「そんな男にあいそ尽かして、新しい男を見つけたんじゃないかって...そう思ったんだ。
いや...『女かもしれない』とも思った」
「見つけるかよ」
僕は夫の首に両腕を巻きつけた。
「最初から言ってくれればよかったのに」
「...ごめん」
真正面から抱き合ったのって、いつ振りだっけ?
「さっきも言ったけど、気軽な話し相手のつもりでいたんだ。
事情有りの子だったし、チャンミンに深入りさせたくなかった...っていうか。
はは、言い訳してるね。
とにかく俺が悪かった。
ごめん」
「アオ君だけじゃなく、僕も面倒くさい男だ!」
「...俺は、面倒くさい男が好きだ。
一筋縄ではいかない男が好きだ」
夫は僕の背をさすった。
こんな風に全身を互いに預け密着しているのに、ムラムラくるどころか、安心感に包まれるのは『家族』だから?
「俺も面倒くさい男だ」
「そうだよ、ユノは面倒くさい男だよ。
僕がいないと何もできない男だよ」
「ああ。
チャンミンがいないと駄目なのに、浮気なんてするわけないよ」
「...僕は家政夫じゃないんですけど?」
ああ言えばこう言う男、それが僕。
「そういう意味で言ったんじゃないよ」
「あっそ」
僕は素っ気なく言い、夫の腕の中から逃れて洗面所へ向かった。
我が家ではリビングが唯一温かい部屋で、しんしんと冷え込む廊下の床なんてスリッパ無しで歩けない。
「チャンミ~ン」と、夫は僕を追いかけてくる。
「ごめんよ、チャンミン。
黙ってた俺が悪かった。
今思うと、どうして内緒にしていたのか分かんないよ」
「歯が磨けないじゃないか、離れてよ」
「離れない」
にゃんにゃん猫のようにすり寄ってくる夫を肘で押しのけ、カゴからパジャマを取って再び温かいリビングに戻った。
もちろん夫は僕の後を追ってくる。
「機嫌直して、お願い」
「......」
「チャンミ~ン」
(そうだそうだ。
せいぜい僕のご機嫌取りをするんだな。
悶々と過ごす羽目になった期間を償ってもらうには、無視程度じゃ足りないけれどさ)
ストーブの前でパジャマに着替えていると、背後からすっぽり夫に抱きくるまれた。
「もう寝るの?」
「ああ、そうだよ。
くたくただよ。
全部、ユノのせいだよ」
「ごめん」
夫は僕の背中に体重を預け、僕の首筋に鼻を擦りつけ、ついでに耳たぶを噛んだ。
「おい!
やめろ!」
「やめない」
僕の肩はがっちり夫の腕に捉えられているから、逃れようにもそれが出来ない(悔しいが、夫の腕力には勝てない)
「あっそ」
仕方なく僕は寝室まで夫を引きずっていくのだが、僕の耳にふうふうと熱い吐息が幾度も吹きかけられた。
背筋にぞくぞくと痺れが走り、その痺れが下半身を刺激し出したのだ。
そして不覚にも、「あ、はぁん」なんて声を漏らしてしまった。
「許して、チャンミン。
今夜は目一杯可愛がってやるから」
「可愛がって『やる?』」
「可愛がらせてもらってもよろしいでしょうか?」
「......」
「精一杯ご奉仕させていただきます」
先ほどから僕の腰につんつん当たるものを、僕は後ろ手でぎゅっと握った。
「...しゃあねぇな」
僕らは寝室に着くなり、もつれあったままベッドにダイブした。
夫は素早く掛け布団を床に落とし、僕はサイドテーブルの引き出しを漁る。
ぱぱっと服を脱ぐ。
色気もムードもないけど、夫夫なんてこんなものではないでしょうか?
...その後の流れはご想像通り。
どれくらいぶりだっけ?
1か月?
3週間?
明日、日記帳で確認してみようっと。
・
パンツだけ穿いて、温かい布団の中でごろごろしていた(ベッドの下に散らかしたティッシュは朝、片付けることにしよう)
ベッドサイドの目覚まし時計を見ると、午前1時...かれこれ1時間ほど睦み合っていたようだ(言い表し方がいやらしいな)
カーテンで隠された窓ガラスは今、僕らが発散した熱と汗で結露しているだろうし、朝日が昇る頃には真っ白に凍り付くと思われる。
腕をめいっぱい伸ばして、ベッドの足元に置いた電気ストーブのつまみをひねった。
喉が乾いていたけれど、布団から出たくなくて我慢していたら珍しく、本当に珍しく夫が「俺が行く」と申し出たのだ。
夫は僕愛用のフリース・ガウンを裸に羽織り、つま先立ちで台所まで走り、水道水をグラスに汲んで戻ってきた。
「水~?」と不平を漏らしたら、「ほらよ」とポケットに突っ込んでいた缶ビールを僕に放ってくれた。
「おつまみも欲しい」
「おっけ」
夫は僕のリクエストに応えて台所まで再び走り、袋入りのピーナッツとキムチの大瓶を抱えて戻ってきた。
「アオ君ちの虫は退治しなくてよかったの?
僕が来たせいで、それどころじゃなくなったでしょ?」
「布団をかぶって震えているだろうね」
「えっ!?
そんなの駄目じゃん。
今から助けにいってあげようよ」
「スト~ップ!」
跳ね起きようとした僕は、夫によってベッドに引きずり戻された。
「やり過ぎは駄目だって言ったばかりじゃん。
「虫くらい自分で何とかしないといけない
甘やかしたらいけない
殺虫剤を持っていってやったんだから、後は自分で頑張るだけさ」
(つづく)
[maxbutton id=”23″ ]