「俺だけアオ君をじゃ支えきれないな、と思いかけてきたところだったんだ。
だから今夜、アオ君に『チャンミンに紹介してもいいか?』って提案するつもりだったんだ」
「そうしたら、突然僕が登場」
「びっくりしたよ。
今思えば、最初からチャンミンに相談していればよかったんだけどさ、アオ君から『チャンミンさんに迷惑をかけるから』ってお願いされていたこともある」
「僕とユノは結婚してるんだから、アオ君も僕の親戚じゃないか。
結婚していなくても、無関心ではいられないよ。
遠慮することないのに...」
ちょっと...いや、かなり寂しい気持ちになった。
「分かってるよ。
チャンミンの気持ちはよく分かってる」
「ふん。
ユノなら迷惑をかけてもいいってことか...そうだよね、一応血が繋がっているものね」
拗ねる僕を夫は慰める。
「アオ君を責めないでやってくれ。
彼は自分が面倒くさい男だってことを自覚してるんだ。
それから、アオ君お願いされたからだけじゃなく、俺から止めていたこともある」
「僕はお世話焼き男だから、アオ君のことを超~、放っておけなくなること確実だからね。
ユノ以上に尽くしてしまうからね~」
夫は僕の行動、思考パターンをよく分かっている。
僕はお世話好きなのに、僕に任せっぱなしの夫に腹が立つし、そのくせ任せてくれないのも腹が立つ。
自分がやりたくてやっているのに、「ありがとう」の言葉は欲しいし、気付いてもらえないと悲しくなる。
僕の毎日は夫中心で回っているのだろう...これでいいのかとぞっとする。
10年も一緒にいれば、夫相手のお世話はし尽していた。
ここにアオ君が加わった。
夫は、お世話の対象が夫自身ではなく、高校生のアオ君に移ってしまうこと寂しさを感じる以上に、尽くし過ぎる僕を心配しているのだと思う。
「くれぐれもやり過ぎには気を付けろよ」
「分かってるよ」
(お弁当を作ってあげたり、部屋を整えてあげるだけなら大丈夫)
僕の自己満足が、アオ君の成長を邪魔してはいけない。
・
アオ君のアパートメントを出て20分後、僕らは我が家に到着した。
慌てて外出したせいで外灯は点いておらず、玄関前は真っ暗だった。
鍵を開けるため、僕らは繋いでいた手を離した。
閂式の鍵を開けると、木枠の引き戸はカラカラと抵抗なくレールを滑る(こまめな手入れの賜物だ)
夫を尾行するため慌てて家を出たせいで、家の中は「しっぱなし」だらけだった。
居間も台所の電気もテレビも点けっぱなし、ダイニングテーブルの上には食べかけの卵丼とグラスが置きっぱなしだ。
「冷えたなぁ。
晴れの夜はカンカンに冷え込むからなぁ」
僕は卵丼の残りを食べてしまい、食器を全て下げテーブルを拭いた。
食器を洗うのは明日の朝にしよう、くたくただ。
「チャンミン、何か夜食を食べようよ」
アオ君についての心配事を僕と分け合ったおかげで、肩の荷がおりた夫は機嫌がよさそうだ。
「カップ麺なんかがいいなぁ」
コートを着たままこたつにもぐりこんでいる夫に、ムカッときた。
「ユノ」
「ん~?」
僕はテレビのスイッチを切った。
「見てたんだけど~?」
「僕に言うことないの?」
「『言うこと』って...全部話したじゃん」
「肝心なことを忘れてると思うんだけど?」
「え~、何だろう」
「コート脱いでよ。
しわが付いちゃうじゃないか」
「んー」
夫はこたつからむっくり起き上がると、大きなあくびをした。
外ではクールビューティな男が、自宅ではねぼけた顔をしている。
僕らは待ち合わせ有りのデートをほとんどすることなく同棲を始めた(同棲後、即結婚)ため、だらしない姿をお互いさらし放題で見慣れている。
「僕に謝ってもらいたいことがあるんだよね?」
「え?」
「マジで分かんないわけ!?」
夫は眉根にしわを寄せ、コートをもそもそ脱ぎながら「ごめん、分かんない」と言った。
「なぜ尾行をしてたのか、考えてみてよ」
「あ...」
夫はコートをハンガーラックにかけると、僕の真正面に立った。
「...不倫してるんじゃないかって!」
「ふ、不倫!?」
僕の言葉が予想外だったらしく、夫は大きな声を出した。
「俺が!?」
僕は夫を睨みつけ、「そうだよ」と頷いた。
「不倫なんてするわけねぇだろ!?」
「お風呂に入っている間に、ふら~っていなくなったじゃん。
その他にも、『コンビニ行ってくる』とか適当なこと言って、ふら~って外出してたじゃん。
そういう日が続くとね、誰かに会いにいってるんじゃないか、って思うのは当然だろ?」
「...う~ん」
「ユノは大した言い訳せずに堂々と出掛けてただろ?
それは、ずっと家に引きこもっているせいで勘が鈍っているだろうから、気付かれないに違いないって僕をみくびってるんじゃないかって...そう思ってた」
「...みくびるって...」
「10年だよ?
ずっと家にいるから話題も少ないし、来る日も来る日も同じ顔を見て、僕に飽きちゃったんじゃないかって。
このところレス気味だし」
「それは、疲れ気味だったから...」
「ふん。
性欲の塊だったユノが疲労程度で性欲減退?」
「チャンミンだって似たようなものじゃん。
俺たちはもうハタチじゃないんだ。
俺の部署に新人が入ったって言っただろ?
使えないヤツでさ、大きなミスばっかして、その尻ぬぐいでキツかったんだ。
...悪かったよ」
夫の偉いところは、怒鳴り声を出さないところだ。
「自分だけ忙しいアピール?
そうだそうだ、僕はすごいダサい男になり果ててしまってるよ。
売れないBL作家で、どエロいことばかり考えているくせして、セックスは下手くそだ。
ユノに食べさせてもらっていて、僕が出来ることと言えば家事程度だ!」
僕の内側から不安と愚痴が湧き出てくる。
「あ~も~!
ムカつくなぁ!」
不満爆発した自分が情けなく、膨らんでゆく怒りの制御に、唇をかみしめた。
夫は僕の手首をぐいっと引いて、自身の胸で抱きとめた。
「ごめん」
(つづく)
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