(10)僕らが一緒にいる理由

 

窓から差し込む光がまぶたを射って、眩しさに目が覚めた。

 

「う、う~ん...」

 

枕に半分顔を埋めたまま、視線だけサイドテーブルへと向けた。

 

ぼやけていた目覚まし時計の針の輪郭が、徐々にくっきりしてゆくにつれ、僕のぼやけた脳みそが現状を把握してゆく。

 

え~っと、今の季節だと、僕が起床すべき時間帯では目覚まし時計なんて読み取れないはずなのになぁ...と。

 

え~っと、今日は何曜日だっけ?

 

「!!!」

 

視覚情報が脳みそに追いついた時、僕の全身にブルンとエンジンがかかった。

 

(寝坊!!)

 

ハッとして飛び起きたいところだったが、邪魔をするものがあった。

 

僕を抱き枕代わりにしている夫の腕の下から、僕は力任せに抜け出た。

 

「さむっ!」

 

寿命が数年縮んだのではと思うほど心臓がぎゅっと縮こまり、僕の素肌に鳥肌が立った。

 

夫という名の人間湯たんぽのおかげで、寝床の居心地が良すぎるあまり、昨夜裸のまま寝入ってしまったことを忘れてしまっていた。

 

3夜連続の夫夫の営みが3夜連続だったことも、内容がこってりと濃いものだったのも、アオ君の登場が僕らの間にパッションの火花を散らしたのだ。

 

夫夫関係にマンネリしかけていた僕にとって、夫の嘘や浮気疑惑がいいスパイスになった結果だ。

 

「さみさみさみさみ...」

 

昨夜夫が脱ぎ散らかしたフリース・ガウンとスリッパを身に着け、台所まで走って、真っ先にストーブをつけた。

 

今朝はとにかく時間がない。

 

お手軽質素なメニューであっても、夫の胃袋を満たしてやることが最優先なのだ。

 

インスタントスープのためにお湯を沸かし、冷凍ご飯を電子レンジで温めた。

 

「おはよ...」

 

僕に遅れて15分後、寝ぼけまなこの夫が僕の後ろを通り過ぎていった。

 

まぶたが半分しか開いていなかった夫は、キリっとした顔になって洗面所から戻ってきた。

 

「今朝寝坊しちゃって...ごめんごめん」

 

夫は「朝めしがあるだけで有難いよ」と優しく笑って、目玉焼きのせご飯をかき込んだ。

 

(アレした翌日は心身ともに充実しているおかげか、互いに優しくなれる)

 

「今夜はちょっと帰りが遅くなる」

 

夫の台詞に「またかよ」と僕は目を剥いた。

 

「そういうのさぁ、もう止めてくれないかな?

ホントのこと言ってよ」

 

しら~っと冷たい目になる僕に夫は慌てた。

 

「違う違う!

今日のは正真正銘の残業。

使えない新人くん絡みのトラブルの後始末なんだ。

金曜にチャンミンに言い訳したことは、あながち全部嘘じゃない。

持ち帰りの仕事があったのは本当だったけど、せっかく金曜の夜で早く帰ってチャンミンと飯が食いたかったのは本当のこと。

でも、わざわざ持ち帰らなくてもいい仕事だった。

週明けでも十分間に合うからさ」

 

「ふ~ん」

 

嘘と真実を混ぜ合わせるという高度な嘘をついてくるとは、「ユノのくせにやるな、おぬし」と思った。

 

「何時頃になるの?」

 

「9時までには帰ってこられる」

 

「分かった。

行ってらっしゃい」

 

玄関まで夫についてゆき、見送る際 弁当は間に合わなかったから、昼は適当に食べて」と昼食代を手渡した。

 

今日の夫は紺色のスーツ。

 

う~ん、今日の夫もカッコいい。

 

戸が閉まるのを見届け、「さて、朝の情報番組でも見ますか」と玄関に背を向けた時、ドアが勢いよく開いた。

 

「今日は何を忘れたの!?」

 

僕は思いっきり呆れた表情を作って、夫の方を振り返った。

 

「財布?

ケータイ?」

 

夫が忘れ物を取りに戻ってくるのは、珍しい事ではないから、僕の対応も慣れている...なんて思っていたら、すっと夫の顔が近づいてきて柔らかいものが僕の唇に...。

 

「行ってらっしゃいのキス...」

 

ベロ無しのスイートなキスに僕は呆然と立ち尽くす。

 

夫は「じゃあね」と爽やかな笑顔を見せ、あっという間にドアの向こうに消えてしまった。

 

「悔しい!」

 

床を転げまわりたいほどの恥ずかしさで胸がこそばゆくて、なんだかんだ言って夫の手の平の上で転がされている自分に地団駄を踏むのだった。

 

「ったく、僕をからかいやがって!」とぶつくさ言いながらも、夫夫間の胸のつかえが取れたし、3連夜のエロのおかげでさらに平和になった。

 

...このような流れで、いつもの1日がスタートしたのだが、今日の僕にはプランがある。

 

実は「今夜は遅くなる」と言った夫の言葉に、僕は内心「ラッキー」とほくそえんでいたのだ。

 

僕は冷蔵庫をのぞき、卵やウィンナー、豚肉のパック、冷凍もののフライなどを次々と取り出した。

 

(凝ったものは作れないけど、こういう茶色いおかずの方が案外好まれるんだよね)

 

「さて、作りますか」

 

僕は割烹着の袖をまくしあげた。

 

(つづく)

 

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