夫からは、くれぐれも干渉し過ぎるなと釘を刺されていた。
でも、人間関係においてアオ君がどの程度の距離感を好ましく思っているのか、1対1で会話してみないことにははかれない。
遠い親戚筋(親の従兄弟)に過ぎない我が夫を頼りにしてくるとは、親を当てにできない事情があるのだろう。
と思いつつも僕自身、近しい存在であるこそ言いづらい事柄も多かったことを思い出していた。
就職せずにBL作家の道を選択したこと(未だに僕の作品を両親に披露することはおろか、執筆ジャンルすら知らせていない。内緒を貫いている)
夫との婚約報告自体が、僕の恋愛対象が男であることのカミングアウトだった。
受け入れがたいことを、受け入れたふりをしてくれている彼らに感謝している。
にもかかわらず僕が長らく帰省していないのは、両親とぎこちない関係にあるわけではない。
帰省しづらい理由は、夫が彼自身の家族からほぼ勘当状態にあるからだ。
かつて夫を連れて我が実家に帰省した時、彼らのウェルカムな雰囲気に夫は戸惑っており、心から楽しんでいる風には見えなかった。
そして僕は、夫の目に羨ましさと寂しさの涙を見つけてしまったのだ。
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アオ君の実家はどの辺りにあるのだろう。
夫のお世話を受け入れているあたり、アオ君は一人暮らしを満喫するタイプではなさそうだ。
今の暮らしを心細く思っているに決まってる。
ウィンナーに切り込みを入れながらアオ君の事情に想像を巡らし、同時に白米にするかワカメご飯にするか迷っていた。
(マルチタスクができなくて、主夫はやってゆけないのだ)
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アオ君の為に「茶色い弁当」を作り終えた僕は、それを一旦冷蔵庫に入れ、自らの仕事にとりかかった。
僕の小説は主にWebサイト上で公開されていて、原稿を1本納めるごとにいくらと決められており、そこに販売実績分の原稿料が追加される。
(僕だけの原稿料では絶対に生活できない、夫の稼ぎ頼りなのだ)
シーツを洗濯し、12時ぴったりに昼食を摂り、午後の執筆スタート。
アイデアがどんどん湧いてくるものだから、キーボードを打つ指が追い付かない。
途中頭が煮詰まってしまい、気分転換にと夕飯の下ごしらえをしてから再び執筆。
(今夜はカレーライスだ)
「うう~~ん」
凝り固まった首をストレッチしようとのけぞった時、上下逆にに飛び込んできた掛け時計に慌てた。
気付けば日が傾きかけていた。
執筆がはかどり過ぎて時間を忘れていたのだ。
「やばっ!」
夫が帰宅するのは遅くて9時...頭の中で素早く計算する。
往復で徒歩40分、時間は十分、時間的にアオ君が在宅している可能性は高い。
「よし、直接手渡しできるぞ」
軒下に長く干し過ぎたせいで、ひんやり冷たくなってしまったシーツを取り込んだ。
僕はアオ君のための弁当箱をトートバッグに入れ、彼のアパートメントへ向けて出発した。
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昼間に見るアパートメントはメルヘンチックさがより増して見え、平凡な住宅街の中で浮いている
壁はピンク、ミントグリーンだと思っていた窓枠は実際は淡いブルー、外階段の手すりは淡いイエローと、ありったけのパステルカラーを集めた色彩空間。
アプローチの芝生に埋もれる小人は このアパートメントが完成した時から居るのか半分苔むしていた。
遊園地の園内でお菓子やぬいぐるみを売っていそうな建物と言ってもおかしくない。
高校生のアオ君がここをチョイスした基準がよくわからない。
(家賃がとっても安いとか?
男が住むには勇気がいるなぁ)
僕はキョロキョロとアパートを観察しながら階段を1歩1歩上り、5部屋あるうち真ん中の部屋のベルを押した。
室内に鳴り響くチャイム音は電子的ではなく、『キンコーン』と鐘の音だった。
ガチャっと鍵が外れる音の後、ミントグリーンのドアが開いた。
2度目に会うアオ君は、やっぱり好ましい顔をしていた。
セーターとデニムパンツ姿なのは、制服から着替えた後なのだろう。
「やあ」
アポイント無しで訪問してしまって、ちょっと非常識だったかな?と思った。
ところが、アオ君は突然の僕の来訪に驚いた風でもなかったのだ。
「あれ~、チャンミンじゃん!」
(呼び捨て!?)
僕を出迎えたアオ君の言葉に、僕は固まってしまった。
「や、やあ」
「うちに来てくれたってことは、それ...」
「ん?」
「手ぶらじゃないんだろ?」と、僕のトートバッグの中身を覗き込もうとした。
「そ、そうなんだ!
夕飯代わりにどうかな?って...作ってきたんだ」
「やったね。
ま、入りなよ」
「あっ!?」
アオ君は僕の腕をとると、室内へと強引気味に引き込んだ。
「そろそろ来るんじゃないかって思ってたんだ」
「なんで分かったの!?」
暖房機器は小型の電気ストーブだけで、室内は寒々としていた。
今気づいたのだが、この部屋にはテレビもなく、学生なら持っているべきデスクもない。
生活感がない。
「チャンミンって、『いかにも』そんな感じだったからさ。
どれどれ?」
アオ君はケラケラ笑い、僕のトートバッグを引き寄せると、勝手に中身を漁り出した。
「『いかにも』って、何だそれ?」
「でっけぇ弁当だなぁ。
これ、俺のため?」
「う、うん」
「チャンミンって世話好きな感じがしたんだ。
食ってもいい?
腹減った」
「め、召し上がれ....」
アオ君と最初に会った時と今とのギャップに、僕は面食らっていた。
「...俺とユノさんが内緒で仲良くしてること、ジェラってただろ?」
「!」
図星の僕は何も言えない。
「『僕も仲間に入れて!』って、ウズウズしている顔をしていた」
「してないし!」
「正直になりなよ。
お茶でも飲む?
お湯くらい沸かせるぞ?」
ワンルームタイプのこの部屋は、居室と台所が一体となっている。
アオ君は立ち上がると、流し台に置かれたポットに水を入れ、スイッチを入れた。
(真新しいから、きっと夫のアドバイスを元に買ったものだろう)
「あ!」
アオ君の足元に気付いた僕は吹き出してしまった。
「あははは!
アオ君、可愛いね」
「可愛いって、何だよ!」
アオ君は、笑い出した僕にワケが分からずムッとしている。
「アオ君ってさ、もしかして冷え性?」
「なんだそれ?」
「それ」
僕は毛糸のざっくり編みの靴下を指さした。
「う、うるせぇ!
この部屋が寒すぎるんだよ!」
10歳以上年上の僕にタメ口をきく生意気な奴であっても、真っ赤になってムキになっているアオ君は、やっぱり17歳の男子だった。
見覚えのある靴下だった。
夫が僕の引き出しから持ち出したのだろうな、きっと。
(つづく)
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