言っただろ?

使えないヤツでさ、大きなミスばっかして、その尻ぬぐいでキツかったんだ。

...悪かったよ」

 

夫の偉いところは、怒鳴り声を出さないところだ。

 

「自分だけ忙しいアピール?

そうだそうだ、僕はすごいダサい男になり果ててしまってるよ。

売れないBL作家で、どエロいことばかり考えているくせして、セックスは下手くそだ。

ユノに食べさせてもらっていて、僕が出来ることと言えば家事程度だ!」

 

僕の内側から不安と愚痴が湧き出てくる。

 

「あ~も~!

ムカつくなぁ!」

 

不満爆発した自分が情けなく、膨らんでゆく怒りの制御に、唇をかみしめた。

 

夫は僕の手首をぐいっと引いて、自身の胸で抱きとめた。

 

「ごめん」

 

 

(つづく)

 

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